国際ロマンス詐欺被害者が写真の人に関心を持つ心理

 

 国際ロマンス詐欺の金銭被害に遭った方、及び送金前に気づいて被害は免れたものの犯人にある程度心が奪われてしまった方は、写真の人に何らかの感情を持つようになります。写真の人が詐欺師とは別人だと認識している・いないに関わらず、

  • 直接的なコンタクト(SNSのコメント、メッセージや電話、メール、会える可能性のある場所へ移動するといった行動)
  • 間接的なコンタクト(何もコミュニケーションは取っていないが、SNSやブログなどをフォローする行動)

といったことが写真盗用された方のSNSでの被害者と思しき方のコメントや被害者の方々から直接伺った話などから観察されています。極端な例では、写真の人の家族にコンタクトを取ったり、職場に電話をしたり、会える可能性のある場所に出かけたり、家を訪問したり…

 

 

 ここでお金や心を奪われて打撃を受けている詐欺被害者の方々をストーカーとして責めるというわけではありません。『未練型や拒絶型コーピング』で『失恋によるストレス』に対処しようとしている詐欺被害者の心理を理解してゆくため、『ストーキング的な行動』についても調べてゆきます。

 

 まず、『サイバーストーカー』の定義です。

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1-1.ネットストーカーの定義

ネットストーカーはサイバーストーカーとも言われ、付きまといや押しかけなどといった物理的なストーカーとは異なり、メールやSNS、ブログなどを利用して特定の人物に対してしつこく付きまとうストーカーのことをいいます。インターネットを利用することからサイバーストーキング、またはネットストーキングとも言われ、サイバー犯罪の1つ とみる考え方もあります。

Norton 「ネットストーカー被害の対処法と、被害を未然に防ぐ7カ条」

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 ストーキングに関する種々の日本語の論文やネット上記事はストーカー被害を受ける側へ被害回避方法などといった記事が多いかもしれませんが、恋愛関係の破綻により、相手から別れを言い渡された場合にストーカー的行為に陥りやすい人の心理についての研究論文もあります。
 
■ストーカー的行為を行なわせる要因とは何か
 
 ストーカー的行為というのは相手主導、つまり相手側から別れを言い渡された場合に増大しやすく、別れを言い渡された側は苦痛や悲嘆を経験し、別れた相手のことを頭の中で反芻し、よりを戻したいと考えたり、別れを切り出した相手に対する怒りや敵意の感情を抱き、ストーカー行為に陥りやすい傾向にあるという研究論文があります。(Davis, Shaver & Vernon 2003、Davis, AQ、Andra 2000, Dye, Davis 2003)
 
 追手門学院大学の心理学の教授らの論文[1]では、親密な関係破綻時に相手から別れを切り出された人を対象にしてストーカー的行為のリスク要因として
・パーソナリティ特性(愛着不安、自己愛的傾向)
・過去の交際時における関係性
・関係崩壊時の思考や感情
を挙げて、検討しています。論文の調査では18歳~39歳までの、相手から別れを切り出された男女を対象として分析が実施されています。
 
その結果、ストーカー的行為に影響を及ぼす要因として男女共通だったのが;
◎愛着不安が関係破綻後の思考や感情である独善的執着と関係がある
◎交際時の関係性の唯一性(相手が一人だけという関係)が、独善的執着と関係がある
◎独善的執着がストーカー的行為に影響を及ぼす
 
簡単に言うと、男女ともに相手を喪失することへの危機感(愛着不安)が高く、交際時の相手との関係を唯一と考える(唯一性)の感覚が高いと、相手に対する執着心を抱くようになり、結果としてストーカー的行為に至る。
 
女性に見られたストーカー的行為への経路として、
◎自己愛傾向が相手を「あなたしかいない」という唯一性に影響を及ぼし、その唯一性が反芻・拘泥思考に影響を及ぼす
◎愛着不安から反芻・拘泥思考を介してストーカー的行為へと影響を及ぼす
つまり、女性の場合自己愛傾向から交際時の相手との関係を唯一と考える(唯一性)の感覚が高くなり、結果として関係破綻後相手のことが頭から離れずいつも考え続け(反芻・拘泥思考)、ストーカー的行為に結び付く
 
前回言及したところの失恋によるストレスに対応するための失恋コーピングの方法として失恋した人がとる方法の一つである未練型コーピグも、反芻・拘泥思考(相手のことが頭から離れず、いつまでも考え続ける)です。
 
■ 国際ロマンス詐欺被害者がサイバーストーキング的な行動に陥るリスク仮説
 
 国際ロマンス詐欺被害者と相手の詐欺師との恋愛関係が破綻したときのプロセスは、一般恋愛関係の関係破綻のプロセスと同じです。詐欺師にとってはただの金づるであり、被害者がこれ以上お金を払えなくなったり、詐欺だとばれたと察知したら詐欺師は迷わず被害者を棄てます。詐欺師側(組織犯罪者)にとってはビジネス上の決定です。しかし国際ロマンス詐欺被害者は相手が実在すると信じ、真面目に恋愛をしていました。ですから真面目に失恋ということになります。
 
 詐欺師との交際関係は、『唯一性』を被害者が強いられています。デートサイトで知り合った相手の場合、詐欺師は『もうあなたに決めたから、これ以上デートサイトでプロフィールを出しておく必要ない』といって被害者がデートサイトから退会したりプロフィールを削除することを求めてきます。また、「ハイパーパーソナルなサイバー空間」で詐欺師以外に何でも相談できる相手がいないような状況を詐欺師は作り出します。そこで相手との関係が『詐欺だとわかった時点』で破綻すると、可能性として実在する『写真の人』への何らかの執着的な感情がわいてくることが考えられます。最初は『写真の人』のSNSをフォローしていただけなのが、いつの間にかその人のことを考え続ける結果、コメントをしたり個人的なメッセージを送るといった行動に出やすくなる。

 

 ストーキング的行動は一歩間違えると犯罪になります。しかしここで、被害を受けた方にとって重要なのは、ストーキング的な行動で犯罪になるかどうかといった問題より、『被害からの心理的回復』です。ストーキング的行動につながる未練型(相手のことを考え続ける)および拒絶型(相手を否定したり非難したりする)のストレス・コーピングは恋愛破綻時の精神的打撃からの回復を遅れさせます。従って、被害者が詐欺師が使っていた写真を見続けたり、写真の本物の人を見つけてその人を何らかの形で追い続けることは、トラウマを増大させ精神的に悪影響を及ぼす結果になるのです。

 

 
 
 
 
 
参考資料:
[1] 金政・新井・島田 et. al (2018).『親密な関係破綻後のストーカー的行為のリスク要因に関する尺度作成とその予測力』.心理学研究2018年 第89巻2号
 
ハイパーパーソナルな関係:リブログ記事をご参照ください。