この病気は症状を過大あるいは過小する場合が多い。このような状態を変えてゆけるのは、主治医なのだ。なり始めは重く感じていくものだ。その時は主治医から温かい言葉をもらうだろう。逆に大丈夫だと思ったときに行動をいさめられる。そういう経験をしているのではないだろうか。投薬された薬を服薬するのが治療だ。また、一方で自分のおかれている状態を話すことが出来るのが主治医のである。

経過を観察して、向き合いかたを変えることは、主治医しか出来ない。意見に耳を傾け見る。人間は主観の動物だ。自分を客観的に見つめることは難しいか、他人には手に取るようにわかるものだ。主治医は置かれている状態を客観的になるように導いてくれる存在なのである。

自分を評価をできるだけ主治医に伝えてみるといい。精神科の治療は患者が症状を話すことが(主訴)診断の基本にある。同じく、顔色、表情や声の調子なども主訴に含まれると思う。主治医は期待どおりの言葉をいつも言うわけではない。感情的になってしまうのは得策ではないのだ。冷静になれは過大や過小評価していることが、しだいにわかってくるものだ。

だから、診察時のコミュニケーションが大切な要素だ。主治医の診断は客観指標として考えるとよい。主治医と自分との見解のかい離を測ってみる。悪く評価しているか、軽く考えているかが分かるようになるだろう。

また、主治医が病気を一方的に治すだけでなく、患者も病気に向き合い、自分の心と行動について感じておくことも大切な姿勢だ。主治医が言うには「私はあなたのことを数分しか診ることしかできない。診察と診察の間のことは、あなたしかわからない。数分以外の時間はあなたが診るのです」とのことだ。

主治医は考えの歪みを修正し、経過をみることを求めているんだろう。言い換えれば、自立的に病気と向き合うことを求めているんだろう。自分の状態を説明したうえで、悩み事を相談してみると、病気なのかの区別がつく。

薬の調節と自己観察の結果の修正を目的として主治医に接する。そうすれば、さらによい関係を築くことができるだろう。



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