ただ、縫ったとこからの分泌物がまだ止まらず、退院ちょっと延びるかもしれない、という見立てでした。普通は1日、2日で分泌物は止まるんだそうです。まだパッドを替える度、親指サイズくらいの染みができていることが多く、完全に止まることはありませんでした。
そして、早産になることを予想してか、「どんどん食べて、おやつも食べて」と言われ
あんなにおやつだらけの生活したのは、小さい頃、
ただ、縫ったとこからの分泌物がまだ止まらず、退院ちょっと延びるかもしれない、という見立てでした。普通は1日、2日で分泌物は止まるんだそうです。まだパッドを替える度、親指サイズくらいの染みができていることが多く、完全に止まることはありませんでした。
韓国では、産後の養生食といえば、わかめ汁。
手術後、丸24時間以上経過して、ようやく「食事の時だけ背もたれ起こしてOK」になり、
待ちに待った昼ご飯にありつけました。
期待していなかったんですが、食事が美味しかったんです。
1食目はこんな感じでした。
キビいりごはん
菜っ葉の汁
トッポッキ
ナムル
肉と玉ねぎの甘目の炒め物
白キムチ
トッポッキ、好んで食べるほうではないんですが、
これはコチュジャン薄めで、代わりにコショウがきいていて
美味しかったです。
この時だけでなく、食事の平均点はかなり高かったと思います。
(次に入院した大学病院よりも良かった。)
もりもり食べたらすぐにまたベッドを倒して安静ですが、もう辛くありません。
食べられる&寝られることが、メンタルにどれだけ大きな影響を与えるのかわかりました。
手術した夜もこまちゃんは元気で、そこそこキックが激しく、
むしろ、手術した箇所を蹴ったりしてくるので、はらはらし通しでした。
「もう、親の心子知らずなのかい~」とツッコミを入れていました。
元気なのはいいことですけどね。
朝8時頃に先生が来て、「横向きになってもいいよ」と言ってくれ、
頭を少し上げてくれました。これでだいぶ、辛さが緩和して、
ジュースなんかも飲めるようになりました。
腰も辛くなくなり、前夜の分まで爆睡しました。
ここでようやく、トイレ以外の部屋の様子がやっとわかったんですが、
民家感ありありの個室でした。古い田舎の民宿っぽいかも。なんかやたらと広い。
雰囲気的に落ち着きましたけど、病院っぽさがないな~と面白かったです。
ナースコールは内線電話ですし。
そして、やたら暑かったです。
上階に、産後の休養センター(産後調理院)というのがあって、
聞くところによると「とにかく暖かくする」らしいです。
その熱が、自分たちの部屋にも回ってきているよう。
この部屋にいる間ずっと、真冬(2月初め)にも関わらず、
窓を開けて、布団をかけずに寝ていました。
看護師さんや先生に見つかると、思いっきり布団かぶせられるんですけどね。
汗っかきの私には、キツイくらいの暑さでした。
夫には、とりあえず洗濯機に放置していた洗濯ものを干しに帰ってもらい、
ついでに、朝準備したばかりの「いざという時の入院セット」を持ってきてもらいました。
ダイソーにも寄ってもらい、ストローつきのプラの水筒を買ってもらったら、大活躍しました。
めっちゃアナ雪イラスト付きで、幼稚園生感ありありですが。
夫は3日間、有給を取ってくれていました。
入院するし、することないよ、仕事行っていいよと言ったんですが、
家から持ってきた荷物に、自分が一緒に個室で寝る用に、毛布と枕を持ってきてました。
「ま、この際、休めばいいでしょ~」とテレビ&昼寝三昧してました。(テレビの音が得意ではない私は、なんどかノイズキャンセリングイヤホンが欲しくなりましたが。その頃夫がハマっていた「自覚のない歌好きの音痴さんに歌わせる番組」はイヤホンしていてもキツかった……)
いざという時に動いてくれるから、まあよかったんですが。
韓国で入院すると、身の回りの世話系は基本看護師さんはやらないので、
付添人が必要、と聞いたことがありました。
それにしても、と驚いたのは、夫が戻ってきて早々に、
カテーテルで導尿した尿の捨て方と、パッドの交換方法をレクチャーされたことです。
「ええ!それも付添人に頼まないといけないのか・・・・・・」とショックでした。
まさに下の世話。この年で・・・と、かなり泣きたい気分でした。
(結局、夫は尿を捨てるのを1度やっただけで、あとは看護師さんがやってくれたので、
デフォルトがどういうことになってるのかはわかりません。)
病棟の看護師さんたちはとてもフレンドリーで、
(外来はそこまででもなかったような・・・)
若く見えても技術がしっかりある人ばかりで、安心感がとてもありました。
家に帰ったら、全ての家事をやるように!と
夫をちゃんと教育してくれたのも嬉しかったです。
週末婚の私たち、わざわざ夫がいて精密エコーができる日を選んで
その結果、検診がいつもより2週ほど遅くなりました。
でも、夫がいない状態で緊急手術とかになっていても(市内にだれも親戚いません)
それはそれで大ごとになっていただろうと思います。
良いとも悪いともいえず、そういう星回りだったと思うしかないと、無理やり納得しています。
手術それ自体は全然痛くありませんでした。
痛覚が無い場所なんですね。
0:30頃手術が終わり、夫が気を利かせて取っておいてくれた個室に入院しました。
2日だけだから、と思ったらしいです。
(後で思えば、ぜんぜん大部屋で構わなかったんですけどね。
4人部屋も2人ずつしか入っていなかったし。)
この日は長い1日でした。
麻酔で頭痛や吐き気がでることがあるから、ということで
枕はなし、寝返り禁止、姿勢が辛かったら30度くらいまでなら膝をゆすってもいいけど、
それ以上いかないで、というお達しがありました。
姿勢を変えられないのがこれほど辛いとは知りませんでした。
「腰まくら、あとで持ってきますね」と看護師さんが言ってくれたものの
先生から「このままできれば維持して」と却下されてしまいました。
(腰の重だるさのせいで翌朝まで一睡もできず)
暇つぶしで、前々から少し聞いていた落語を聞くも、集中できずに2本でギブアップし、
横を向けないからケータイを持ち続けるのも辛いし、もともとTVはあまり見ないほう。
たまにろーちゃん宛のメッセージを音声入力で送っては、気を紛らわせていました。
それから、翌朝までの絶食もけっこうつらかったです。
ようやく朝になって食べられると思ったら、
「もう少し横になっていて」と、昼まで絶食を延ばされたのも・・・。
頭を起こさないことが目的だったので、交渉してお腹にたまるのみものを
夫に買ってきてもらって飲みましたが。
先生は図を描きながらこんな説明をしてくれました。
22週に入った1月31日が、精密エコーの予約日でした。4時までこまさんが寝かせてくれず、おまけに朝方、お漏らしかと思う量のオリモノが出ました。