24-6-3(月)

 一昨日から6月に入った。鎌倉の梅雨入りは遅れるという予想で、今週いっぱいは晴れるらしい。実際、土曜日は日本晴れのさわやかな気持ちの良い一日であった。

 いつもの通り、午前4時に起きて自分流に創作したストレッチ体操をする。脊椎間狭窄症とぎっくり腰をやって以来、一日の中で健康を維持するための時間が膨れ上がっているが、これもまた世の常だろう。

 朝食中、久々にCDラジカセでレオンハルト演奏の“Die Kunst der Fuge”(バッハの『フーガの技法』のこと)を聴く。実家には父が療養病棟で聴いた最後の12枚ほどのCDが残っていて、例の『無伴奏ヴァイオリンパルテイータ』も残っている(ただし諏訪根白子の演奏ではない。(誰の演奏であったかは失念した。)もっとも諏訪根白子の演奏は上手いのかもしれないが、何となく余裕がないので私はあまり好きではなかった。諏訪根白子の生き方そのものが余裕はなかったのだろう。そんなところが演奏にもあらわれるところが音楽の面白いところである。(必ずしも否定的な評価ではない。)結局11月頃には実家を処分出来ればと思っているが、その時に父が最後に聴いていたCDもどさくさに紛れて私が引き取ってしまおう。)

 天気の良いうちにやらなければならないことがぎょうさんある。10時を過ぎたのでイトーヨーカドーに向かう。母が親友とその娘さん2人、銀行員であった頃の同期の“腹心の友人”とその娘さん、そして姉、弟、妹に送りたいお中元があるとのことで、私が手続きに行った。もっとも昨年のお中元もイトーヨーカドーから送ったので、老人ホームの母宛てにダイレクトメールでギフトカタログが届いていた。私はただ、有り余る時間を用いて母が選んだ贈答品の配送の手続きをしただけである。去年は姉と妹には送らなかったが、先日「母の日」に姉も妹も老人ホームに何か贈ったので、それが余程嬉しかったらしく、何かをせずにはいられなかったようである。

 このあたりの老人の心理と言うのは結構面白く、事実上、ほとんど介護をしていない姉と妹が、まだ母を「生きている」人間として扱ってくれる(実際には「生きている」というより「死んでいない」に近いのであるが)とすぐに小遣いをやってしまう。田舎などで良くあるのであるが、普段面倒を見ている長男とその嫁のところに次男夫妻が帰省すると、散々長男の嫁の悪口を言って、挙句の果ては小遣いまでやってしまう(と言っても額はたかが知れているだろう)と言うのが争続の種になるなどと言うことは世間では結構あるらしい。

 ここからが私が本当に書きたいことなので、真面目に読んでいただきたいのであるが、いつの頃からか、日本人の資産構成が極めて不健全になってきた。いわゆる「失われた30年」(バブル崩壊から2012年に自民党が政権を奪還するまでを指すと思われるが、まだこの時期が終わっていないという人もいる)の間に、老人が「将来に対する漠然とした不安」からしこたま金をため込んで、若い人(と言うかいわゆる”現役世代“)がかつかつに貧乏になるという現象が起こり始めた。小泉純一郎総理が相続税を引き上げ、逆に譲渡税を減税することによって、親が子に財産を贈与しやすくしたのも現役世代を潤すという狙いがあったのは明らかである。『格差社会』なる本を私も読んで、この本の統計の引用の仕方は恣意的と私も思ったが、言わんとしていることは何となくわかった。今の日本は資産の「世代間格差」とでも言うべき現象が起きているというのはある程度事実であろう。そして、死体のあるところにハゲタカが集まるように、この時期から「金を持っているが判断の劣ってきた老人」をターゲットにした、いわゆる「オレオレ詐欺」なるものが流行ってきた。最初は金に困ったふりをした孫(?)が多くの場合祖母を狙うというのが一般的であった。祖母を狙うというのは、男性(祖父)に比べて女性(祖母)の方が金銭管理能力が乏しく(私の母などその典型である)、不祥事があっても内密にそれを隠蔽するという提案に賛成しやすい。そしてその手口を私は実は良くは知らないのであるが、少しづつ巧妙になっており、かなり判断力のある人でも騙されてしまうことがあるとのことである。今はやっているかどうか知らないが、NHKで「ストップ詐欺被害!私は騙されない」なるコーナーが『首都圏ネットワーク』(?)でやっていた。「家族だけで共有される暗号や暗証番号を決めておきましょう」など林田理沙アナが注意を喚起していたが、あれは恐らくほぼ無駄であろう。「金をもってはいるが、息子、娘、孫などからほとんど連絡がない孤独」、この苦しみを理解していただけるであろうか?親類縁者や昔の友人(やその子供など)からの電話一本はこの「孤独地獄」から解放してくれるオアシスなのである。「困ったことがあったら、おばあちゃんに電話する」と言うのはこういう人間心理につけこんだ極めて巧妙な手口と言わなければならない。

 銀行や証券会社だって結構汚いことをやっているのである。長く勤めていた会社を定年退職すると、大体多額の退職金が支払われる。多くの「地の民」はこれの使い道が解らない。そこに銀行(あるいは証券会社)から電話がかかってくる。彼らは何故か大金が動くとそれをものすごいスピードで察知する。最初はたいてい「3か月ものの定期を作られたらいかがですか?今回は退職金ですから“特別”に金利を上乗せして0,4%にします。」などと言う。そうすると、この超低金利時代に退職者は飛びつく。(慧眼な読者はお解りになると思うが、3か月ばかり預けても年利0.4÷4=0.1。0.1%にしかならない。彼らにとってははした金である。)そしてその3か月のうちにお客さんとラポール(良い関係)を築き、次に薦めてくるのは「外貨建て保険商品」か「投資信託」である。これはものすごく危険な商品なのであるが、あの深慮遠謀な父ですら騙されかかったのである。この時は孫(私の甥)が説得してその商品を買うのを断念させたが、老人をこうした被害から守るのは、“親身になった愛情”であって、離婚したNHKの女子アナの言う“家族で共有された暗号”ではない。

 ちなみにこの記事を読んでいる詐欺師諸君が私の母を騙そうとしても無駄である。私は2週間に一回は老人ホームの母を見舞っているし、また頻繁に連絡を取りあっているので、「多額の金」がどうこう、と言う話しがあれば、すぐに私の耳に入るだろう。ただ、こういう「大堀家の管財人」の仕事もいささか疲れていることも事実である。前回、父が死んだ時も、私が父の遺言書通りに遺産相続を執行したのに、ほとんど父の介護をしなかった嘘つきウサギ(畜生)が文句を言って“争続”寸前までいった。そのため、2次相続のことを考えるといささか憂鬱ではある。