連休で暇だったので、寝っ転がってAmazon Prime Videoの「福岡恋愛白書」なるものを見た。鬼嫁からは「若いわねぇ」とからかわれたのだが。
実話を基にした一話完結方式による複数の恋愛物語があるのだが、中には恋人が乳がんになり亡くなる話や、恋人が事故により、失明する話があったりする。
それでも、これらの話から感じるのは「何で自分達はこんな不幸な目にあわないといけないんだろう」といったような描写は出てこない。他人と自分を比べることはしていない。だからこそ、懸命に生きている彼らが美しく見える。
その一方で、双極性障害になって、他人と比べて、自分は何て不幸なんだろう、と感じている人が多いように思える。悪く言えば、悲劇のヒーロー/ヒロインを演じ自己陶酔してるようにさえ見える。人をうらやむ、そんな思考法では、病気が良くなるわけない、と思うのだが、そういう人ほど、双極性障害が早くよくなってもらいたい、人並みになりたいと切望している。いや、双極性障害という病気を受容れられずに、必死で逃げているようにも思える。
他人と比べることに何の意味があるのだろう。今日は大学の2次試験だが、大学入試にしても、人との競争ではなく、つまりは自分がいかに学力をつけられるかの、自分との戦いに他ならないではないか。
双極性障害になると、元の元気だった頃の自分に戻りたい、と思う人が多いと思うが、双極性障害患者なりの「元気」でいいではないか。元の自分の考え方に認知のゆがみがあり、そのせいで、双極性障害を発症するきっかけとなった場合も多いだろうから、元の元気だった頃の自分を目指さすと、再発する可能性が高くなり、結局は治らなくなると僕は思う。
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