今まで色んなギグに行ってきて、最高の思い出もあれば、最悪な思い出もたくさんあるひらめき電球

今日から何回かに分けて、最悪な思い出ばかりを集めて書いてみようかと思います。
最悪な思い出の裏には最高の思い出も一緒にあったりするケドね♪


その①
2009年3月14日。

これは、日にちきちんと覚えてる。なんたって、この日は私のDJデビューした日ドキドキ
そして、自分のタイムスロットが終わった12時に誕生日を迎えたのです!

2006年くらいからよく行ってたレイブのプロモーターに2008年の終わり、初めて作ったデモmix CDを渡して、
「もしチャンスがあったら、あなたのパーティでDJさせてください!」ってバレンタインのチョコレート渡すかのように大告白したら、
2、3日後に連絡があって、「CD良かったよ、3月14日のパーティで回さない?」とお声がかかりました。

すっごく嬉しかったな~ニコニコ

Line Upは、サイケ界の有名どころ、VibrasphereとDeedrah、そしてサンフランシスコでも人気のあるローカルDJばかりで、その中に混ざってDJできるのすっごく緊張&大興奮クラッカー


私のタイムスロットは10時~11時。
パーティ自体は8時~だから、新米にしては結構悪くない時間帯。
サンフランシスコのレイブって大体が8時~4時なんだけど、結構8時から参加っていう人も多くて、
遅くても10時にはほぼ満員になってる。

さすがにデビューだし、曲順とかかっちり決めて、同じセット何回も何回も練習していった。
そう、まるで楽器の発表会してるような。。。(爆)


前日、3月13日の夜、私の大好きなDJ、 Christopher Lawrenceがサンフランシスコでギグだった。
(その時の私はChristopher Lawrenceが一番好きなDJだった!)
その時、私の事を気にかけてくれていた先輩DJが彼のお友達だったから、紹介してあげるね!って彼の泊まってるホテルに連れて行ってくれた。

ホテルのロビーで待って、降りてきたChristopherとお話する。

その時彼はDJ Magランキングで4位だったんだけど、全然そんなの鼻にかけてないようで、
すっごいほんわかした、優しいお兄さんだった。

先輩DJが気を使ってくれて、「BioCat、明日DJデビューするんだよ。何かアドバイスしてあげて?」
と言って、簡単な事だけど、アドバイスをくれた。

「すっごい緊張してるの。」って言ったら

「僕も今でも毎回DJブースにあがるとすっごい緊張するよ。でも、15分後にはそんなの忘れてて、気づいたら2時間たっちゃってて、もう終わりなの?って感じだよ。」って笑って言ってた。


この時はへーChristopherでも緊張するのか、と思ったけど、絶対そんなの嘘だ!(笑)
でも、そんな気休めを言ってくれる彼はいい人だよね音譜


そして3時間後、彼のセットが終わって私も家に帰ることに。
帰る前にChristopherにバイバイ&ありがとうしにいったら、
「明日頑張ってね!絶対君ならできるから、頑張れ!」ってハグしてくれて、
私号泣。酔ってたのもあって、緊張の糸がちょっととけたのと嬉しかったのと。
旦那(その時は彼氏)が「クラブの中で泣くなよ。俺が泣かせてるみたいじゃん。」って笑ってたけど、今となってはいい思い出だな。ドキドキ


そして、ギグ当日14日。
9時半頃にクラブ入りする。
このクラブは昼は海の見えるバーレストランになっていて、それがメインで作られているから
クラブとして間取りはかなり最悪に作られてる。

1階は10畳くらいのフロアで(後はキッチン)
2階は縦長の40畳くらいのフロアになってる。

2階へ行くと、なんと!!!!

フロアがカーテンで仕切られて2つになってる!!!!!!

しかもその2つのフロアを分けてるのはちょっと厚手のカーテン。(防音カーテンではない。)


しかもDJブース、同じ方向向いてる。
しかも、私はその同じ方向向いてるやつのうちの2つ目のやつ。

フロア自体は曲にベースがある所はまー聞こえないんだけど、
ブレイクダウン(メロディーだけの所)になると、隣の部屋のベースが響くし、丸聞こえ。

おそるおそる、CDバック置くついでに、自分のブースへ上がって音聞いてみると、、、、

他の部屋からの音の方が自分の部屋のモニタースピーカーより大きいじゃないですか!!!!!
それもそのはず、隣の部屋のフロアスピーカーが8m後ろにあって、こっち向いて音を鳴らしているんですもの。


この状況でどうやって自分の音聞けと!!!!


(DJやっている人は分かると思いますが、フロア用のスピーカーというのは、DJの手前に置いてある事の方が多いので、DJはフロア用のスピーカーからはあまり音が聞こえない。
そのためにDJにはモニタースピーカーという小さいスピーカーがブース内に設置され、それで音を聞くようになっているのです。)


それでも、やんなくちゃいけないから、10時にDJブースあがりDJ始める。
ヘッドフォンしても隣の部屋からの音は聞こえるし、もう半分勘。

でも、発表会なみにちゃんと曲順決めておいて&練習しておいてのが功を奏し、
なんとか曲と曲のつなぎはうまく行った。

お客さんも見に来てくれた友達もいっぱい踊ってくれて、
なんとか1時間乗り切った。


10時55分。
「そろそろ次のDJ来てくれないかな~。」と思っていたが、来ないよ!

11時5分。
まだ来ない。旦那にプロモーターの人探しに言ってもらう。

11時10分
旦那が帰ってきて、「次のDJ来るまで回し続けておいて、だって。」と伝えられる。


なんと、この新米DJの私、「次のDJが来ない。」なんて事はまったく予想していなかった。
(今考えてもギグをすっぽかすとか、かなりあり得ないと思うけど、レイブで回した時結構そういうことありました。)


で、なんとこの新米DJの私、どアホなので、自分の予定していたセットの他に8枚くらいしか余計に曲も持ってきていなかった!!!!!



そして8枚っていったら、だいたい40分しかもたない。

もしこの次のDJが「遅刻」じゃなくて、完全なる「欠席(さぼり)」だったらどうすんだ!?

その事を旦那に伝えて、プロモーターの人に「あと30分くらい分しか音がない。」と伝えてもらったら、

「とりあえず同じ曲でもかけて、どうにか乗り切って。」
とのこと叫び叫び叫び



結局有り難い事に、次のDJ、11時35分に来ました。バトンタッチ。

でも、11時からの35分間、むっちゃ適当に音繋げてただけなのに、その時が一番お客さんが盛り上がってくれて、何があるか分からないもんんだな、って思いました。
初めてのファンもできたニコニコ


友達もたくさん来てくれていたので12時に乾杯して、その後友達の家に移動して家パーティ。


最悪なギグだったけど、最高の思い出だな。

今思うと、ホントに自分新米だったな、っていうミスたくさんしてるし(CDあまり持って行かない所とか。)
でも同時に、こんな悪条件な所でDJしてたんだな、って苦笑。

でも、こういうスタートを切ったからこそ、今の自分に繋がっているのだし、
今与えられているギグに対して感謝の気持ちを忘れないでいられる。


そんなギグが他にもたくさんあったの、それはどんどんまた書いていきますドクロ
旦那とハネムーンも兼ねてIbizaへ行ってきましたチョキ

初Ibiza!!!

DJのお友達の一人がCream @ Amnesia のClosingパーティでDJするというので、
それを兼ねて行ってきたんだけど、
他にもアイルランドから友達がたくさん来てて落ち合えたのですごく楽しかった!


Amnesiaは期待通り、Lightingも Visualも Sound Qualityも完璧で、観客のエネルギーもすごかった。

今まで行った中で一番のクラブではないけど、さすがIbiza Qualityだな、と思いました。



Ibizaは思ったよりも安くて、結構驚きでした。
なんだかむちゃくちゃ高いイメージがあった。

9月の終わりだったのもあるけど、ホテルもオーシャンフロントの部屋で1泊50ユーロ弱。
レストランは他のヨーロッパと比べると半額くらいだし、
バーの飲み物もそんなに高くなかった。

コンビニ行くと6パックのビールが3ユーロとかで、水より安いじゃん!みたいな。


さすがにクラブの中は予想通りに高いけど、毎夜クラブ行かなきゃ、全然行けない額じゃないかな、って思った。

クラブのエントランスはかなり高いみたいで70くらいから150ユーロになる夜もあるらしい。(ゲストリストありがとうラブラブ!
お酒は飲まなかったからいくらか分からないけど、
ちっこいボトルの水が10ユーロ!!!!!で
ちびちび水飲んでました。


Amnesiaの後は朝8時からafter partyのボートパーティ行って、
4時間クルーズ。
お天気も最高で、海もエメラルドグリーンで、すごく綺麗だった~ドキドキ


また絶対行きたい!絶対行くぞーー!!!
旦那にくっついて、この国に来てからすでに1年がたちました。

1年たった今もクラブに行くのが楽しみなすぎるくらいクラブ活動を盛んにしております。


この国のローカルDJはレベルが高すぎる!!!!!!

こんな東南アジアの発展途上国で、こんなにクラブシーンが盛んだとは思ってなかったので、ビックリ。

正直、サンフランシスコにいた時、「うわ、このDJうまいな~」って思ったのは、2人しかいなかった。

それでも「うまいけど、自分もいつかはあれくらいになれる域だと思う。」って思ってた。


でも、この国のローカルDJはありえないくらい凄い。
ビートマッチはもちろん、流れとか、曲の変え方とか、もちろん曲選びもすんごいし、
その変の有名international DJよりうまいだろ、って人も何人もいる。
正直、私の一番崇拝しているローカルDJはSashaよりうまい気がする。


色々理由はあると思うけど、一番の理由はDJの年齢層が高い事だと思う。
DJ歴25年とか20年以上の人がゴロゴロいる。
アメリカだと、どんなに歳が上でもDJ歴15年、10年くらいだった。

一番有名なクラブとかだと40歳以上のDJしかいないんじゃないか?ってくらいみんなおじさん。
昨日は50歳のDJに会った。すっげー巧いの。

この辺の歳のDJってCDJじゃなくてターンテーブル(レコード)から始めてるから、
耳の良さが格段に違うんだよね。


他の理由は、DJのブッキングフィーが結構高いこと。
日本円に換算するとそんなに高くない、って思うかもしれないけど、
トップレベルのDJになると8~10万円くらい。
私だって今、5万円もらってる。(これに地方だと飛行機+ホテルがつく。)

毎週末、金・土とギグが2回あって、1ヶ月に80万稼げれば、この国で生活するには、
まったく生活に問題がないのだ。老後のために貯金だってできる。


この国の平均月収は1万円。国民の70%がそれで生きてる。

普通の大卒の初任給は月3万円だし、普通の会社に勤めていて定年になると月10万円くらい。


月20万円あれば、裕福な暮らしができるし、
貧富の差が激しいから、日本じゃ考えられない!ってくらいな超お金持ちな人もいる。

ちなみにうちは旦那と2人で生活費は月7万円くらいでやりくり出来てる。
別に我慢してるわけじゃないし、普通に自分たちの好きなように暮らしてこんな感じ。
でも、日本やアメリカにいた時より、ずっと贅沢な暮らししてると思う。

だから、フルタイムでDJという仕事ができるのだ。
やっぱり昼に仕事して、夜しか練習できないのと、1日中DJの練習に時間が費やせるのは全然違うと思う。

アメリカいた時、お世話になっていた先輩は40歳になって、DJを引退した。
DJだけでは食べていけないし、老後どうなるのか不安だから、昼の仕事の方に専念したい。という理由で。

この国ではきっと60歳になったって、DJ出来るんだと思う。
だからこそ40歳以上のDJがフルタイムでDJ出来てるんだと思うし、将来もそれで安泰なの分かってるから。


私は何歳までDJできるんだろう。私もいつかあのレベルに近づける日が来るのだろうか、、、
練習もっと頑張らなきゃな。