3日:はれさんが我が家に来て、マタニティー&ベビーグッズをどっさりくれる。感謝が尽きない。離乳食の本に研究のしがいを感じる。そして、人をダメにするソファーかのようなものが窓に向かって並んでいて、ダラダラできるカフェで二人でゴロゴロするコーヒー 楽しかった。

6日:初めて翻訳の仕事を受注する。日→韓なので自信がないが、夫&協力者のヘルプを得てやることにする。日本円支払いなので、里帰り中の滞在費をこれで賄うことにする¥

7日:オフィスに行ったら、雨漏りしていた。電気製品と紙ばかりなのにガーン
でも、床に水たまりができるだけで済んだ。ほっとした。

 

9日:以前住んでいた地域に遊びに行き、友人からおもちゃをもらう。아기체육관(赤ちゃん体育館)っていう・・・日本語では何ていうのだろう。
そこの息子君が、ピンク色シークレットジュジュラブラブの大好きな3歳に育っていて、私は非常にほほえましくみていたけれど、夫が「性的アイデンティティーが混乱するんじゃ・・・」と変な心配をし始める。私が「うちの弟、めっちゃジェニーちゃんで遊んでたけど、別に今女になってないでしょ。韓国の人、男性のピンクシャツよく見るじゃん、素敵だし。」というと、夫は「シャツはいいけど、靴はない」という。そんな理屈、三歳児にはわからんわ。


13日:親友ろーちゃんが「エアつわり」になったという。
私と夫は、2月頭に済州島旅行に行こうとホテルやレストラン探しを始める。
ある店のメニューの誤植がかわいい。
「たちうお しおしお さば しおしお あまだい しおしお」←しおやき、と書きたかったはず爆  笑

14日:ディズニーシーで乗り物に乗ったら、こまさんが出てきかかる夢を見る。焦って起きる。
お風呂で長湯できなくなった気がする。

17日:夢の中で古謝美佐子さんの「童神」を聞き、大泣きしながら起きた。「もっと愛されたかった~」的な子どもの気持ちで(親が聞いたら理不尽と思うことだろう)。でも、こんな素敵な子守歌があったなあと思い出して嬉しくなる音譜
いつもの速度では全然歩けなくなっていることに気づく。
2か月間ずっと言えなかった「もう少しいちゃいちゃしたい」ということを夫に思い切って言う。我ながら、妊娠前のドライモードと自分が変わりすぎて驚く。

23日:季節のあいさつを送りあうくらいの韓国人の知り合いから、突然姪っ子の動画が送られてくる。しかも、日本語の赤ちゃん言葉でアフレコをしている。平素、わりととんがっているキャラの男性なので大笑いする。赤ちゃんの偉大さを知るウシシ

ネット上でバトンなるものが流行っていたころ、
「友人バトン」か何かで、その人を表す一言をつけて友達に送るというのがあったんですが、
私に「取り越し苦労」という一言がついたバトンが回ってきたことがありましたびっくり
15年は前のことだと思いますが、その頃ようやく私は
「世間の人はそこまで未来について悩まないらしい」ということを理解しました。
でもなかなか、悪い予測をして考え込む癖は抜けず・・・・・・
妊娠中も、巷のニュースを見て、あれこれ考えこんだりしてました。


特にインパクトが大きかったのは、Yahoo Newsに流れてきたある本の紹介。
オルナ・ドーナト『母になった後悔:社会政治的分析』(2015年刊、未邦訳)についてでした。
もうリンクは切れてますが、いろいろな方がまとめていました。例えばこちら

「母性は自明のものではない」というのは、
最近わりと言われるようになってきていると思いますが、
23人の後悔する母親たちについての証言を研究したものということで、

たいへんボリュームのある研究書のようです。英語で読むガッツはないですが、
ニュース記事だけで、考えさせられました。

そして、ここに出てくる「後悔する母親」たちは、
子育てに向いていないことに、子供を産んでからやっと気がついた。

重圧を乗り越えるためにできるかぎりのことをしたけれど、

それでも責任が重すぎると打ち明けてくれた女性もいた、とのこと。

そして、そんな母親たちは「社会から憎まれタブー視される」といいます(上記CJの記事より)。

 

わかっちゃいたことですが、研究で裏付けられた気がして、
妊娠&出産&子育ての不安から脱し切れていない私は、
「ちゃんと子どもを可愛がれるんだろうか、虐待しないだろうか」という気分になりました。
でも、邦訳出たらいいなと思っています。
「子育てに向いていない」ことは、親のせい・子どものせいということに

単純に帰結させられるものではない、ということが、

おそらくきっちり述べられているんだと思います(社会政治的分析とあるくらいですから・・・)

そしてもう一つ、この記事でも涙が。1月14日のニュースで、
「介護職でシングルで3人の子を育てている母が、発達障害の小6長男を暴行した」という話。
記事によると、手を上げたら捕まると思ったけれど、もう限界だった、と言っていたそうです。
友人の中で、発達障害の子を産んで離婚してしまった夫婦もいるし、

うちも両親族にグレーっぽい人がいるし、
何より、私自身、とても洞察力があって信頼している知人に
「発達障害の傾向あると思う、将来の対策したほうがいい」と言われたことがあります。
自分では、それっぽさが出ないようにしていたつもりだったので、
隠しきれていなかったのがショックでした。
ただ、自分がそうなら夫もそうなんでは?と思う程度なので、

わりと、傾向が強い子どもが生まれるのではないかということは、前々から思っていました。
社会の認知が少しずつ進んできているので、大丈夫かなとは思いましたが、
こうやって、何かの拍子に家族のだれかに大きな負荷がかかると、
逮捕されるまで助けてもらえないようなこともあり得るんだな・・・と。

たいていこういう話につきあってくれるのはろーちゃんなんですが、
自称「こまつんの叔母」を名乗って、お腹の中での成長を一緒に喜んでくれ、
「出産日、運悪く一人とかになっちゃったら(あり得た)、仕事中でも電話して、サボるから!」と
言ってくれる彼女のおかげで、「大丈夫だ、味方はいるんだ、一人で頑張らなくていいんだ」と
いう気持ちになれたのは心強かったです。
(夫が頼りないわけではないんですが、いまいち言葉含め通じないところがあるんですよね汗

1月に読んでいた本の紹介です。

その1
松岡悦子『妊娠と出産の人類学』、世界思想社、2014。
お産が近代化・医療化されていく過程と、その影響がどこにどのように出たか、

今の自分たちの出産にどのように影響しているかという知識を得ました。

なかなか面白い本でした。以下、気になったところの抜粋。

 

・昔の日本の山間部などでは、いざ子どもが生まれる際には産婆も姑も入ってこない

納屋のようなところで「一人だけで子を産む」ような風習を持っている地域があった。
・産婆が「助産師」になっていく過程で、それまで当たり前にお産を手伝っていた

村の女たちの多くがお産に関われなくなり、無資格者に罰金刑が科されるようになった。

・かつては男性産婆も存在した
(日本の助産師制度は、男性はなれない。韓国は制度上可っぽい)。

・お産が医療化すると、大部分夜に行われていた出産が、昼(そして平日)が大部分と

逆転するようになった。陣痛促進剤の使用でそれが可能になった。

・医療介入によって、死産は減ったが、仮死産率は上がった。鉗子分娩によるもの。
・鉗子分娩で仮死が起こると、さらなる医療介入が必要になり、「医療のおかげで助かった」とみな思うようになる。医療介入のスパイラル。
・産院ブームは、行き過ぎた医療化へのアンチムーブメントだった。
(↑私の親も、3人は病院で産んだのに、4人目は産院だったな・・・と思い出す)
・旧共産圏の国は「だれでも医療費は無料」だと思いがちだが、ハンガリーの例では、「医者にわいろを渡して個人的関係にならないと、雑に扱われかねないという心配から、月給分ほどのお金を産科医に渡すのが慣例となっている。
・ハンガリーの医者は、その(↑)既得権益を逃したくないのもあり、助産院を作るのに反対。

・また、ハンガリーでは「全ての女性は病院で出産すべし」ということになっているが、それはナチスによるユダヤ人虐殺によって少なくなってしまった助産師を病院で囲い込むためだった。

その2
岡田尊司『母という病』、ポプラ社、2012。
これは、自分というより、母との関係が今もうまくいっていないキョウダイや友人のことが

頭にあって読んでみたいと思った本です。
自分も昔は母がしんどかったので、どう感じるかなという興味もありました。
でも、自分にはピンとこなかったし、あまり気分よくありませんでした。
「家族は有機体なのに、母に全て責任を押し付けている」と読めてしまったから。
でもこの著者『父という病』も書いているんですね(今気づきました)。
今まさに、毒親に苦しんでいる、という人には救いになるのかもしれません。

その3
西尾和美『アダルト・チルドレン 癒しのワークブック』、学陽書房、1998。
買ったのはずいぶん昔でしたが、最後の何章か手付かずのまま取ってありました。
この頃、「里帰り出産はしたいけれど、心の底ではなかなか許せない父親とどう付き合うか」と
少し悩み、「私の子に触らないで!」とバトルしている夢を見たりしたので、

引っ張りだして、いろいろとワークをしようとしていました(が、なかなか筆は進まなかった)。
最大の誤算は、この本をこたつの上に置きっぱなしにしたまま、1月末に入院になり、

私のいない間に母がその本を見たであろうこと。夫は日本語万年初級者なので、

気を利かせて片づけてくれるとかはなく、私も一瞬思い出したもののすぐ忘れてしまったので。
もうこれは、なかったことにするしかないと思って知らんぷりしています。

その4

石上阿希、定村来人『暁斎春画』、青幻舎、2017。
笑える大人の美術。著者が知人。
会社に疲れたろーちゃんに「今日、エロスの神様お呼びする?」と聞き、OKが出ると
目をつぶって開いたページを写真にとって送る遊びをしていた。
おなら合戦とか、いろいろ笑わせてもらいました。
そんなことしてたら、「チャットにエロ画像のキャプチャーを送ってしまい、立ち直れない夢」とかを

見るようになって心臓に悪かったです・・・・・・

1月10日頃から、こまさんの活動がだんだん派手になってきている感があり、

試しに胎動カウントなるものをしてみました。
こういうチェックがあるとは、アプリで見つけるまで知りませんでした💦
初めてやってみた日は、うまく記録がとれず(たしか30分以上間が空き、途中で寝ました)

まだ少し早かったかもしれないな・・・と思いましたが、

次の12日には昼間14分、夜24分。その次の13日には、5分を切るという急成長でした。

 

こまさん、けっこう夜に動くので、眠りが浅くなってる感じもしました。
ネットで調べると、母の睡眠リズムと子どもの胎動、
同調する説と関係ない説があり、けっきょくどちらか分かりませんでしたが、

私個人の感覚では、「こりゃ関係ないな」というかんじ。

夜22時頃、ぽんぽこ、ぐるんぐるん始めて、午前1時頃に絶好調!とか。

ひどかった1月13日は、もう寝ていたのに午前2時くらいに高速でぽんぽこされ、

目が覚めてしまい、さらに空腹が耐えられなくなってごはん食べてしまい、

再び寝つけたのが午前4時過ぎでした。

この時の胎動が、10カウント4分かそこらの高速っぷりでした。 

 

10日も経つと、キックをかなり感じるようになり、

お腹の中でテコンドーしてる・・・なんて、表現が思い浮かびました。


(追記:さらに調べてみると、「母のリズムとシンクロする」というのは

母親が活動しなくなる夜間が赤ちゃんタイムになる、ということみたいですね。
それなら納得だ・・・。でもこれじゃ、万年寝不足ですね。)

1月頭ごろから、けっこう仰向けでいるのが、

短時間でも違和感出てきていました。

寝返りするとちょっと靭帯が痛い感じするし、

どこかで痛めそうで不便な気がしてました。
本格的に、横向き睡眠しなきゃなぁと。

なにかと違和感があるので、

「やっぱ卵で産みたいヒヨコなんて言ってました。

 

それに、うちはマットレスを敷いて床で寝ているのですが、
妊婦はベッドの方が生活しやすいなぁと認識しました。
(そして、帝王切開後はより痛切に感じました)。
この時は、夜中の水飲み&トイレがめんどくさいくらいでしたが。


喉が渇いて、一晩に2回くらい起きて、

計380mlくらい水飲んでいたと思います。

もともと水分はよく取るほうでしたが、

こまさんに吸い取られてる感がすごくありましたにやりお茶


お腹もかなり出てきたし、またワンステップ上がった感じで
「うーむ妊娠してるのだなどうみても・・・、と変な気分である」

と、親友ろーちゃん(前回までロカヒちゃんと書いていた人です。略します笑)に送ってました。
 

彼女が
 「妊婦としてのワンステーップブルー音符 ひとつ上昇~むらさき音符

と返してくれたので、

 

あ、そっか。音符音符つけて気楽に構えてればいいのだな、と

思うことができました。どうも、いろいろ考えすぎでした。
彼女には、ずーっと支えてもらっていたと思う。ろーちゃんありがとう。

基本的に、以前書いた「胎夢豚」以外、あまり夢は見ていなかったんですが、

1月1日と2日は、かなりインパクトのある夢を見ました。
一筋縄ではいかないかんじ。

こういうのって、どう解釈するんでしょうね。

あとから振り返ってみると、「こまさんとの波乱万丈の暗示?」としか思えませんが。

 

・カレーライスカレーが突風にあおられて飛んでいく。

・火事消防車が起きる。

・干潟を大型船船で無理やり進んでいく。

・芋虫の異様に長いやつ宇宙人しっぽ宇宙人からだ宇宙人あたまが何匹もいて、

ビビりながら箸で段ボールに移そうとする。

 

以上です。もうちょっと穏やかな初夢がよかったです・・・ゲッソリ

 

 

もともと過体重&食べるの大好きなので、
妊娠中にさらに体重が急増してしまうのではと気がかりでしたが、
とりあえず6か月で入院する前は、+1.5キロで済んでました。
その後、病院でさんざん食べたので、+2キロまで上がりましたが。

食事で気づいた変化は、


①超初期の腹痛があった1週間半くらいは、
生野菜とかあっさりしたもの+ポカリが欲しくなった。

 

②1月頃からは、一度にあまり食べられず、ちょこちょこ食べるようになった。

 

③お正月は、飲むお酢カラマンシー味がツボに入り、やたら飲んでた。

 

これくらいで、後はとくにありませんでした。

こまさん、食にうるさくなくてよかったわ。

公務員の妹が、「誰も使ってないけど、妊娠中補食休暇(時間給)がある」と言ってました。

②はきっと、よくあるんですね。時間給にしてもらえるくらい。
その話を親友ロカヒちゃんに言うと、「捕食!?狩りにいく?」と素で間違っていました。

関西ギャグみたいな・・・・・・笑い泣き
 

そして、飲むお酢、我が家ではいろいろな味のを見かけるたびに買ってみてるんですが、

この冬開けたカラマンシー味と、その前に飲んでたイチゴジャスミン、

やたら減りが早かったですボトル


それまでちゃんと見ていなかったパッケージに、

「牛乳と混ぜてもOK」みたいな記述があり、
「酢とまぜたら、明らかにかたまるよね・・・?どうなるの?」と

恐る恐るまぜてみたら、フルーチェみたいになりましたぽってり苺
これは嬉しい発見でした

 

新年、新しく物事を始める「〇〇初め」ってありますが、
うちの子の「動き初め」もまさに、新年スタートでした。


「昨日からたまに、こまさん動いたかな?

と思う瞬間があるのだが、

改めて手を当ててみると感じないので

ホンモノなのかわからない」

 

「こまさん、フェイント?」

 

と、親友とチャットしてました。

彼女も良く出てくるので、ロカヒちゃんとしておきましょう。
(不思議な響きですが、愛称のアナグラム&ハワイ語です)
1月2日ちょうど18週0日。

その後、1月5日は「やはりそうだな」と確信して

トツキトオカにも「ぽこ・・・っと動いた感じ」と残していました。

2回ほど動きました。
「こまさん動いた」とロカヒちゃんも日記に書いてくれたようです。

胎動を感じ始めてから、なんとなく親になるための

ギアが一段あがった感じがしました。

コミュニケーション取れるようになる、というのを読んで

「ほんとかな?」とお腹をトントンたたいてみたり。
(お返事はあったような、なかったような)


正月は夫のシフトと重なってずっと一人だったので、

眠気にあらがわず、たまにお正月特番見ながら、

だらだら寝正月してました。
 

ブラタモリ×鶴瓶の家族に乾杯スペシャルで、

沖縄、しかも久高島に行っていて、かなり嬉しくなりました。

 

実は、2019年7月に久高島に行っていて、

外間殿(うふぐーい)の火の神(ヒヌカン)の祭壇の前に立ったとき

ぞわぞわぞわーっと鳥肌が立ったのです。

ガイドさんによれば、その場所は、女性の子宮をかたどっているということ。

その後9月にすぐこまちゃんがやってきたので、

もしかしたら久高の神様が遣わせてくださったのかも、という気もしています。
 

 

ちなみに、そんなこまさんは、1月中ずっとアプリの中で、

「お年玉はまだいいよ」と、暗に将来のお年玉を親に刷り込んでいました。

ポッシュ・シゴーニュのメモリアル・ベアちゃん、やっと手元に届きました。

子どもが生まれたときの身長と体重に合わせて作ってくれます。
 
4月に日本の実家から連れて帰るつもりでいたのが不可能になり、
EMSで送ってもらいました。普段は3-4日で着くところ、2週間かかりました。
でも受付停止とかにならなくて、本当に良かった……。
 
こまちゃんに「お父さんお母さんと遊びたくなったら、
いつでもくまちゃんの中に入ってきてね」とお願いして、
今日一日抱っこして、くんくん匂いかいで、ピアノ聴いてもらって、
メトロポリタンオペラの『魔笛』も鑑賞して、
一緒にごろごろしてました。あぁかわいい。
 


ちなみに、森の中を探検するファッションのベアちゃんなので、
PC版のブログ背景も、森の中に変えてみましたクローバー
 
 

着倒したワンピースと、惜しかったワンピース、お披露目します。

 
 
ユニクロの3Dコクーンロングニットワンピース(名前はうろ覚え)。
皺よってますね。文字どおり、着倒したんです……。
入院した日も着ていて、そのままどたばたでタンスにしまい込んで、放置でした。
特にマタニティーウェアというわけではないんですが、3D縫製がいいのか、
お腹が出てきても、余裕を持って着られました。触り心地もとても良かったです。
あまりにも気に入ったので、色違いを買おうと再訪問したときには、既に品切れでした。
個人的には、暗めの紫色とか出ないかなと思っています。
 
もう一つ、フェリシモで買ったこれ。
これは惜しかった服です。
デザインなんかは好みだったんですが、スカートの布がぺっらぺら。
上半身は冬物なのに、下半身が夏素材です……。
下にマタニティータイツか何か履く想定なんでしょうが、
タイツくらいじゃ韓国の寒さには太刀打ちできず、
あったかマタニティーパンツと一緒でないと履けませんでした。
でもパンツだとなかなか似合うデザインが見つからないし・・・。
着倒したかったけど、その点であまりうまくいかなかった服でした。