過去の話もそろそろ再開。2020年2月の話です。

 
お別れから4日目、行き違いにより予約したはずの火葬ができず、早く退院してしまった私はホテル泊となりました。
この日は妹も日本に帰り、本当に1人。
 
一人になりたくて仕方なかったのはともかく、まだ帝王切開から4日しか立っておらず、立って歩くのにうめき声あげて一苦労の時期。腹筋使って起きると大変だから、ベッドからローリングして落ちるように降りていたり(病院の電動ベッドの素晴らしさを実感……)。そんなわけで、困るのは食事の調達。出前もありましたが、一人分頼める感じでもなく、食べたいメニューがあるわけでもなく。
 
ここは人に頼るしかないと、お友達の熱帯魚ちゃん(昔たまに熱帯魚を預かったりしていたから)に電話しました。家庭持ちの彼女の貴重な日曜に甘えるのは心苦しくもあったのですが、快く買い出しして来てくれました。
 
「ご飯系?パン系?ペダル(出前)とかもできなくもなさそうだけど。朝ごはんは出るの?無いならそれも買っていったほうがいいよね?」とものすごく気を利かせてくれて、
 
ずっと韓国料理しか食べていなかったので「サンドイッチとかパンがいいな、あと燻製のたまご(←好物)」とリクエストしました。
 
お子さんふたりを預けて夕方来てくれました。サンドイッチとおすすめのパンと、卵と、野菜ジュース3本も持って。ありがたくて泣きそうでした。野菜ジュースは次の日出発するまでに全部飲み切りました。リクエストしませんでしたが、必要でした。熱帯魚ちゃん、神!
 
1時間くらいお話できればいいなと思っていたのですが、「夕ご飯食べるまでいるよー」と言ってくれて、本当に嬉しかった。一人になりたかったけど、やっぱり一人で食べる食事は、寂しさが際立ちすぎました。はゆんもいないし。
 
熱帯魚ちゃんが流産天使ママだったこともあり、心許して話せました。たくさんハグしてもらいました。人前で号泣したのは、このときが初めてだったかもしれません。
 
一人で泣くのと、本当にわかってくれてる人と分け合って悲しむのとは、また何か違う感じがしました(この時点でまだ夫はそういう相手だと思えなかったのは残念ですが)。泣かせてくれてありがとう。

バタバタと韓国に戻り、こまくまちゃんとふたりの隔離生活をしています。

 
今日がはゆんの誕生日(で、明日が命日)で、以前は旧正月でバタバタしなければいけないことを残念に思っていました。
 
くまちゃんや、メモリアルペンダントとかを夫の実家に持っていくことをよく思われていない(ついにこの間は、持ってくるなら離婚とまで夫に言われました。何それプンプン)ので、大事な日をゆっくり過ごせないのが嫌だったんです。
 
ところが、飛行機の欠航やフライト延期が重なり帰国日が後ろにずれた結果、厳重な隔離の期間に旧正月が!夫もうまく両親に言ってくれたことや、政府から5人以上の集まり禁止令が出たこともあり、ふたりでのんびりしています。
 
この1年、はゆんのことだけでなく、コロナやら癌やら、休職&復職やら、在宅勤務やら、オンラインイベントやら、これでもかと詰め込まれすぎていて、その出来事にフォーカスすると3年くらいの体感時間なんですが、
はゆんのことを考えると「もう1年も経ってしまったの?」と信じられません。まだまだ生々しいというか、消化しきれていないというか。なんだか時間の感じ方がちぐはぐです。
 
今日は、ずーっとお供えしていたたまごボーロをとうとう食べました。賞味期限明日に迫ってたしね。
 
 
何十年かぶりに食べた気がするけど、意外と大人が食べてもおいしいもんですね。
 
そして、こちらが日本で作ってきたペンダント。
 
 
このあいだのくまちゃん友達から教えてもらい、全く同じは嫌かなーと思っていろいろなデザイン検討したあげくのお揃い。これが一番しっくりくる!(喜んでもらえたので良かったです)
 
お空でも1歳、おめでとう。
うちの子になってくれて、ありがとう。

予定していた飛行機が欠航になり、日本滞在延長中です。取り直した便は飛びますように……。

 
数日前、だいじな友達の家にお邪魔してきました。昔からの友人で、はゆんが生まれる前の安定期…2020年1月頃に韓国に遊びに来てくれる約束だったのですが、その少し前に彼女のお子さんが突然亡くなってしまうという、たいへんショックなことが起こりました。数カ月後にはゆんまでお空へ帰ってしまうとは思いませんでしたが、この一年、彼女の存在にはものすごく助けられてきました。
 
はゆんの死因について、私が自分を責めるループにはまってしまうと「私が何度でも否定するよ。ねりは絶対に悪くない。仕方なかったんだ」と言ってくれて、それが悪い循環を断ち切ってくれました。一年間ずっと、一番会いたい人だったのに、お預けをくらい続けて、3度目の正直でようやく会えました。去年の冬、「春に体が回復したら帰るから会おう」と約束したら職場の関係で帰れなくなり、「夏休みに会おう」と約束したら甲状腺の手術で帰れなくなり……。そんなことがあったので感慨もひとしおでした。
 
彼女の子もいま「くまちゃん」として家族と一緒に生活しています。はゆんにはいつも「お空で一緒に遊んだらいいよ」と話しかけていますし、むちむちまるまるしたそのお姉ちゃん(1歳ちょっと年上)の後に、小さなハユンがちょこちょこついてまわっている空想もよくしていました。なので「くまちゃんどうし」も遊ばせてあげられて嬉しかったです。
 
仲良し
 
プリン好きのあの子におみやげ(はゆんのとおそろい)
 
袋に入ってお散歩デート。接近しすぎかしら。
 
大きなお地蔵さんをお見かけしたので、ふたりを見守ってくださいとお願い。
 
それにしても、昼から夜まで7時間も一緒にいたのにまだまだ足りません。家で余韻を噛みしめているといっそう会いたさが募ってきてしまいます。LINEのやりとりでは埋められなかった何か、言葉にできていない何かを、まだ全部は埋めきれていない感覚で、もっと時間を共有できたらなぁと思ってます。
 
はゆんとむちむちちゃんにも感謝。もちろん生きてる子たちのママでいたかったことに変わりないですが、でも、ふたりが私たちに、より深い絆をくれたと思うとそれもしんみりと嬉しいです。
 
12月末から実家に帰省しています。
9-12月の4ヶ月間は、ほんとうに毎日綱渡り状態で仕事をしていました。金土日は出勤しなくてもよいのですが、金曜は自宅で持ち帰り仕事、土曜日はほぼ起き上がれない、日曜日は家事と次の週の仕事の準備……という感じで、生活が荒れ果てました。コロナで体感労働時間は例年の2倍以上な感じがしました。これ、はゆんを育てながらだったら、どういうことになっていたんだろう……。想像もつきません。

で、晴れて繁忙期を脱し、日本へ帰省。年始はたま〜〜に帰れるスケジュールの年もありましたが、年末から日本にいられたのは11年ぶりのことです。

最初は、某豪雪地帯の祖母の家にも行く予定だったのですが、これはGoto自粛が言われ始めた頃に泣く泣くキャンセル。でも、あの大雪を見て、コロナが無くても行けなかっただろうという結論に至りました。祖母に会うのが一番の目的だったので、それが無くなったことから、帰省自体どうしようか悩み、リアルな友人たちにこぼしてみたのですが「帰れるときに帰りましょう!」と背中を押されて帰ってきました。帰れと言ってくれた人たち、ありがとう。

繁忙期は終わったので、しばらくは在宅仕事を日本でやってます。年末は残務で忙しかったのですが、実家でだまっていてもご飯が出てくるのがありがたすぎて、たぶん史上最短時間で年末進行(っていうのか…?)が終わりました。親がパートに出てる日だけ、料理したり、自室に取ってあった古い物を捨てるくらいしか家事をせず、すっかり娘に戻ってしまってます。

ただ、父親の存在だけがネック。初日、私に流産率に関するテレビ番組の録画を見せようとしてきて、見たくないと言ったのに引き下がらず(親の目の前で、仕事の合間にそんな重いの見れるわけがない)、「何で?科学的なのに〜」と強要しようとし、私が「そういうの(自分を責めて)どれだけ調べたと思ってるの?来るんじゃなかった」と大泣きし、「あんたも激情型だねぇ困った困った」みたいな反応されてブチ切れる、というハプニングが起き、それからギスギス?してるというか、私だけが口をききたくなくて困っているというか。昔から人の気持ちを汲めないやつだと思っていたけれど、たぶん酷くなってます。無視されても謝る気は無いよう。

それでも、母親は妹のヘアバンドリメイクしてラスタカラー?のこまくまちゃん帽子を作ってくれるし、きょうだいとも1年半ぶりに会えたし、本物のピアノも弾けるし、やっぱり来てよかったか、と思ってます。

つれづれ近況報告でした。15日までの仕事が一段落したら、はゆんちゃんのお話、最後まで書きたいな……

中米からきたヘアバンドで、帽子を作ってもらったこまくまちゃん

この日はようやく一人で大泣きができる日でした。妹が帰って誰もいないホテルで、わんわん泣きました。

 
夫は一人になりたくないと言っていたけど、やっぱり横に誰かいると(夫でも)遠慮してしまうので、早く一人になる時間が必要でした。できれば2日ほど早く。
 
午前中夫から電話がきて「泣いてる?」と聞かれました。もちろん。「夫くんは?」と聞くと「泣いてた」と。二人で泣けばいいのではと言われそうな気もしますが、どうも夫も私がいると泣けていなかった気がします。私への言葉も「泣くな」の一つ覚えだし……。
(「泣きたいときに泣いておかないと、あとで辛いよ」と何度も繰り返していたら、そのうち夫も「泣けるときに泣かないと」と自発的に言うようになりましたが)
 
2時間くらい泣いて疲れてくると、こんどは空虚感がものすごい。チェジュにいる親友に電話してみました。切迫早産になる直前まで、チェジュ旅行に行って会う予定だった友達です。カカオトークで私たちに起こったことは知らせてあってお悔やみのメッセージももらっていたんですが、無性に声が聞きたくて。
 
彼女には、小学校に上がる前のとても賢いお子さんがいます。私が来られなくなったことについて、「ねりちゃんの赤ちゃんが、お空のお星さまになっちゃったんだ」と説明されて、「じゃあねりちゃんがお婆ちゃんになってお空に行ったら、きっと『オンマー!』っていってお迎えしてくれるね」と言ってくれたんだそうです。その言葉、何度思い出しても胸にきます。
 
韓国語の子育てとか、「オンマ」って呼ばれることにはそれほど興味が無かった私ですが(お母さんと呼ばせることに意地になっている夢まで見てました)、この言葉を聞いたら、小さなはゆんがお空で「オンマー!」って走り寄ってきてくれる姿が、ありありと想像できてしまって。
 
何十年先のことなんだろうな(とかいって、すぐだったりするかもしれないけれど……)。
ホテルに来たのは良かったんですが、早く退院したのを後悔する辛さでした。帝王切開からまだ5日目で、腹を曲げたり伸ばしたりするたびにズキズキ。

病院のベッドは背もたれがあるので少しずつもたれながら体勢を変えることができたんですが、ホテルの低くてフラットなベッドは腰を落とすのも背を倒すのも一苦労。トイレに行くときも、壁とベッドの間になんとか降り立って、壁伝いにカニ歩きのようにして歩いていたのを、妹にめちゃくちゃ笑われました。

笑われるのは全然嫌じゃありませんでした。
こんな状況だけど、たわいもない話をして笑いあうのも。妹といっしょだと、ずどーんと落ち込みすぎずに済んで、でもこまちゃんのことを思ってくれているのも伝わってきて、きょうだいの良さを感じました。昔から超クールな妹で、私が実家を出るまでは、それほど仲良くなかったと思うんですが。なかなかこういう距離の人間関係は他にありません。

ホテルで一息ついたところで、さっそく妹には夜ご飯の買い出しを頼みました。普通のお店でテイクアウトは難易度が高そうなので、「近くにデパートがあるから、何かさっぱり目のものお願い。あと明日の朝ごはんも」とオーダー。それから、パジャマがないので、デパートの中にユニクロがあるはずだと指南し、取れてきた包帯(母乳止め用)のテープも薬局で買ってきてもらうことにしました。

頼れる妹君、「なんか野菜が全然ない〜!炭水化物いえいってかんじ」といいつつ、葉物野菜も入ったピビンパとピビンミョンを1つずつ買って来てくれました。半分こして食べました。病院食では生野菜あまり出てこないので、ピビンパにモリモリ入っていた葉物が美味しかったです。
彼女曰く「でも、傷にはタンパク質だぜ。トンタク(鶏の丸焼き)が安く売ってたけど、今は惹かれなかった。明日食べたら?」とのこと。うーん、鶏1羽一人で食べる元気はない……。

そして、日本から買ってきてくれた産後の養生に良さそうなハーブティーやお土産のお菓子をつまんだりして、少しゆっくり過ごせました。持つべきものはしっかり者のきょうだい。
こまちゃんをまた葬儀屋さんに預け、私は行くところに困ってしまいました。

・自宅→片道1時間半。移動が辛くて無理そう。
・夫の家→二世帯住宅だけど、ほぼ一階の両親宅に夫が入り浸り。夫の母は「産後の療養を数週間していけ」と強力に勧めてくる。が、メンタル持たない(忘れろ、泣くなという言葉に耐えられない)で絶対に行きたくない。

夫は義母とことを荒立てたくないらしく、うちに泊まれとゴリ押し。「今回だけ来て!」の言葉に「今回って、次回があってたまるかムキー」と半ギレで返すわたし。

「じゃあどこに泊まるんだよ!」
私「どっか近くのホテルに送ってよ!」
「はぁ?ホテルなんか行ったら、母さんになんて説明するんだよ」
「なんとでも説明の仕方はあるでしょ(と具体例を3つ挙げる)。嫌なら私が言うけど。」
「頼むからやめて」
「じゃあ自分で言ってよ。」

……と、言いあっていて思いつきました。
妹があと一泊する予定だということに。
韓国のホテルは人数いくらではなく、部屋単位の料金、そしてダブルベッドが標準だったりします。私一人プラスされても余裕で泊まれます。

で、妹に打診するとOK。
一泊は一緒に泊まってもらい、妹が帰国したあと、もう一泊延泊することにしました。

夫も、「日本から来た妹と過ごす」という体裁が整ったからか納得し、
それでもなぜか母親に直接は言えないらしく、お姉さんに伝言してもらっていました。このへんの感覚、全くわからないんですが……。

どうにかこうにか行動が決まり、私と妹はホテルへ。母は空港近くに一泊するため、高速バスターミナルへ。夫は実家に戻りました。
火葬は延期になってしまいましたが、わざわざ日本から「甥っ子に会う!」と来てくれた妹にはゆんに会ってもらいたかったので、葬儀会社に戻りました。

夫は「あの担当者を見たら怒鳴りつけてしまいそうだから行かない」と言い張って、車で待っていました。

担当者、デスクで居眠りしてました。

いいご身分だこと。

この人に話しかけるのはやめて、目があった人に

「あの、さきほど行き違いで子どもを火葬できなかったんですが、一度会わせてもらえますか」と、なんとか押し殺した声で頼みました。

ちょっと立場が上っぽい人が出てきて、大きな冷蔵庫のある部屋に案内されました。
冷蔵庫の一角に、「ねりアギ」(アギ=赤ちゃん)と書かれた紙が貼ってあり、扉を開けると、黄色い風呂敷に包まれた紙箱が出てきました。

「開けていいんですよね」と聞くと
''뭐 볼게 있습니까?''と返されました。
これ、直訳だと「見るようなものですか?」だと思うんですが、怒ってよかったんですかね。。。内心はムキームキームキーって感じだったんですが、韓国語的にどうだかわからず、ちょっと唖然としたのもあって、「わざわざ会いに日本から来てくれたんですけど?」と言うのがやっとでした。

こまちゃん、少し出血が進んでしまい、お顔もしぼんだ感じでしたが、優しい表情でした。管などが何もついていない状態で会うのは初めてだった(NICUでのお別れのときは、1つ2つはまだついていた)ので「遅くなってごめんね」と思いながら、写真もとりました。妹と、母とそれぞれとのツーショットも。

こまちゃん、ごめんね。
月曜日には迎えに来るからね。
もうちょっとだけ我慢してね。
お母さん、近くにいるからね。
と、声をかけて、また預かってもらいました。

その後、案内をしていた立場が上っぽい人にも、今回のことを説明しました。きちんと連れに来るように案内を受けられなかったことや、SMSサービスにも火葬場に行く時間しか流れてこないので、子どもを連れてきてくれるものだと誤解してしまうということなどを。それなのに、「そんな大事なことを伝えないはずがない」「ご夫婦が、聞き逃したんですね」という対応でした。帰り際にも、「だめですよー。今度は連れに来なきゃ〜」という神経逆なでのダメ押しをされて、言いようのないムカムカを抱えて葬儀屋を後にしました。

火葬場の事務室でこまちゃんの到着を待ち、時間が経ち、「あれ、そろそろ来るんじゃないの?」「何か遅いよね?」と思っていたら、葬儀屋さんから夫に電話がかかってきました。
「なんでお子さん連れに来ないんですか」と。

ガーンガーンガーンガーンガーン

私&夫「火葬場に行ってくださいとしか言われてませんが……。連れてきてもらえるのでは。」

葬儀屋「委託じゃないんだから、来ないとだめでしょう」

私&夫「…………。」

そんなこと聞いてない、あのときの説明ではそうは取れない、と夫と二人では同意しましたが、今、何を言っても後の祭りです。

病院まで往復すると、1時間半は余裕でかかってしまう。そして、もう葬儀場の予約は取れない……。直近で取れるのは2日後の月曜日、ということになってしまいました。

私も夫も、大荒れ。

どうしても、葬儀社の非が大きいとしか思えませんでした。説明が足りなすぎる。「委託じゃないんだから当たり前」みたいな表現をしてましたが、こちら葬儀なんて初経験。最初っから異常に無口だった担当者の印象と合わせて最悪の対応に思えました。そもそも、道中、葬儀会社の人と電話でやり取りしていて、その時言ってくれれば余裕で間に合ったのに……。

夫はお姉さんに確認不足だと叱られ、イライラして雰囲気も最悪。すごい勢いでため息?をついていて、自分に向けられているような気がして怖くなる程でした。

日本からわざわざ来てくれた妹、帰国日を延ばしてくれた母には申し訳ないわ、この日に合わせて退院してしまった私は、どこに行けばいいのかもわからないわで、途方にくれました(夫の実家には、絶対に行きたくありませんでした。忘れろ、泣くなって言われるから)。

そして何よりも、はゆんをあと2日も、一人ぼっちで、冷たい冷蔵庫の中に入れておかないといけないのかと思うと、可哀そうで可哀そうで……。

………………………………………………………………………
【最近の話】
体力回復しきっていないうちに職場復帰し、コロナによる労働環境の変化もあり、しばらくグロッキーな日々でした。ようやく少し回復して、ブログ書く余裕が出来てきました。

昨日から、職場復帰してます。
が、私の電子情報上のステータスが在職に変更できなかったり、直そうと思うとシステム改変してしまったせいでエラーが出たり、職場のオンラインシステムから一人弾かれまくって大変でした。こうなること、半分くらいは予想してましたが、各所に影響が出て狂乱の二日間でした。事前に大丈夫なのか問い合わせもしてたんですけどね。その関係で、今日は在宅で忙しくしていました(そのほうができることが多かったのです)。

途中、へとへとになってコーヒーを飲みつつ、こまくまちゃんに鼻をすりすりしてみたら、ミルクの匂いがしました🍼 「えっ?」と思って2度、3度とくんくんしたら、3回目にはわからなくなってしまったんですが。

はゆんもおやつタイムだったのかなぁ、一緒に休憩してくれたのかな、とほっこりしました。はゆんがお空でたくさんミルクを飲んでますように。