ストレスコーピング:国際ロマンス詐欺被害後の状況は失恋後と同じである
 

国際ロマンス詐欺被害者と詐欺師との恋愛関係が終わるとき、被害者にとっては「失恋状態」になります。

  • 詐欺師側: 単にこれ以上お金をとれない被害者を切り捨てるというビジネス上の決定
  • 被害者側: 相手を失う=失恋

 

失恋後の状況に対処する行動は以下の三種類に分けられます。[1] [2] 

(1) 未練型コーピング: 失恋相手との別れを後悔する。

(2) 拒絶型コーピング: 失恋相手を憎んだり、意図的に忘れようとする。

(3) 回避型コーピング: 失恋に対する肯定的解釈、別の異性への置き換え、気晴らしを含む。

 

失恋経験を乗り越えて、そこからの立ち直りを示す指標として失恋相手からの心理的離脱が挙げられます。心理的離脱とは、失恋相手との関係が既に終わったものであることを心理的に受け入れている状態のことです。失恋というのは「恋人との不可逆的な離脱」[2]であるため、そこから立ち直るためには失恋相手との愛情関係をあきらめ、その関係を心理的に終結させる必要があります。

 

未練型コーピング及び拒絶型コーピングは「失恋相手への執着を意味するため、失恋に伴うストレス反応を増加させ、失恋から回復する機関を長引かせるという研究結果があり、未練型・拒絶型は『心理的離脱』を妨げる要因であると言えます。[1]

 

未練型コーピングは相手のことを想い続けるため、恋愛相手からの心理的離脱を妨げるというのは理解しやすいと思います。なぜ拒絶型も心理的離脱を妨げるのかというと、相手を憎んだり意図的に忘れようとしたりすることで相手を『悪者』として位置づけ、結果として相手にこだわり続けることで『関係を継続』させようとしているからです。

 

個人の成熟性を示す心理変数に『首尾一貫感覚(sense of coherence)』というものがあります。首尾一貫感覚とは、行って員力動性を備えた、自らの生活する世界や人生全般に対する見方・捉え方のことで、

(1)理解可能感: ストレッサーに原因や予測可能性を見出すこと

(2)処理可能感: 他者が所有する資源をコーピングのために利用できると評価すること

(3)有意味感 : ストレッサーとの遭遇を含めて人生を意味あるものとしてとらえること

の3つから構成されるストレス対処能力のことです。[2] 

失恋相手からの心理的離脱ができると、首尾一貫感覚が高くなり、したがって失恋からの回復が速められます。

 

2010年のパーソナリティ研究誌の記事(浅野 et. al 2010) [2]では失恋コーピングが失恋相手からの心理的離脱を介して成熟性としての首尾一貫感覚に及ぼす影響について検証しています。[2] その結果、

(1) 未練型コーピングは失恋相手からの心理的離脱を阻害します。その結果、首尾一貫感覚を低下させます。従って失恋相手への執着である未練型コーピングはストレス反応をたかめ、回復期間をながびかせる。失恋相手に執着するため、柔軟な認知や思考ができないので、失恋に伴う緊張状態が持続してしまいます。

 未練型の取る行動として、別れたことを悔やむ、関係を取り戻そうとする、何かにつけても別れた相手のことを思い出す、別れた後も相手の人を愛している、思い出の場所に出かける、偶然を装って相手と会おうとする、相手と連絡を取ろうとする、写真などの思い出の品を取り出して眺める、失恋したことを信じない、相手との楽しい出来事をおもいだす、相手の人に償いたいと思うといったことが挙げられます。

 

(2) 拒絶型コーピングは心理的離脱を介さず、直接的に首尾一貫感覚を低下させるという結果が出ています。これはどういうことかというと、失恋相手に激しい憎悪や敵意を持ち、愛着対象(失恋相手)に対する否定的な情動や認知が自己や他者一般に対する不信へとつながる。そして、自己や他者への不信は人生に対する否定的なみかたを促進し、首尾一貫感覚を低下させる。

 拒絶型の行動として、相手を恨む、相手の悪口を言う、相手の人に幻滅する、誰かに愚痴を言う、相手の人を見返す方法を考えるといったことが挙げられます。

 

(3) 回避型コーピングは失恋相手からの心理的離脱を介して首尾一貫感覚を向上させる。失恋を肯定的に解釈し、これからの人生に希望を持てるようになる。置き換えや気晴らしによる他者との相互作用から、特定の個人に限定されないサポートを獲得し、失恋からの立ち直りを促進する。

 

2005年の社会心理学研究誌(加藤 et. al 2005) [1]から、女性の『拒絶』がストレス反応の増大に関与する原因として、罪悪感が挙げられています。これは失恋相手に敵意を示したり、積極的に相手を避ける行動が何らかの罪悪感を生じさせるものであると考えられるからです。「拒絶型」と「未練型」は関連性があり、いずれも失恋からの回復から遠ざけます。一方、男性の場合は未練がストレス反応や回復期間の主要な要因となっており、これは男性に愛他的な愛(相手の益だけを考える愛)の傾向がみられるためと考えられます。

 

失恋に対処する方法として未練型や拒絶型の行動をとることで、失恋相手への執着度が高くなり、失恋からの回復に時間がかかります。そしてそれは精神的健康にも影響を及ぼします。

 

さくらんぼさくらんぼさくらんぼ

 

 

ここで国際ロマンス詐欺被害についての話に戻ると、国際ロマンス詐欺被害者と詐欺師との恋愛関係が破綻すると、その時に被害者は失恋したことになります。未練型コーピングで失恋のストレスを対処しようとする人は、詐欺師に再度連絡を取ろうとしたり、何らかの方法で写真の人のコンタクト方法が分かるとその人に連絡を取ろうとします。写真の人にコンタクト取らないまでも、写真を携帯に入れて見続けているなら、やはり詐欺師との関係破綻という『失恋状態』からの回復がなかなかできない状態になります。これは写真の人と詐欺師が分離できている場合でもできていない場合でも起こりえます。

 

一方拒絶型は相手を意図的に避けたり、責めたりする傾向もあります。写真の人に何らかの形でコンタクト取る方法が分かると、詐欺師と写真の人を分離できていない被害者は『お金を返して』と写真の人を責めます。また、写真の人が詐欺師と別人であることを理解している場合でも、写真の人が自分の写真を適切な方法でプライバシー設定していないと感じて義憤を感じる。怒りや憎しみ、義憤などの方法で写真の人を『悪者』にすることで、相手(詐欺師もしくは写真の人)との関係性を維持しようとしていることになります。

 

拒絶型と未練型は密接に関連しています。詐欺被害者が一度は自分が騙されたということを認識する。それは自分で気づいた場合もあれば、誰かから警告された場合もあるでしょう。しかし、相手を一度拒絶し相手が詐欺師だと認めた後、自責の念にとらわれ、二度目・三度目の被害へとリバウンドしてしまう詐欺被害者もいます。

 

写真の人にコンタクトを取りたがる被害者の方々の傾向は、実は未練型コーピングや拒絶型コーピングになります。詐欺師や写真の人に執着し、いつまでも考え続けることは、詐欺師との仮想恋愛からの回復を遅らせます。

 

回避型コーピングの使用が多いほど、影響力は弱いながらストレス反応が緩和されるという研究結果もあります。ストレスを回避する方策として、家族や親族、リアルで会える友人との親交を取り戻すことは被害者の精神的健康の回復に役立つでしょう。しかし現実問題として、詐欺被害者の多くは金銭的喪失や注意を聞かなかったことなどが原因で親族や友人との関係が疎遠になっていたりします。また、日本の被害者の40%に上ると思われる既婚者の場合は『いつか逃れたい』と思っていた配偶者に知られることの恐怖などから誰にも相談できず味方がいないというケースもあるでしょう。

 

まとめ:

■ 国際ロマンス詐欺被害者の状況は「失恋状態」である。

■ 失恋状態のストレスに対処する方法として未練型や拒絶型を選ぶ被害者は被害後の精神的回復に時間がかかる。

■ 詐欺師や「写真の人」に固執することは未練型・拒絶型コーピングの一つで、詐欺被害のトラウマから抜けることができない。

■ 回避型コーピングの方法をとると失恋状態からの回復は速まるが、現実問題として国際ロマンス詐欺被害者にはリアルの家族・親族・友人などが疎遠になっているケースもある。

 

 

 

 

 

 

 

参考資料

[1] 加藤司.(2005). 失恋ストレスコーピングと精神的健康との関連性の検証. 社会心理学研究 第20巻第三号2005年

[2] 浅野良輔、堀毛裕子、大坊郁夫 (2010). 人は失恋によって成長するのか - コーピングと心理的離脱が首尾一貫感覚に及ぼす影響. パーソナリティ研究2010年第18巻第2号

[3] SCARS Psychology of scams: Why you can't stop looking at the stolen face