4人部屋に移ると、しばらくしてお隣さんが帰ってきたのですが、

聞こえてきた言葉はロシア語?っぽい響きでした。

挨拶と、名乗り方と、数単語だけはロシア語を知っているので、

よろしくアピールしてきました。

夫と母が持ってきたイチゴを紙コップに入れておすそ分けしようとしたら、

「夜食があるから食べられない、でもありがとう」と

ピロシキほか3種類もロシアのパンをもらってしまいました。

빵순이(パン子的な・・・)と呼ばれ、エスニック料理も好きな私は、小躍り(気分だけ)。

韓国の産後ママのための夜食がものすごい量出ることは、後に知ることになりました。
彼女は、双子ちゃんを生んだということ、韓国語で教えてくれました。

 

もう一人、廊下で出会ったおばさまに、食器の下げ口を聞いたときは、
思いっきり首を振られて「ベトナム!」って言われました。
妊婦・産婦さんも、そのご家族も、
言葉が通じない/通じづらいところで頑張っているんですね。
というか、ここに入院してから、韓国人との絡みがスタッフさんとしか無いという。
たまたまだったとは思いますが。

 

お隣さんは、突然20:48にばつんっと無言で部屋の電気を消して、
真っ暗闇になってしまいました。
「いや、一部つけておこうよ・・・」とは思ったんですが、
電気のスイッチは遠いので、延々スマホタイムに。

ずっと「会いたいねえ」と言い合っているろーちゃんと妄想デートしていました。

星空の見える露天風呂とか入りたいな~と言って調べたら、

奥飛騨によさそうな場所が沢山ありました。

「夫くんにこまつん見てもらって、たまには一緒に、旅行にいきたいね」

そんな風にやりとりしていたら、23:36分、突然、煌々と電気が点きました。
トイレ行くとき不便だったかしら(笑)

入院延長の話を聞き、私は往生際悪く「何とか家に帰れないか」と、先生に交渉しました(今思うと全く現実をわかっていませんでした)。「夫がもう休めなくて、家に韓国語ができない母が一人で取り残されるので……」ってことを言ったら、なんと先生&看護師さんが

「4人部屋のねりさんのベッド、隅の広いところにするから横の床で寝られるし、何なら、隣のベッドが明日あくから、お母さんそこで寝たらいいよとのことびっくり 

簡易ベッドではなく、病床にです!

寝具は私が前日まで使っていたのを持っていけば、クリーニングする量も同じ、ということで入院費2倍取られるわけでもなく、太っ腹すぎる対応をしてくれました。母も「この柔軟さは日本ではないわ〜」とびっくり。

2日目から母は、ベッドのテーブルを活用して、ハングルの勉強までやっていました。私の結婚した8年前に買って放置していた本らしいんですが、「今回来てみて、ハングル読めないと何もできないとわかった」と。ちょっと嬉しかったです。

その間、私がしていたのは、1月に受注していた初の日韓翻訳の仕事です。横になっているから、すぐに眠気がやってくるんですけどね。でも、ケータイでポチポチ仕事ができる時代で本当に良かったと思いました。

こんな経験、一生に二度とないだろうなぁと思った入院風景でした。

↓母勉強中

手術してくれた先生の回診が月曜朝にあり、
今、パッドに出てくる分泌物がどんな状態か聞かれました。
そのときは、本当に微妙な量、小指の先から第2関節くらいまでの

細さ&長さの染みが、朝起きるとある感じでした。


ちなみに、分泌物の状態は、看護師さんが来るたびに聞かれるのですが、
言葉で表現してみるものの、自分のイメージしているものが

正確に伝わっているのか、いまいち見当がつきません。

韓国語でそういう表現をしている本とかを読んでいないからでしょうね。勉強不足です。

最終的に申し訳ないと思いつつ、

何度かは、朝変えたパットを取っておいて

「こんな感じなんですけど」と見せたりしていました。

 

先生の診断は、「じゃあ完全に止まるまで、もう少し入院」。

がっくりです。こんなに少しでも、ダメなんですね・・・・・・。

 

どうやら長引きそうだということで、いよいよ大部屋(4人部屋)に移ることにしました。


そうそう、このあたりで義理の母から「お前は流産の気がある」って宣告されました。8年前にも言われただろう、と。何のタイミングでだったか、シャーマンの厄払いに連れて行かれたとき、シャーマンに「流産したことがあるだろう」って言われたんです。ずっと避妊もしてましたし、「は?」という感じで、「ありませんけど……」って言って終わりでしたが、まさかこのときのことが「ほらやっぱり」的に蒸し返されるとは思っていませんでした。時間軸無視、そして大外れだった予知は当たったことになるのか……。

 

2月2日(日)、日本から母が来てくれました。
アクティブ&海外大好きな母なので、韓国に来るのも二つ返事でした。

月曜日か、入院延長になっても1週間くらいで家に帰るつもりでいたので、

私の家で家事をしてもらうつもりだったんです。
夫も(週末婚をやめて)家から職場に通ってくれる予定でしたが、

彼のいない時間帯に、ひとりで寝たきりでいることは無理なので。


母は、2月末にひとりエジプト旅行に行く予定だったのを
「どうなるかわからないし」とキャンセルしてきてれました。
申し訳なかったんですが、後々、参加予定だった日程&現地ツアーで

日本人旅行客にコロナ肺炎が発生したので、
これは、行かなくてよかったと後で話していました。
パートも長期で休みを取らせてしまって、申し訳なかったですが、とても心強かったです。

ちょっとデジタル音痴なところがあるので心配でしたが、

去年あたりから少しずつ、LINEの使い方を覚えてきていて

本当によかったです。今回の滞在では、Wi-Fiがあるところを

見極めるという技を覚えてくれました。

 

翌日から出勤予定だった夫が、

最低限の(我が家の)サバイバル方法をレクチャーしていましたが、

彼の日本語がヤバすぎるので(そして母も韓国語あまりできないので)

「オンドル(床暖房・お湯)のパネル」の操作方法が通じず、

結局LINEのビデオ通話で私が説明し、

なんとかオンドルだけマスターしてもらいました。真冬ですからね・・・・・・。

このデジタル通信の恩恵がなかったら、

めちゃめちゃ苦労しただろうなと思いました。

(あとで聞いたら、電子レンジも分からなかったらしい。夫よ、もう少し頑張って。)

あとは、病院→家を往復するとき用に、タクシーに見せるカードを作ったりし、
夫には、近いスーパー、パン屋、コンビニの位置など案内してもらいました。
夕食に夫がパスタを作ったらしく、母がものすごく喜んでいました。

普段料理しないのに。私にも作ってほしい~。

なんか不思議な言い方ですが、母が来た安心感と、

夜、静かな気持ちで一人になったこと、

両方の効果で、ちょっと落ち着きました。

 

いったい今年は何なんでしょうか。

甲状腺癌の診断を受けてしまいました。
手術しないといけない大きさ・性質のものだそうです。
別に、病気自体はそこまでショックではありません。

がんの中では大人しく、予後もいいと知っているから。

でも、手術して、必要なら放射線治療が終わるまで、

次の子をもうけることは、できませんよね?

年齢的にすぐにでもと思っていたんですが。

地方の病院でも、手術は2~5ヶ月待ちだそうですし、
9月の復職に間に合わなければ、

仕事のスケジュール的に手術できるのは、この冬。
日本への一時帰国も遠ざかりそうで、ため息がでます。

事故にあったときみたいに、また、

「かしましい入院生活」が待っているかと思うと、それも萎えます……

このブログを始めてすぐ、#天使ママというキーワードで

沢山の人たちがブログを書いているのを知ったのですが

その中でもたしか、一番最初に読んで、すぐフォローしたのが

天使ママ助産師ちえみさんでした。


ちえみさんのブログ
 

そこで、ちえみさんが提供してくださっている

 「いのちのゆりかごセッション」という

オンラインセッションを受けさせていただきました。

とても濃い60分を過ごすことができました。

ちえみさんは同じ天使ママでもあり、

医療者でもあり、

セラピスト(またはコーチ)でもあり、

その色々な顔をフル活用して私と向き合ってくれました。

 

とても全ては紹介できませんが、

いくつか核になった話を紹介したいと思います。

(いつもにもまして、取り留めのない文章になっていること、お許しください)
 

医学的な話

私は、22週で子宮頚管無力症で緊急手術→経過が思わしくなく大病院に転院→

→23週0日で破水→23週5日で緊急帝王切開で出産→40時間で子どもが死亡(弱っていたようだと言われる→検査結果で「強い菌が出ていた」とか「炎症数値が高かった」と言われる
みたいな経過をたどりました。

 

初産で、日本語で知識を入れるのに精いっぱいなところ、

韓国語でどんどん話が進んでいったわけです。なんとかついていくのに精いっぱい。

それで、医者に聞きそびれたことや、もやもやと残っていることがいくつかありました。

医学的な処置についての適切性や、日本と韓国で言われていることの違いなど。

 

そのあたりをお聞きしたら、詳細に答えてくださり、
あの出産の経過は、もう、どうしようもないことだったんだ、

誰のせいでもなかったんだ、と思えるようになりました。
(もし、最初の病院の処置に瑕疵があったとしたら、

次に妊娠したときはもう、この都市で産めない・・・と思ってました。

そうではなくて、よかったです。)

 

仕事との兼ね合いについて

私は、この経験をとおして 「どうしてももう一人、子どもがほしい」と思うようになりました。

半面、仕事もやめたくなく、でも妊娠出産で周囲にかける迷惑を考えると

いったいいつ再トライをすればいいのか、するなら上司にはいつどんな風に話をしておくか

(または、何も言わないでおくか・・・)など、いろいろと悩みが尽きませんでした。

 

このもやもやとした感じについても、そのままちえみさんは受け止めて、

ご自分が先に経験して考えたことを伝えてくださいました。


その中で私がぐっときた言葉は、ある女性社長が言っていたという

「雇用する側としては、妊娠・出産はいつでも迷惑なこと。

でも、それは、人に迷惑をかけたり、頼ったりする練習なんだ。」ということです。
 

「出産は一人ではできないし、子育てはそれこそ人に頼らないとできないですもんね」

ちえみさん。迷惑をかけてでも、一人の子どもを生むということを全うすればいいのだと

少しふっ切れ度が上がったと言えばいいのか、そんな気持ちになりました。

 

人生のテーマ

義理の父母とや夫との赤ちゃんとの向き合い方の違いが苦しい、という話になったとき

ちえみさんに「赤ちゃんは何を言いたかったんでしょうね」と問いかけられました。

しばらく考えて、「もっと柔軟に考えて」ってことなのかなと、直感で思いました。

 

私、学生の時に文化人類学に興味を持って韓国に来たのですが、

「文化の相対化」という勉強をしてきたはずなのに、

こんどは「韓国」や「日本」という枠組みを強く意識しすぎてか

何かというと「韓国ではこれが普通だから」とか「韓国人はこういう風に考えるから」とか

(そこまで断定的に言わないにしても)よく思っていた気がします。
この出産の経験について、夫や親族とすれ違うとき、特に強くそれを感じていました。


これ、よくないですね。韓国で生活するのが嫌になってしまいますから。
(日本にも、夫や義理の親族と同じ考え方をする人は沢山いるにも関わらず。)

ステレオタイプを打破するための勉強をしていたのに、逆にステレオタイプを強化するという

陥穽にはまっているということ、悔しいですが教えられたような気がします。

 

で、同じようなことを、結婚するときも考えたことを思い出しました。

さんざん「韓国にいったらこういう面で苦労するだろう」と数ヶ月悩みまくったあと、

「いや、日本だって、こういう家はいくらでもあるし」とハッと思いついて

じゃあもう行ってしまえと結婚しました。

 

このことを思い出すと、自分の意識・無意識の中でかもしれないし、

何か外から与えらえたものかもしれないけれど、

「柔軟になること」や、「(属性をとっぱらった)人対人として向き合うこと」
というのは、私の人生のテーマなのかもしれないと思ったわけです。

 

 

「『これを学ばせるための出来事だったのか』と思わせるような事件が、

人生では起こることがある。それと向いあうときにはじめて、

出来事がいやされ、その先によりよい現実が待っているのではないか」

という、優しく明るい気持ちになれるちえみさんの言葉を聞いて、

セッションは終わりました。

 

ちえみさん、本当にありがとうございました赤薔薇

(日付を間違えていたので、再度投稿日時を変えてアップします。
以前に読んでいただいた方、同じ内容です。すみません。)

日曜日、私は7時過ぎ頃からお腹が空いていたんですが、夫が床で爆睡していたのでそのまま朝からろーちゃんとチャットしてました。

「早くご飯来ないかな。8時なのかな、お腹すくなぁ」とか。
 
入院規則的なものを何も教えてもらっていなかったので謎だらけだったのです。実際は、ベッドから遠く離れたテレビの前に、生活についてのお知らせの紙が貼ってあったのですが、ベッドから動けない私はある事にすら気づいていませんでした。
 
で、夫が8時すぎにようやく目を覚ましたので、電気をつけると、床にご飯のトレーが……!
 
ええぇ〜?いつからあったの?!
とびっくりでした。
 
そういえば朝、おそらく6:40頃におばさんが真っ暗な中入ってきて、何か言ったので、寝ぼけ眼でゴミ箱の中身捨てに来たと思って「は〜〜い」みたいな返事をしたような気がします。ご飯だったのか。。。遠慮せずに電気つけて持ってきてくれてよかったのに(笑)
 
この経験により、朝ごはんは7時、おばちゃんの都合により前倒しになること多し、ということがわかりました。
 
これは、その時のご飯ではありませんが、私が期間中いちばん好きだったメニュー。お昼ご飯でした。
白米
サムゲタン風鶏肉スープ
チャプチェ
魚肉ソーセージのピカタ
ナムル
白キムチ
 
 

昔、メンタルの調子を崩したときにテレビの音が苦手になり、ほぼテレビを見ない生活をしていました。しかも、ドラマは「第1回から終わるまで全部見ないといけない」という謎のプレッシャーを感じるので、余計に壁が高かったのです(今は暇すぎて、サブスク入ってドラマ見てますw)

 
そんな妊娠中に、唯一見たのがNHKでやっていた『心の傷を癒やすということ』。全4回と分かっていれば見やすかったので。
 
ドラマを見るまで、安先生の功績を知りませんでしたが、この人のおかげで、今の私たちが、精神科にかかることの障壁が少し低くなったんだなぁと有り難く思いました。本当はもっと低くなっていいと思いますが。
 
たしか、第3回を入院中に見てあれこれろーちゃんと語り合い、第4回目はオンタイムでは見られず、後で見ました。生まれたばかりの子に名前をつけて、数日後に亡くなってしまうのは、涙無しには見れませんでした。もっと長生きしてくれていたらなぁ。
 
柄本佑さんがあまりに自然な関西弁を話す(大阪出身の後輩そっくりの喋り方だった)のに驚いたり、キムラ緑子さんがすっかり関西の在日コリアンのおばちゃんに化けていたのにも俳優魂を感じました。盛りだくさんでチャレンジングなドラマだったと思うんですが、すごく良くできていたと思います。
 
しかし、寝たままケータイは大丈夫でも、横向きに寝たままテレビを見ていたら、だいぶ目がおかしくなりました。途中途中で二重に見え始めて。明らかに目に悪いことが分かり、「退院後の安静生活では、ドラマと映画を沢山見てやるぞー」と思っていたのはすぐに却下となりました。(たしか、『ハワイアン・レシピ』という映画だったか、自分が横向きに寝転がり、テレビも横向きに倒して見る、というキャラが出てきましたが……笑)
土曜日のこの日、朝は分泌物がほとんど出ておらず「月曜日退院できるかもね」という雰囲気でした。でも、午後のチェックで血の色が混じったものが出ていて、その話はなくなりそうな感じになってしまいました。
 
夫が先生からそれを聞くと

「ずっと目つぶっとけ!ベッドも水平!

早くめーつぶれ!ケータイ禁止!!グラサン」と
矢継ぎ早に、からかうように、軍隊命令調で何度も言ってきました。本当にセンス無い。
 
「私は言いつけ守って、トイレ以外はずっと横になっていたし、食事も終わったらすぐにベッドを倒していた(もっと水平にしてねとは途中で言われたけど)のに、そんな風に言われたら、今の状況がみんな私の責任みたいに聞こえること、わからない?」という思いが溢れてきて、涙が止まらなくなってしまいました。
 
手術のときは、びっくりした涙一粒で済んだのに、ここに来て涙腺が大決壊。「冗談だってば、泣くな〜」と夫は言っていましたが、それで済まされてテレビ見られるのがムチャクチャ頭にきて「お前、家帰れムキー」という言葉が喉まで出かかりました。
 
泣きやめず、見回りに来たベテラン看護師さんに泣いてたのバレてしまいました。喧嘩の内容がアホらしいので「心の余裕がなくて、冗談を受け流せなくて〜〜」と言っただけなんですが、看護師さんが夫をシメてくれました。内心「ざまーみろ」ですプンプン 
 
で、「ちょっと寝なさい!」と、午後2時に、遮光カーテン全部閉めて、消灯されてしまいました。
 
2時間泣きっぱなしでしたが、お昼寝して、夕ご飯食べたら持ち直しました。単純な私。

てっきり安静は解けるものと思っていた私は、「飛行機さえなんとかなれば、実家に帰るのが一番安心なのでは」と考え始めていました。

 
仕事の関係上、夫と車で1時間離れたところに住んでいるのと、夫の家(ニ世帯になってはいるけれど、基本的に夫は実家入り浸りで家具や家電がほぼない)に長期滞在は難しそうなこと、昼間に産気づいても、誰もいない可能性が高いことなどを考えて。それに、緊急事態に方言が強い義理の両親と、きちんとコミュニケートできるかも心配でした。
 
日本の実家なら、昼間常に運転できる人が家にいますし、予約したNICUのある病院が車で15分ほどでいけます。飛行中の数時間なんとかなる体調なら、空港まで迎えに来てもらって家の一階で過ごしていればいいのではないか、どうせこのまま休職することになりそうだし、と考えていました。
 
この話、私の知らないところで、夫が先生に相談していてくれたみたいでした。
「4時間くらいの移動、飛行機は2時間くらいで……」と言ったら、「それくらいなら何とかなるかも」と、その時は言われていたようです。
 
実家の親も里帰り出産を楽しみにしていて、「たたみ替えようかしら」なんてことまで言ってました。(←夫の両親が孫を見に来ると思ったようです。それは無いと私は思いましたが……)
 
でもやっぱり、帰れませんでした。
こんなことになるとは。
 
こまさん、この日はこんな様子。
 
 
 
チョコもらう気満々の色男っぷり。そして雪だるまに関する迷言。バレンタインデーまで、いてくれなかったじゃないか……汗
このアプリ不思議ですね。どんどんお腹の中でそう言われているような気がしてきます。