今回の妊娠では、迷いに迷って地元の総合病院であるD病院へ行ったのですが、行けば行くほど不安が膨らむ気がして、けっきょくハユンの時にお世話になったM病院に変更しました。

 

当初、D病院にした理由

・内分泌内科がある=甲状腺ホルモンの検査と調整も同じ病院でできる

・検索すると「新生児集中治療室あり」と出てくる=以前のように「万が一」があっても、高度な医療が受けられるはず。

・ハイリスク妊婦受け入れを謳っている=字の通り。

・職場とつながりがある=丁寧にみてくれるとの噂(噂にすぎなかった気が・・・)

 

こんな感じだったんですが、3回通って感じたのは

・先生が予断で話をする(そして間違っている)

・毎回言っているのに、3回目にしてまだ前回の経過を勘違いしている(流産だと思われている)

・そもそも、質問したいのに話す隙がない。1分くらいでエコー見て、特に何もなければ、

 自分は部屋に引っ込んで新聞を読み始めてしまい、患者は他の出口から外に出される。

・作業は無言でインターンの先生(たぶん)と看護師さんが二人でやる。

・インターンと看護師さんも態度冷たい。毎回、保護者がいないかまず聞かれるし(外国人一人だからでしょう)、 先生がいなくなってしまったあとに質問したら、ため息ついたりする。しつこくしたわけではない。 (一応その後、そんなに話したいならと先生の部屋に通してはくれたが、 「初期なのにいらん心配してて面倒」みたいな雰囲気を感じてしまう。)

 

あとで、D病院の口コミ(かなり悪い・・・)を見たら

「インターンの子しか働いてない」とあって、ああ、これか・・・と納得してしまいました。
 

ただ、元のM病院にするとしたら

・甲状腺ホルモンの検査と調整を引き受けてくれるのか

・また早産みたいなことになったら、NICUにすぐに入れるのか

・医療スタッフはいいけれど、事務が雑な気がする

という心配があって・・・

 

久しぶりに晴れさんに電話して、いろいろと相談してみたところ

「ストレスなく通えるのが一番!」と背中を押してもらって

とりあえず元の病院に問い合わせてみました。

ホームページのパスワード付き掲示板でざっと迷っていることを書いたら

「来院してくれれば相談に乗ります」とすぐ返事がありました。

そして急遽、昨日受診。

前回手術をしてくれた先生にちゃんと通してくれ、先生の前に座ったときには

既に掲示板に書き込んだ内容も把握してくださっていました。

 

そこでようやく理解できたのは、

「甲状腺ホルモン剤は、必ずしも量の調整が必要になるとは限らない」ということでした。

癌治療をした病院で、「頻繁な調整が必要」みたいな表現をされていたので、週一回とかの頻度で通わなければいけない気がしてましたが、

検査をM病院で月1回して、処方の調整が必要になれば、内分泌内科か

癌の手術をした病院で対応してもらえばよいということ。

これで一つ、問題はクリア。

 

前回のような経過をたどってしまう心配については、

予防的手術をすれば、普通は問題ないということをしっかり説明してくれました。

それに、夫や晴れさんと話して「もし本当に早産で生まれてしまって時間がなければ、D病院のNICUに搬送してもらえばいいし、前のように猶予が少しあるなら、前に転院した都市の大学病院に入院すればいい」という気持ちになりました。

事務は何とも言えないので、書類をもらうときは自分でできるだけ細心のチェックをしよう・・・という感じです。

 

他に、相談に来てよかったのは、

・とりあえず予防手術までは、普通の生活をしていて問題ないと確認できたこと。

・前回は緊急手術、今回は予防手術で、同じ手術でもだいぶ異なるであろうこと。

・普通は予防手術を受けてしまえば、問題なく臨月まで過ごせることが多いこと。

を、丁寧な説明とともに理解できたことです。

やはり、納得いくまで質問できて、根拠のしっかりした説明を受けられるというのは

とても良いことだと実感しました。

これでもう、M病院に戻ること決定です。

 

けっきょくD病院から出されていた薬も「いらないと思う・・・」とのこと。

アスピリン(아스피린)とウトロゲスタン(유트로게스탄)が処方されていたのですが、

ウトロゲスタンはともかく、アスピリンは「早期陣痛が来てしまった人、それからもともと高血圧などがある人などに処方するもの。あなたの場合は、早期陣痛が先に来ていたわけでもないし、高血圧や糖尿もとくになかった。だったら子宮頚管無力症のほうの対処をすることを考えればよくて、飲む意味ない」とのことでした。

 

確かに、はゆんの時の診断名には「早期陣痛」という項目もあり、

それをD病院の先生は見て、アスピリンを処方したのかなという気がします。

でも、診断書も「一瞥」という感じでしたし(経過説明の文を読めば分かるところをすっ飛ばしていきなり、「何で手術したの?普通はしないけど。おかしいよ」と言い出すなど)、私が経過説明をするのも途中で遮られてしまっていたので、

最後まで聞いていたら、処方しないでも良いものだとわかったかもしれません。

 

まあ素人なので、専門家の判断について口をはさみにくいですが、

D病院は一事が万事という感じだったので。。。

 

M病院では、ついでにエコーで卵巣、卵管の様子、子宮口の様子も丁寧に見てくださり

「正常な妊娠に見えるから、心配しなくていいよ」と言ってもらえました。

D病院で指摘された子宮筋腫については、

「あるの知ってたけど、2センチとかで小さいし特に問題ないから、

いちいち指摘するのもと思って書かなかった」ということでした。

D病院の「筋腫ありますね。知らなかった?」の言葉に少し不安になっていたので、

問題ないとのことでほっとしました。

 

ついでにやっておこうということで、

子宮頸がんと子宮がんの検査も追加されたので

お会計は10万ウォン近くになりましたが、前日にバウチャー作っていて

使えたのでよかったです。

 

赤ちゃんの大きさからみて、5週4日と判定されました。(若返った!笑)

まだ卵黄嚢のふちがうっすら見えるだけですが

(前の記事で胎芽と書きましたが、用語を間違えていました)

「これくらいだったら妊娠したといって差支えないでしょう」と

母子手帳(산모수첩)も貰えました。早いな~。

 

ちなみに、またアプリ登録のながれで胎児名を決めました。

この子は「むぎちゃん」。

麦がすくすく育っている季節に来てくれたということで。

韓国語で「武器」になってしまうことには、あとで気づきましたが、

夫も「むぎむぎ~」と呼び掛けているので、まあいいことにします。

 

(第二子妊娠の話です。お辛い方はお避けください。)

 

はゆんの予定日からちょうど1年経った今日、ふたりめ妊娠を確認できました。心拍はまだ。まさか、こんなに早く来てくれるとは、私も夫も思っていませんでした。

 

冬に、人に連れられていったタロット占いで「3月に赤ちゃんきますよ。でなきゃ5月もあり」と言われ、「いやいや、とりあえず8月までは禁止なので……」と答えていたんですが。その後、4月末に甲状腺の検査をして「次の通院は11月でOK、妊娠もOK」ということになったんです。その直後です、来てくれたの。5月でした!

(ちなみに、その時は他の占いともハシゴしていて、手相見さんにも過去のことをバシバシ当てられたうえ、「今年からいいことあるよ〜。子供運も。」と言われてました。占いマニア推薦のお店、侮れません)

 

話を戻して。計算どおりなら今日で6週0日なんですが、その前まで断薬などで生理周期が崩れていたので、もしかしたらもう少し週数は若いかもしれません。

 

2週間前にうっすら検査薬でわかってから、

甲状腺ホルモンや前回のことなど心配もあり、超フライングで受診&相談。一週間に一回診てもらって、じりじりしながら今日を待ちました。一度目は何も見えず、二度目は胎嚢だけ。三度目の正直で赤ちゃんの存在確認できました。

 

念の為、一度目の受診のあとに韓方医院にもいき、韓方治療は中断。なので、体質改善は道半ばです。7週過ぎたら「安胎」のための施術をしてもいいし、電話で近況報告してくれれば、カルテに経過を書き足しとくよと言ってもらえました。

 

まだ初期の安心できない時期でリアルで公開するには早いんですが、心配だらけのふたりめ妊娠なので、備忘録&心の声を書き出す場としてここに書いていこうと思います。(リアル知人のみなさんは、しばらく周囲に内緒でお願いしますね。何人もいないはずですが)。

 

天使ママの中には見たくない方もいると思うので、ふたりめちゃんの話題は【ふたりめ】って書いておきます。

本格的に夏モードに入りました。今日から最高気温が30度近くまで上がってます(早くないですか…)。朝は、雨が上がりの初夏の風が、とても気持ちよく吹いていました。


6月4日、1年前の今日ははゆんの生まれる予定日でした(そして30数年前は、妹の生まれる予定日でもありました)。

はゆん、実際は2月に生まれてしまったんですが、それでも何か、6月は特別な思いがあります。同じく予定日が近かった天使ママブロガーさんが「命の6月」とおっしゃっていましたが、ほんとうにそんな感じ。


そして、そんな特別な日に、とても素敵なことが起こりました。はゆんちゃん、ありがとう。(詳細は次に)。

韓方医院に3週間通ってみての変化

(体質が変わるまでには3ヶ月と言われてます)


1)体重2.5キロ減: でもこれは、甲状腺ホルモン休薬期間で増えた分が、ホルモン剤服用とともに戻っただけな気もするので何とも言えません。でも、とりあえずは良かったです。


2)急激な空腹感の抑制: 私、お腹が減るとき、その減り方が急激だったんです。さっきまでとくに空腹を感じていなかったのに、とつぜん飢餓感がやってきて、いてもたってもいられなくなるというか。たぶんそれが早食いにつながっています。

それに、食材があっても、料理をする前に急にお腹が減ってしまい、手軽に食べられるものに走ってしまうこともありました。去年復職してからは、「職場の帰り道に買うお弁当」を夕食にしてしまうことが急増して、良くないと思いつつもやめられませんでした。

でも、それが緩やかになったのはとても助かりました。じんわりお腹が空き始めてから料理を始めても、我慢できる……!

この事を先生に報告すると「自律神経が整ってきているんですよ」とのことでした。


3)疲労感からの回復

この一年、コロナで業務負担が大きかったのもあるんですが、それにしても疲労が抜けずにしんどかったんです。週末はまるで使い物になっていませんでしたし。ダイエットには運動!というのがわかっていても、どこからも気力体力がわかず。。。

それも少し軽減されました。「土日の1日寝込んでしまう」みたいなことをやらなくても済むようになりました。もしかしたら、業務効率が良くなったのかもしれませんが。


4)夜のお肉ももたれない(書き忘れてて追記しました):

ここのところ、お肉を夜に食べるともたれてしまい、寝づらくなったりするので、そろそろ肉引退の危機か?!と思っていたんですが、それがすっかり解消されました。

「肉をたくさん食べろ」と言われたとき、この状態だと無理だよな〜と思っていたんですが、なんと全くもたれなくなるとは。嬉しいかぎりです。


そんなわけで、派手ではないものの、じんわりゆっくり、身体が良い方向に向かってきている実感がありました。

韓方の先生は、韓医学独特の「四象体質(四つのタイプに体質を分類する伝統医学)」を中心にしているそうで、韓方医の中でもこれが専門の人は200人くらいで少ないとのことでした。


私は「太陰体質」、さらにその中でより細かく分けると「木陰体質」とのことでした。肥満で困る人はだいたいがこのタイプだとのこと。説明によると、肝や胆が強く、熱を持っていて、逆に肺や気管支や大腸が弱いタイプだそうです。


風邪をひくときは、喉からのことが多いし、

子供の頃の喘息や、赤ちゃんの頃からの排便回数の少なさ(大人になってからは両方改善してましたが)を考えると、たしかに生まれ持ったものかもなという気もします。


驚いたのが、脈を見たついでに手のひらを眺めて、「音楽やってるでしょ」と言われたこと。手のひらの小指側に赤みがあるそうなんですが、先天的に音楽の才能があるそうです。才能と言われるほどではありませんが、音楽とは一生関わっていくつもりなので、驚きです。


余談ですが、市内で一番当たると言われる手相占いに行ったときも、開口一番「音楽がないと生きていけないね」と言われて仰天しました。皆、手を見るとわかる……?


そして、処方されたのが、ピウム丸(비움환
)という強い丸薬と、太陰調胃湯(태음조위탕)という煎じ薬3週間分。木陰タイプのオーソドックスな処方だそうです。

ピウム丸は「いったん体の中のものを全部スッキリ出さないといけないから」という理由で出されたデトックス系のお薬。強いから最初は食前に半包ずつと言われたんですが、飲んだ5、6時間後くらいに急激な腹痛とともにすっからかんになる感じでした。それで、夜中も目覚めてしまったりするし、仕事に行く前は恐ろしくて飲めないので、とりあえず週末だけ飲むことにしました。効きすぎて体によくなさそう……。

もう一つの太陰調胃湯は身体に合っているのか、ほんのり甘くて無理なく飲めました。漢方に詳しい内科医の友人が教えてくれたのですが、自分にあっている漢方薬は甘く感じるそうです。

これらの薬を飲みながら、一週間に1、2回鍼を打ちに来ると、より効果が出るのが早いと言われました。ただ、体中の赤血球が入れ替わる周期が90日なので、3ヶ月くらい見ておきましょうと。

鍼も独特なものらしく、ペン型で一瞬だけツボを弾くようにするものを片手片足の経絡に沿って何箇所かずつ繰り返して打ちます。
3周目くらいまでは平気ですが、だんだん痛くなってきます。(でも5回で終わるから心配なし)。

これをされている間、やたら手に汗をかいているのを見て、「手汗けっこう出る?」と聞かれてしまいました。そうなんです、地味に手足の裏からの汗が困り物で、以前通っていたヨガでも、一人滑ってコケまくっていました。これも、体の循環バランスが整えば軽減されるとのこと。嬉しかったです。

その後、もう一つのフェーズがあるんですが、手足の3箇所に普通っぽい長さの鍼を打ち、そこに電極クリップをつけて振動を与えるというもの。これはちょっとドキドキしますが、強さも調整してくれますし、慣れればなんとかなると思います。この準備をしながら、循環に左右差があり、左側が少し遅いと言われました。以前、軽いぎっくり腰が左側だったのもそのせいなようです。

日常生活の注意としては、
・高蛋白低炭水化物の食習慣にすること

・肉は何でもどんどん食べろ

・根菜とイモ類が合う体質

・葉野菜は合わないからあまり食べるな

・運動は汗を流すものなら何でもいい

・あなたにとって水泳は逆効果で、疲れて冷えるだけなので合わない、


このアドバイスを聞いて、自分の進む方向の選択ミスにちょっと落ち込んでしまいました。

・葉野菜を食べ

・根菜を減らし(炭水化物多いと思っていたから)

・かろうじて人並みにできる運動は水泳だけ

だったからです。

それでダメだったんだから、ということで、ちゃんと先生のいう方針に従うことにしました。


効果については。また次回以降。

少し前に職場の健康診断がありまして、

返ってきた結果が「ギリギリ健康」ぐらいの値でした。そして、運動習慣のなさを指摘され、体重を減らせと。


1年前は「ダイエットしたくない」と書いたんですが、さすがになんとかしなくては、という気になってきました。もともと太かったのに加え、産後のコロナ太り、そして、ホルモン断ち期間でさらに追い打ちがかかっていて、せめてその分は落とそうと。


ただ、もうどうしたら適切なダイエットができるかわからず、まず韓方医に相談に行くことにしました。どこにかかるか迷った挙げ句、ミーハーな私はそばを通るたびに気になっていた、広大なお庭がある伝統家屋の病院へ。4月の下旬、話してみて合わなそうなら変更するつもりで行ってみました。






先生が日本語をおできになる(ついでに言えば、5言語可)というのも気に入って選びました。それも、ちょっとかじった程度ではなく、中高生時代を日本で過ごし、奥様も日本にいらっしゃるという。

私も韓国語ができないわけではありませんが、韓方理論独特の言葉などが出てきてしまうと理解が難しくなりそうなので。診察では、日韓織り交ぜて会話しています。


結果、ものすごく良いチョイスでした。

先生にはお気の毒な話ですが、医療観光に来る海外の人たちをかなり相手にしていたようで、海外旅行ができない状態の現在、かなり病院が空いていました。それで、先生も初診で大歓迎してくださって、「中医学」と「韓医学」の脈診の違いなどを初診でレクチャーしてくれたり、ゆったり診察を受けられました。

それに、先生、いちど西洋医学を修めてから韓方医学を学ばれたそうで、既往歴やこれまでの治療が気になる身としても安心です。


それに、あの広大なお庭、行くだけでよい気を浴びられるような……。がんの西洋/東洋医学統合治療などもやっていて、コロナ前は入院患者さんもいたようでした。


診療内容については、また今度書きます〜





2020年3月のお話。


韓国は3月が新年度になるので、仕事をしている友人たちはバタバタ。学齢期の子どもがいるお母さんたちもバタバタ(オンラインだったり交替登校制だったり)、私はひとりで時間を持て余す日が増えていきました。身体の調子が戻ったら日本に帰ってゆっくりしたかったのですが、コロナでペンディング。しかし、復職も9月と決まっていたので。


思い立って、書類上の手続きをしてみたり、ブログを初めてみたりしましたが、時間は潰れない。家に山ほど本があるので、この機会に存分に読もうと一瞬思ったんですが、まったく頭に入りません。


「翻訳デビューしたなら、なにか助成金が出るようなものを探してみたほうがいい」とか、「仕事のための勉強を深めるべきだ」とか、先輩にも強く言われましたが、そもそも「自分のため」のように感じることを全くできませんでした。


そこで目に入ったのがピアノ。

そういえばこまちゃんがお腹にいたとき、発表会に出たな〜と思い出して。


ただ、それまで練習していた曲は、心情的にしっくりこず、弾く気になれませんでした。いい曲も思いつかず……。


はっと思いついて、Yahoo知恵袋で聞いてみました。


 私の弾けそうなレベルの曲を挙げて、「同じくらいまでの難易度で、「しっとり」「寂しい」「悲しい」「淡々」とした感じの曲があれば教えてください。どっぷりと悲嘆にくれるような曲は、逆に合わなそうです」と。

 

ネットの集合知はすごいですね。知らなかったけれど、こんなに素敵な曲がたくさんあったのかと。


挙げられた曲は

・カスキ「夜の海辺にて」
・シベリウス「樹の組曲(もみの木以外も!)」
・ベートーヴェン「ピアノソナタ6番」2楽章
・ベートーヴェン「さらばピアノよ」

・ヘンデル「組曲4番」アルマンド

・シューベルト「即興曲作品90の3」

・シューベルト「ピアノソナタ作品120 イ長調」第二楽章
・ヘンデル「Menuet from Suite in G minor, HWV 434 」

・ショパン「Waltz no.19 Op. posth. in A minor」
・リスト「Schubert's Serenade D 957 in D minor
・シューベルト「Impromptu No.3 in G flat major, Op.90, D.899」 
・バッハ 「Little Prelude in C minor BWV 934」

・ショパン 「Ballade No.1 in G minor, Op.23」
・バッハ 「Concerto in D minor, BWV 974 II.」 

・マルチェロ 「Adagio」
・ショパン 「Nocturne 13 in C minor, Opus 48, No.1」
・ドヴォルザーク 「我が母の教えたまいし歌(ピアノソロ版)」

・ビバルディ 「冬」

・モーツァルト「ピアノソナタ第18番」第二楽章

・アニソンやボカロの耳コピ
・カッチーニ「アヴェマリア」

・ルロイ・アンダーソンの小曲

 

もちろん「ちょっとちがうな〜」というのも「わ、わたしには無理……」というのもあり、なかなか楽譜が手に入らないのもありでしたが、カスキとヘンデルとバッハをしばらく引き続けていました。他のも全部YouTubeで検索して楽しみました。


ちょうどその頃、友人の奥様である鍵盤ラバーさんから連絡をいただき、連弾の目標ができたことも良い刺激になりました。

コロナでまだ実現せずですが、いつか。。。

2020.3.4 

週末婚の夫と久しぶりにあって、けっこう泣いてしまいました。そのとき「ダイジョブダヨー」(←片言)と言いまくってた夫、自宅に帰ったあとに、また電話をしてきて、「僕も悲しい。死んでしまいたい」と言いだしました。


「悲しいのはわかるけど、死なないでよね。。。」としんみり伝えたものの、内心はもう少し自分勝手な私、

「死なれたら、こまちゃんとあなたと二人に対する罪悪感を私が背負うことになってしまう。やめてくれー」


「あたしは積極的に死にたくはないけどな……。腹切っただけであんなに痛いんだもん、死ぬとか無理。」と思っていました。


その直後、自分のフェイスブックに「日本初の帝王切開」の記事が流れてきて、その状況に仰天しました。麻酔なしだったこととか、医者も初めてだから、本を見ながらやっていたこととかガーン

 

難産で赤ちゃんは死んでしまったんですが、取り出さないと母体も危険だということになって執刀されたみたいですね。赤ちゃんは残念でしたが、お母さんは感染症に苦しんだりしつつも、80代まで生きたと。

心から尊敬します……。


 元記事↓


このころ、退院後に連れていかれた韓方医院からの薬を飲み始めました。西洋医学の薬を飲み終わってから飲むように言われてたいたので、すこしのタイムラグを置いて。


これ、夫の住まいの近くなので、彼が受け取って持ってきてくれました。薬は2種類あるのですが、彼伝えに「さきにAを飲んで、その後Bを飲むんだって」と聞きました。


マグカップに半量ほどの煎じ薬がパウチになってそれぞれ約30包。冷蔵庫がパンパンです。


1日3回、冷蔵庫から出して温めて、A→Bと順番に飲んでいました。味はそこまでキツくないのですが、2種類はちょっと多いな〜と思っていました。


ところが、一週間ほど経ったあと夫がその姿を見て、「は?!何やってるの!!」と。

毎食後A→Bを飲むのではなく、A一種類を10日間飲み、それが無くなったらBを10日間飲むのだと判明。


みごとに勘違いしてましたw


夫は「分かんないなら聞けよ!」って言ってましたが、あたしなりにその解釈一択だったんです……。

今日の思い出し日記もネガティブですみません。

人の悲しみに寄りそうことの難しさを感じる出来事について。自分がそんなふうに気を遣えているのか、という自省もこめて。


お見送りしてから2週間、いっさい出産のことに触れてこない人とは、話す気になれませんでした。でも、いっさい触れずに寄り添うことが私のためになると思ってくれている人もやはりいて。


ある方から、(妊娠は知っていたものの)はゆんが亡くなった経緯を知らずに「元気〜?どう〜?」と電話がきて、気まずいながら起こったことを話しました。たぶん言葉がなかったんでしょう、「大変だったねー」とひとこと。「そりゃどう反応していいかわからんよな……」と思ってそれで流せたのですが、それから、彼女なりの気遣いか、2日に1回メッセージが来るようになりました。


でも、話題にはいっさいハユンのことが出てこないんです。「コロナ大変」とか。たぶん、気が晴れるように、努めて日常の話題を送ろうとしてくれているのかな?というかんじ。でも、私が四六時中はゆんのことを考えているモードだからか、それ以外の話をされても、「そうだねー」みたいな短文しか返せなくなっていって、テンションの違いから、相手をするのが辛くなってしまいました。

 

でも、その関わりが正解な天使ママもたぶんいるんでしょう。私は、どんな子だったか聞いてほしかったし、名前をどうやってつけたのかとか、どんなところが可愛かったのかとか、そういうことを話したかったんですが、これは「私がたまたまそうだ」というだけですし。。。


たまに電話で話すお友達だったので、すこしのメッセージも返せない自分が狭量な気がして嫌になってしまいましたが、最終的には、「できる範囲でお返事して、後で落ちついて『変な返ししてるな』と思ったら謝ればいいか……」と割り切りました。それでなんとか、(きっと向こうの度量に助けられて)今も普通に友人関係が続いています。


更にいうと、こんなかんじになった友人は複数います。私が韓国にいることもあり、そんなに関係が変わった人は結果的にいなかったのですが、こういう出来事をきっかけに、ご縁が終わってしまうこともあり得るだろうなと感じました。難しいものです。


あとは、「元気出して。またすぐに来るよ!」とかいうポジティブなことばには、この頃はまだ何とも言えませんでしたし、メッセンジャーブロックしてたアメリカエロオヤジ(昔の職場の同僚……)から、このタイミングでGenki?ってメール送られてきたのには殺意が湧きました。