昨日、今日と上京して、第5回双極性障害デーフォーラムへ行ってきました。
今回主催者がフォーラムで言いたかったテーマは「双極性障害はコントロールできる病気である」であったと思います。その詳細の内容は別の日に書こうかと思いますが、今回は僕の例で示そうと思います。
今回のフォーラムへの出席は僕一人で新幹線を利用して東京へ行きました。東京駅を訪れるのは双極性障害になって以来初めて。(ゼミのOB会の時は飛行機)丸の内側は駅舎がリファインされて訪れるのは初めてで、昔とすっかり様変わりしているのに少し驚きながらも丸ノ内線で本郷3丁目駅へ、そして東大赤門へ。楽勝でした。予定時間より2時間ぐらい早くつき、会場ではちょうどスタッフの人たちがフォーラムの打ち合わせを始めたところでした。フォーラムが終わった後は、今度は大江戸線で母と妹家族の待つ六本木の弟の勤務先の福利厚生施設へ。ここも15年かそれ以上ぶりに訪れましたが、迷うことなく楽勝でした。
都会暮らしの方にとってはこれくらいのこと双極性障害患者にとってもどうってことない、と仰るかもしれません。でも僕は田舎者故、電車に乗っていて、トンネルに入ると携帯の電波が届かないのが普通という生活に慣れていて、地下鉄車内でも電波がどんどん届くことに驚きを覚えるというレベルなのです。
母や妹の家族みんなが、僕が昔のように気ままに東京を闊歩出来ているのに
驚きかつ喜んでいるようでした。帰宅して、鬼嫁にそのことを話すと、鬼嫁も僕の昔の様子を話してくれました。鬼嫁が話してくれたことの記憶が僕はあまりないのです。
息子の高校入学式の日、僕は会社を休みました。息子の入学式に出席するために会社を休んだのではありません。うつで寝込んでしまったのです。うつ状態で苦しい僕は、カーテンも開けずに部屋を暗いままにして、布団をかぶって寝ていました。鬼嫁が高校の入学式に出かける旨伝えに寝室に入ると、布団の中から僕の目だけがギョロと光っていたそうです。鬼嫁は、息子が高校を卒業するまで、僕が働き続けることが出来るのか、大いに不安だったと言います。
また、息子が大学生になって家族で都市部にあるフレンチレストランに出かけたことがありました。我家から都市部までは遠いですが、僕の体調を考慮して電車は使わず、車で行きました。しかしレストランに着いても僕は酷いうつ状態で具合はいたって悪く、フォークやナイフも床に落としまくり。鬼嫁や息子ばかりでなく、メートル(給仕)も僕の体調をかなり心配してくれるほどだったと言います。
その程度に具合の悪かった僕でも、ここ2年ぐらいはうつの波に襲われることなく過ごしています。今回のフォーラムのテーマ、双極性障害はコントロールできる病気、と言えるのではないかと思っています。
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