鬼嫁は、パートの勤務先(社会福祉協議会とは別です)で、「致知」という人間学の雑誌を購読し(もちろん勤務先の費用で)月に1回、社長や従業員一同で、その雑誌の読書会をしている。その雑誌に出てくる人は京セラの稲森さんのような企業経営者、重病に冒されているけれど懸命に生きている人、オリンピックで金メダルを獲得するようなスポーツ選手など、”一流”と思える人を取材している。
鬼嫁のパートの同僚が「致知の編集方針かもしれないけれど、言いたいことが、結局どれも同じような気がするのよね。」と言っていたらしい。”一流”と言える人はどの人も共通項があるという事だろうか。
双極性障害に羅漢したと知って、絶望しその病を受け入れられない人がいる。そして双極性障害の影響によって、人間関係が崩壊し、生活保護を受給せざるを得ない方や、自殺する人もいる。
その一方で、自らが双極性障害という病だと自覚していたかどうかは別にして、充分な医療体制もない昔にもかかわらず、双極性障害と共存しながらも、歴史に残る功績をあげる人もいる。その違い、差は何なのだろうと思った。また、双極性障害でありながら、成功している人の共通項は何かとも思った。
成功している人の共通項は何か、自伝とか伝記をじっくり読んで、共通項を探り出さなければならいけれど、「成功している」とまでは言わないまでも双極性障害とうまく折合いをつけてやっている人は、双極性障害を受け入れ、双極性障害に対して変に対抗心を燃やさず、且つ何か自分がやりたいことに対し、熱心に取り組んでいる人ではないかと思う。
例えば谷沢永一氏は、「うつは治る、何度でも治る」とうつになるのを受け入れている。
うつは人を現実的にし、共感力を高める。一方躁は、人を創造的にし、逆境に対する反発力を高めると、ある人は言った。
そう考えれば、双極性障害患者は単なる障害者ではないはずだ。病気を受け入れ、病気と共存し、自分がやりたい何かに注力することによって、素晴らしい人生が築けるのではないか。誰か「その差」を生むものの研究をやってくれないだろうか。
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