朝、近くの神社へ。

 

ブーン!・・・

 

あちゃー、静かにお参りしたいところだけれど

どこかで工事?

 

ま、しょーがない。

 

と、!!

 

境内にクレーンが。巨大なクレーン。

 

木が、剪定というレベルを超えて枝が切られている。

 

ここまでやるからには、木を切る木だな。

 

御神木?というほどの木、樹齢は数百年だろう、銀杏の木。

 

この神社は、他の近くの神社と比べると、境内が少し荒れた印象、木がちょっと不自然に生えていて、周辺の雑草はたぶん除草剤で枯れている。ひとの気持ち、お世話をする人がちゃんと気をかけてあげたらな、ということを思ったりしてた神社。

 

切られた銀杏、それをみると

あーあ、と。

 

人間は報いを受けるだろう、滅びるだろう、と。思うような光景、ひとの気持ち。がそこにみえた。

 

ひとはたぶん、神様を思い出す必要があるのだろう。

 

神社の場所は、かならず、もともとは森だったらしい。森があって、自然に対するリスペクトがあって、神社ができた、というようなこと、聞いたことがある。

 

スピ系は好きじゃないものが多いけど、(あまりに傲慢で、自分の都合しか見えないもののスピ系が多い。)日本古来の自然と調和して自然をリスペクトしていたときの、神様を思い出す必要がきっとあるのかも。最近、神社とか修験道の山とかいくことが増えたからかもしれない。神社のこともよく知らないけれど。。(二礼二拍手一礼、て明治以前にはなかったらしいね!戦後?に作られたみたい?)

 

木がバッサリいかれると、人間が滅びることが直でみえてしまうね。

といいつつ、庭のネムノキ、どんどんでっかくなり賃貸だしだいぶ剪定しないと、とか、いつか切らなくちゃならないかも、とかあるんだけどね。。

 

 

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壊れ消えていくことは平和。でも、人間の意図が破壊するのは苦しみ。

 

 

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ウォッカを薄め、3分の1に、3分の2は水、1ヶ月で飲み切る、という一般的なフラワーエッセンスの使い方、

ビジネスモデルというだけではなく、1ヶ月で消えていく、壊れて消えていくということは、安全でもある、

その人に、今のその人にあったものが、今使われて、消えていく。壊れて消えていくことに平和がある。

 

うちのフィールドのエッセンスは、恒久的に持続するように作っているけど、クライアントさん、欲しい方に分けるときには、壊れて消えていくような、そこに変化と平和があるような、そんなふうに作る必要があるのかもしれない、と、最近思うようになってきました。

 

力を持ったものを、誤って使うと危険。消えていくことが、今その人にあったものを、今使い助けを得て、間違いを犯さず、安全に。消えていくことに平和と真の力をもつ。ということもあるのでしょう。