しばらく生活がバタバタしていて、ブログ書く時間が取れませんでした。
仕事のこと(これは、4月ちょっと前の話)
こんな休み方(予定の産休前に急遽病休、かなり前倒しで出産→産休→しかし、子どもがもういないので育休を使えず、かといって、職種的に秋まで復職不可)をした社員は過去におらず、規定もない状態だったので、どういう扱いになるのか心配していました。しかも、コロナ禍対応が重なったために、開かれるはずの会議もなかなか開かれなかったようで。でも結果的に、ありがたい結論を出してもらえました。
4月半ばに産休が切れたあとも(診断書が出る状態ではないにも関わらず)疾病休職扱いにし、基本給の7割を引き続き支給してくれるということになりました。やり手の部署のお姉さまが奮闘してくれたに違いなく、恩を感じるばかりです。
3月頃は、日本に帰国してアルバイトしなけりゃいけないかと思ってもいたのですが、その必要はなくなりました。(そもそもその後のコロナの状況から、帰りたくても帰れない状況になったわけですが・・・・・・)
家のこと
今住んでいる家は7月で更新なのですが、先日、大家夫人から「今回は不動産屋を通さずに契約するのはどう?」という提案がありました。夫と話してそれでいいというので(契約したとき、あまりいい不動産屋ではないと思った)、「今と同じ条件でいいんですよね」と確認すると、いつまでたっても既読スルー状態。これは何かあるかな、と思っていたら、大家の主人の方から電話がありました。曰く、「コロナのせいで家を売らなけりゃいけない。したがって、更新せずに出ていってほしい」。夫婦で話を詰めてから最初の提案してくれよと思ったものの、嫌とは言えず、承諾しました。
ところが、今住んでいるところはけっこうな住宅難なのか、自分たちの手の届く家賃で出ている家がほとんどありません。広告は出ていても、実際にはすぐに入居者が決まってしまう状態らしく。
それでも、1箇所「今より田舎だし、少し狭いけれど、それほど職場も離れていないし、チョンセ(一括で数百万~数千万の保証金的な家賃を払い、契約終了時にそのお金は戻ってくるシステム)だから、月の家賃を払い続けるよりいいかも」と決まりかけたところがありました。エレベーター無しの5階なのも、最初は「まあ5階くらいなら、大丈夫でしょう」としか思わなかったんです。大家さんも、今の住人も推していて、ほぼ決まりかけたのですが、帰りの車の中で、「もしかして、次に妊娠したら、毎日の階段運動で流産してしまうかも」ということに、とつぜん思い至りました(子宮頚管無力症だったので)。夫と話し、母に相談し、「やっぱりちょっとね・・・」ということになって、結局断りました。不動産屋には、いったん、どこか空き部屋が出たら教えてもらうことにして、店を後にしました。
その直後、家への帰り道でふと思い立って、現在の大家さんに「少し家賃を上げても住まわせてくれないか」と交渉すると、なんと、10万ウォン(1万円相当)アップであっさりOKされました。まあ、地域的にそのくらいが相場のようだし、仕方ないよなという気持ちです。ただ、不動産屋でのやりとりで、今の家が不動産売買情報として出されていなかったのがわかり、最初から家賃アップが目的だったのではないかと夫は言っています。まだるっこしいことはしないでほしかったんですが・・・・・・。それでも、家を出る覚悟をしたときに「ここは、こまちゃんと過ごした家なんだよなあ」と思って離れがたく思ってしまっていたので、あと2年はここで過ごせることに安堵しました。(韓国は、大家の地位が日本よりも高いことはわかっていたつもりでしたが、更新月だと引っ越し代を出してもらう交渉などもできないということは、今回初めて知りました。)
交通事故
ここ2か月で2回も巻き込まれました。どちらも過失はゼロ。怪我もナシなのは幸いです。しかも、つい最近の件は、カルガモ親子が道路に飛び出してきて、前の車と自分たちの車がブレーキをかけたところに、後ろから追突されるという、なかなかレア体験でした。しかも、様子見で入院しました。整形外科病棟は、うるさすぎてカオスでした。体は大丈夫でしたけどね・・・。
オンライン化した生活
思いがけない人間関係の広がりが生まれて面白い体験をしたり、デジタルだけでやりとりしている弊害で、あやうく人間関係が壊れそうになったり、ひやひやします。いつになったら会いたい人に、直接会えるようになるのやら。






