いいかげん家でじっとしているのも辛くなってきたので、

二度目の外来診療のあと、医療費還付の手続きを始めることにしました。

 

「ハイリスク妊婦支援」と「未熟児及び先天性異常児医療費支援」

という2つの支援が受けられそうでした。

 

 

まずは保健所に行くのですが、家から近い市の中核の保健所は、

コロナの検査専門状態になっており、行ったこともない支所が担当になっていました。

田舎の、人もほとんど来ないのんびりした支所でしたが、

コロナ対策が厳しくてすべて廊下で対応。

 

もちろん必要なものは国の管轄機関に電話で聞いてあり、

2箇所の病院で書類を言われた通りに発行してもらって持参しました。

 

ところが。

 

まず、担当の方が一生懸命病名のコードを調べ始め、

「あれ?え?これ該当しませんよ……?」となっている。

見てみると、疾病名は合っている(子宮頚管無力症)のに、

なぜか疾病分類コードが心臓病とかになっている。

 

この時点で「おいおいまたかショボーン」となりました。

なぜならこの病院、保険の入院補償を受けようと診断書を貰ったときも、

手術日の記載が抜けていて再度取り直す羽目になったことがあったから。

そのときも「あーそうですね、直しとくので取りに来てください」って感じでしたが、

今回も「修正したんで取りに来てください」としれっと言われました(←謝らない)。

これは家から近いほうの病院①。

 

そして、病院②(遠い大学病院)でもらってきた「診療費内訳書」が

2月11日~15日という出産後の期間しか出力されていないという指摘を受けました。

2月5日から入院していたのですが、どうも部屋がMFICUから大部屋に変わったからか

途中で途切れていたようです。

それから、「子どもがNICUに入っていた証明書が無い」と言われ、

追加ではゆんの「入退院確認書かNICUに入っていた期間が記載された診断書」を要求されました。

 

もうここで、その日のうちに終わらないことがはっきりし、金曜だったので次週に持ち越し。

病院②の書類は、夫の家からは少し近いので、取ってきてもらうことにしました。


*****************************************************************************

 

次の週に持ち越した第二ラウンド。

 

病院①で疾病コードが直った診断書を保健所に持っていくと、

「診断書はOKですが、内訳書はこれではありません」と。

えーーーーびっくり

今となっては詳細まで思い出せませんが、

用途的に、より詳細なものでないといけなかったとか、そんな感じ。

(病院で、書類名と用途まで説明したのに!)

もう私はお手上げで、保健所の職員さんに病院へ電話してもらいました。

「また病院往復?!」とイライラしはじめていたところ、

ファックスで保健所に書類を送ってもらう算段をしてもらえ、

3度目の病院訪問は免れました。

 

病院②の書類も夫から送られてきて、とりあえず受理してもらえました。

 

レアな手続きだとしたら、病院もよくわかっていないのは仕方ないんですが、

「ちゃんと調べて確実なことを伝えてくれ!」の一言でした。

 

こういう行ったり来たりを「RPG」と表現していたブロガーさんがいて、

はたと膝を打ってしまいました。RPGと思えば、ちょっとストレス減るかも。

 

ただ、これと同時に、

出生&死亡証明を出すRPGもやっていて、こちらも大混乱。

このお話を次に書きます。

 

2020.3.1(ちょうど一年前ですね)

このころ、はゆんの誕生をお祝いしてもらいたい気持ちがすごく強まっていました。

私は5か月に入ったときに(主に日本の友達に)SNSで妊娠報告&里帰り予定の連絡をしてしまっていたので、仲の良い人はほぼみな妊娠を知っていました。
 でも、はゆんはすぐにお空に行ってしまい、「生まれてきておめでとう」と私たち夫婦のほか、誰にも言ってもらえていないことに気づいて、ものすごく悲しくなってしまったんです。

はゆんの写真も、他の赤ちゃんと同じようにみんなに見てもらって、「おめでとう。かわいいね!」って言ってもらいたいなと。


それから、即席で作ったメモリアルコーナーにも、ゆくゆくは写真を飾りたいとも思っていました。


でもちょっと問題がありました。ちゃんとした写真を撮りそこねていたんです。あるのは、顔のどアップとか、保育器の曇ったカバーの中とか、私たち夫婦に抱かれているけれど顔はあまり見えない写真とか。

 

はゆんの全身が写っている写真は、死後2日経った後、妹と母に会わせるために冷蔵庫から出してもらったときのものだけ。時間が経って、すこし萎んでしまった印象でした。そのぶん優しい顔つきになってはいましたが、あちこち出血の後があって痛々しく、飾るにはちょっとかわいそうな写真だったんです。なので、写真を加工することにしました。

 

最初は、パソコンに入っていたPhotoshopをこの際勉強して、肌の加工などをやってみようかと思いましたが、

2時間で挫折しました。うまくなるには相当時間がかかりますね。おとなしくプロに頼むべきでした。

 

そして、ココナラというサービスの中で、遺影の作成もしているレタッチャーさんを見つけました。ほんとうによい方に巡り合いました。(が、その方はいま受付停止中らしいので、個人ページは貼らないでおきます。)

 

「バストアップにしますか?全身にしますか?」と聞かれ、

そうか、普通の遺影はバストアップか・・・と気づきました。

いろいろな赤ちゃんの写真を見てみて、
「遺影然としているものより、ニューボーンフォトっぽいのがいいな思ったので、
全身で頼んでみました。
 
私が注文したのは、
・肌を明るめに、出血跡があまり目立たないようにしてほしい
・口に詰めた綿が見えないような自然な口の形にしてほしい 
・おくるみの写真などを合成して服を着ているようにしてほしい
・生前の写真を使用するなら、医療用の管やフィルムを見えないようにしてほしい
 ・ソフトな色の背景を合成してほしい
という点。
 
おくるみも希望を聞かれて、周囲を見回し、
ぴったりの布を発見(友達が本を送ってくれたときに、包んでくれたもの)。
うちには、私が生まれたときに使っていたガーゼタオルがなぜか巡り巡ってやってきていて、
それも迷いましたが、かわいいインコちゃんの勝ち。
 
「この方に頼んで正解だったな」と思ったのが、
「お指がかわいかったので外に出しましたが、よろしかったですか」と聞いてくれたこと。
私もお指が「かわいい」と思っていたポイントだったんですが、とくに何も伝えていませんでした。でも、そのチャームポイントをしっかり見つけ出して、最大限かわいさを引き出してくれました。

完成した写真は、こんなかんじ。いろいろなバージョンを作ってくれました。



私はブルー×ふわふわ×陰影なしが一番好きかな。これ。
 

 
そして、やり取りしていて思わず声を上げて泣いてしまったのが、この言葉。
 
「お母さんにたくさん愛されて生まれてきた赤ちゃんなんだなと思いましたよ!
今でもこれからもですね!きっと赤ちゃんもそれを感じてるだろうなと思ったのでお口を修正する際、安心した表情に見えるように口角を少しだけ上げて描かせていただきました。」
 
技術で愛と思いやりを表現できるって、なんて素敵なんだと思いました。
単なる写真の加工を超えて、グリーフ・ケアをしてもらった気持ちでした。

2020.3.2

 
この日見たのは、はゆんを火葬する前に、
一晩お家で一緒に過ごすために連れて帰ってくる夢。
 
おくるみでくるんで、自分の寝床から見える温かくなりすぎないところに置いて、
「あ、保冷剤敷いてあげよ」と取りに行って、
はゆんは小さいから箱がすかすかになっちゃうので
「お花とか入れたいなぁ」と思ってるとこで目が覚めました。
 
はゆんの感触がリアルでした。
あのくらいしてあげたかったな……
 
****************************************************************
 
この頃、毎日毎日ネットサーフィンをして、
天使ママさんたちのお別れの様子をいろいろ知り始めた頃でした。
手形足形を取ったり、棺にお花や折り紙を入れたり、
小さいおべべを着せてあげたり、
一緒の病室で寝たり、おうちに連れて帰って過ごす人もいたり、
 
環境上、思いつかなかったし提案もなかったけれど、
こういうことをやっている人たちがいるのを知って
こんなこともできたかもしれなかったんだ、
日本に居たかったな・・・
という思いが強くなってしまいました。
 

2020.3.1
この日の夜中、悪夢を見てうなされて、短時間で起きてしまったんです。

内容はもう覚えていないのだけれど。

でも、そのまま寝るのがなんだか怖くなり、何か現実的なことをしたくなって、

夜中の2時に、半分寝ぼけて英会話のオンラインレッスンに加入してました(苦笑)

数年前から知人がやっていて、気になって迷い続けていたサービスではありましたが。

朝起きて、ちょっと自分の決断にびっくりしました。

 

 

動画を見て自分で練習し、ある程度ポイントがたまったら

1対1の会話レッスンを予約して受けるというシステムです。

フィリピン人の先生が多くて、いろんな人がいるので楽しい。
2か月はほぼ毎日、何かしらやっていました。

(5月に事故で入院したときに途切れてから、ぷっつりとやらなくなってしまいましたが・・・

やはり習慣化することって大切です)。

 

ただこの頃の自分、ほぼ毎日「子どものことしか考えていない」状況。

初対面の先生に「最近どう過ごしてますか?」とか「お子さんはいるの?」とか聞かれると

なかなか話すのが難しかったです。

流れではゆんのことを話して、ものすごく申し訳ない顔させちゃうこともありました。でも、外に出ていないから、あまり話題がなくて。辛うじて「うちのマンションでコロナ発生しちゃったの!」とかはネタになっていました。


気を遣わせてしまった人もいますが、これで人と話したい欲が少し解消されました。
同業者は繁忙期に入って忙しく、
親友ろーちゃんも突然連絡が取れなくなり(ちょっと具合わるかったそうな)、
なかなか話せる相手が見つからない時期だったので。


英会はそろそろリスタートしようかな・・・

 

タイトルのとおりです。

手術後半年の経過観察の診察があり、「特に気になることがなければこちらはもう終わりで大丈夫です」と言われました。
ほっ……。良い先生に出会えて感謝。でもなんか、ちゃんと言葉が出てこず、カムサハムニダ〜としか言えませんでした(最近韓国語使ってなかったからかな……)。
 
核医学科のほうはまだ続きますが、とりあえず二つの科に別々のスケジュールで通わないといけないのは、仕事の日程的に大変なときもあるので、よかったです。
 
病院は車で1時間ちょいかかる都市で、3年前まで10年住んでいたところにあります。なので、この際会いたい人がたくさん。一泊して遊んで来ました。
 
お友達はれさんのおうちに行ったら、娘ちゃんから金メダルと「ダブリン」ってニックネームをもらいました。黒いパンツ(お出かけするとおしりが黒くなるので作ってみた)と相まって、格闘家みたいに。強そうでしょ🧸
 
 
 
熱帯魚ちゃんのお家ではくま大集結


そして、さいごに、1年前、はゆんをお見送りしたお寺にお参りしてきました。
 
風景写真は前のほうがきれいだったので割愛。
 
駐車場の脇にこんな布袋様(たぶん)。
ブロマイドみたいなのは「ルーブル美術館所蔵の18歳の仏陀の肖像」だそうです。この無造作な置き方は何なんだ〜
 
で、この、一年前には気づかなかった石像も。右にいるお方、味がありすぎる。体の方はあまり深く彫らなかったのかしら……
 
もうすぐ仕事の繁忙期がやってきます。さいごにのんびり遊べてよかったわ。

2020.2.25

 

はゆんの重さ、抱っこした感覚が忘れられなくて、

でもあまりに短時間だったから抱っこし足りなくて、

くまちゃんを注文しました。

 

天使ママさんたちのブログにたまに出てくる

ポッシュ・シゴーニュの身長体重ベア。

本当にいろいろなデザインがあるのですが、

私はこの2019年限定のベアちゃんに一目ぼれでした。

 

 

好奇心旺盛な瞳で、イキイキとした表情。

そして、自然の中を探検するのが好きなくまちゃん。

 

私自身、山や森や林を歩きながらきょろきょろするのが好きなので

はゆんもこんな子になったらいいなと注文しました。

 

待つ間、楽しみで仕方なかったな。

母が置いていってくれた、シェリュイのプティサレアペリティーフ(覚えられない)。
こんなお洒落なものを母が知ってるんだ!と思いましたが
父の定年祝いにどなたかがくれて知ったんだそうで、
わざわざ電車に乗って買いに行ってくれたとか。
バタバタしてたのに、ありがとう。
昼間ぼーっとしながら、お茶するときに食べてました。
 
それから、夫と向き合うきっかけをくれた
ヒプノセラピストさんから、お花のプレゼントが2回も。
ある日玄関に、こんな素敵なボックスが届き、
中には、花束と花瓶まで入っていました。
 
(しかし、郵便局の人には少々不満が。
天地無用シール貼ってあるのに、真っ逆さまに置くってどういうこと。
バラの花が首から折れてましたけど・・・)
 
 
春らしくて華やかでやさしいピンク。
はゆんちゃんの前にかざりました。
少しでも慰めになれば、という気遣いが嬉しかったです。
 
あっという間に、即席はゆんちゃんメモリアルコーナーができました。
真ん中のカードは、もちもちちゃんのお母さん(天使ママ)から
本と一緒に送られてきたもの。
長くフェイスブックでつながっているだけだった古い友人たちも、
何人もメッセージをくれました。みなさん本当にありがとう。
はゆん、きみは愛されてるよ。
 
「お隣さん」といっても、「玄界灘を挟んだお隣さん」(なんて言ってくれるのが嬉しい)、
お友達のくーちゃんから大量のお見舞い品と日用品が送られてきました。

実は彼女、夫がいなくなった週末に、うちに泊まりに来てくれる予定だったところ、
前日にコロナのせいで職場からストップがかかって来られなくなってしまったんです。
いつもチャキチャキ元気な彼女もしょんぼり、私もますますしょんぼり。
それでも、代わりに要る物送るから!と言ってくれて
3品くらいリクエストしたんですが、なんとこんなに沢山追加して送ってくれました。
(もうちょっと写真映りを考えて並べるべきでした)
 
EMSもそのころ混乱していて、郵便局に出しに行ったら
「最長4か月くらいかかるかも」と言われたガーンそうで、
食べ物など日持ちするものに全部詰め替えて・・・・・・
1週間でつきました(笑)。
 
香りのよい四季の花のお線香に
桃の香りのお線香を追加して送ってくれました。
 
「ハユンちゃんは福岡の桃の季節に生まれたから、
私のなかで桃のような綺麗で芳醇な子だよ」
 
という、素敵なメッセージとともに。
こちらはまだまだ、梅の咲き始め。
 
荷物が着くまでにと、お庭のお花や海の写真も送ってくれました。
 
東京人の私は、大学生くらいまで東京のお菓子だと思っていて
申しわけなかったひよこ。桜味。
 
ご当地おかし
みんなピンクで春の色だ・・・
 
リクエストしためんべい。
これ美味しいのよね。
 
家事したくない私にぴったりの
インスタントのお料理たち
 
 
 
本を一冊頼んでいたのだけれど、かわいいガーゼタオルに包まれてました。
「赤ちゃんについての本だったから、ビニール袋だけで送るのはなんとなく憚られて」
こちらも、沁みる心づかい。
この形に折ってあるのは、あとではゆんの写真と合成してもらったから。
 

夫が帰ってしまってからの一人期間、そりゃ毎日泣いたりはしていたけれど、
これだけたくさん愛情を感じられるものに囲まれて
「一人じゃないぞ私は」と思うことができました。

手術から1-2週間後の体調はこんな感じでした。

◆5キロ痩せる
妊娠前から5キロ痩せたので(もともと重量級ではありましたが)、

さすがに減量ペースが早すぎるのではと少し心配になりました。

その頃はダイエットもしていませんでしたし。

(でも、2か月くらいで元通りに。さらに、在宅勤務で+4キロまで行って、

さすがに今はダイエット中です。)

 

◆傷はまだ生乾き

たまに端から体液や血がにじんでいました。

透明の傷跡保護シールを買って、術後1週間からシャワーはしていました。

お湯をためた風呂(통욕というそうですね)の許可は1か月後~だったので、

お風呂が恋しくてしかたありませんでした。

 

その後、乳がん手術をした妹から「(比較して)傷跡かなりぐろいのでは・・・」と言われ

昼はシリコンジェルシート、夜はクリーム(たまに逆転)で傷跡ケアをするようにしていました。

ジェルシート、なかなか韓国語で検索の仕方が分からず、苦戦したのを思い出しました。

흉터 관리 실리콘 패드/패치 とかで探すといろいろ出てきますね。

高かったんですが、5月に入院したあたりで失くしてしまいました。

https://www.coupang.com/vp/products/24992914?vendorItemId=3176312132&isAddedCart=


クリームは、近所の薬局で取り扱いがあった노스카나(Noscarna)というものを塗ることに。

大きいチューブ1本半塗ったところで、突然飽きてやめてしまいました。

人に見せる場所じゃないし、モチベーション続かなくなってしまった。

 

◆寝汗がすごい

夜中に汗を拭いて、寝ぼけているのでそのまま(はだかで)布団に入り、朝になると忘れてることが頻発しました。朝起きて、服を着ていない自分にびっくり。

 

◆昼夜逆転気味

というか寝すぎでした。1日14-5時間寝てたり。

子育てしてる人は、この体調不良とともに不眠不休の子どもの世話があると思うと、尊敬しかありません。

 

◆謎の胸痛

ごく弱くですが、たまに胸が痛いことがあって、気になっていました。

動かない生活をしていたので、エコノミークラス症候群じゃないよねと少しだけ気になり、
着圧ソックス履いたりもしましたが、様子を見ていたら、そのうち出なくなりました。

心因性だったんでしょうか。

 

◆日本語が出てこない(韓国語はたぶん、もっと)。

昔の同僚から、オンラインの仕事で使うからと動画編集のレクチャーを頼まれ、

久しぶりに日本語で話しましたが、言葉が出てこなすぎてやばいと感じました。

しかもなんか声もかすれ気味だったりして。

日本の友人によると、声帯の筋肉も落ちるそうなのです。

定年後のお父さんがこの症状で病院に行ったら、そういわれたらしい・・・

この春、韓国で会う予定だった人たちも4人ほどコロナで来られなくなり

本格的に人と喋らなくなるのが怖くなって、「1日ひとり掴まえて電話しよう・・・」なんて

考えたりしてました。付き合ってくれた友人たちには感謝です。
(夫とは毎日電話してるけど、語彙が少なすぎて2分で終わってしまう・・・)

 

◇おまけ

病院の薬(錠剤)として、ヨモギが処方されていました。

てっきり抗生物質だと思ってました。

95%がヨモギの成分で、腹痛、出血、流産を予防する効果があるそうです。

 

ふろしき大好き・・・ってほどではないけれど、中好き、くらいではある。

 

「ふろしき使ったことある?」

 

ってことですが、もちろん。

 

古くは、小学生の頃。

修学旅行とか、家族旅行とか、

自分の服はいつも風呂敷に包んでた。

ついこの間も、日本への帰省のとき、

アウターは全て大風呂敷に。

 

大学卒業した頃、ともだちが買い物袋の代わりに

ミニ風呂敷の端をちょちょっと端を結んで使っているのを見て、

また活用したくなった。

 

風呂敷でピンチを乗り切ったのは、10年以上前の2月、韓国に赴任した日。

宿舎についた時間が遅く、ベッドはあるが布団はない(買わないといけなかった)状態に

茫然とし、オンドルをがんがんにたいて、荷物から引っ張り出した大風呂敷をかけて寝た。

幸い風邪はひかずに済んだ。

 

結婚祝いにも、「なんか好きそうだから」と、

韓国の風呂敷をもらった。みんなよくわかってる。

光沢のある赤と青/赤と緑のリバーシブル。

 

 

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