致知出版の月刊誌致知という雑誌があります。それの最新刊9月号に以下のようなインタビュー記事があります。「『老子』に学んだ人と比べない生き方」インタビューの相手は精神科医の野村総一郎さん。野村さんは、僕が思うに双極性障害やうつ病のメンタルクリニックとしては、日本随一ではないかと思う六番町メンタルクリニックの名誉院長でもあります。また、以前紹介したバイポーラ・ワークブックの翻訳者でもあります。
うつ病患者は誤った考え方や認識の仕方が影響していると野村先生は考えられています。どのような考え方かというと
①頑張っているのに誰からも評価されない
②自分は能力が低く、何もできない
③友人たちは充実した生活を送っていて羨ましい
④お金がある人は幸せ、無い人は不幸
といった無意識のうちに自分と他人を比較し、そのジャッジ(判断)に自分が苦しめられるというものです。『老子』には「自分と他人とを比べるな、他人との関係性に必要以上に苦しめられるな。」という考えが繰返し述べられている、と野村先生は言います。
月刊誌「致知」では、このあと具体的に老子の言葉と、その言葉から野村先生が訳した医訳が示されているわけですが、老子の言葉のエッセンスを書いた例えば角川ソフィア文庫の『老子・荘子』や老子に関するホームページはネット上にいくつかありますから、それらを紐解くだけでもいいのではないかと思うのです。
うつ病と双極性障害は似て非なる病気であって、双極性障害はカウンセリングだけで治る病気ではありませんが、かと言って、心の持ち方というか認知行動療法的なものもある程度は重要で、薬は飲んでいるのだけれど効かないという場合は、心の持ち方を変えるといいのかもしれません。
僕も、気分が安定してくる前、躁うつの波に翻弄されて苦しんでいる時、老子、荘子、菜根譚といった中国の古典を読みました。(論語は僕には合いませんでした)そうすることによって、仕事が人よりも出来ない、記憶出来ないことが多い、といったことなどで上記の①~④の項目にまさに悩まされていたのですが、中国の古典を読むことで、僕の心の持ちようは変わり、双極性障害なんだもの、仕事が出来ないのは当たり前。物事を覚えれないことは当たり前。自分が出来ないことは、人に助けてもらえばいいじゃない、と考えるようになりました。そう考え人に助けてもらっても、助けてくれる人は嫌な顔一つしませんし、自分がそれまでしていた心配が勝手な思い込みだったのかなと思います。
僕の気分が落ち着いたもう一つの要因は、老子をはじめとした中国の古典を読んだことなのかもしれません。
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