23-2-8(水)

 鎌倉では立春を過ぎてからはっきりと感じられるくらい寒さが緩み、仕事をしていない間は寝てばかりいて、ろくろくラジオのニュースを聞いていなかったが、そうしている間にも社会はどんどん動いている。政治の世界では「人権意識の乏しい自民党議員」を、「リベラル・進歩的・意識の高い立憲民主党」の皆様がつるし上げるという「政治ショー」をまたやっている。そう、これは「政治ショー」なのである。自民党も立憲民主党もLGBTの問題について何も高尚な思想などもっていない、彼等の狙いは次の選挙で勝つこと(岸田内閣の場合は人気がないらしいので、「大きく負けない」あたりを勝敗ラインにもってくるだろう)、落選して失職しないことだけである。

私が少し驚いているのは、いつのまにか「同性愛婚推進派」(以下便宜的にLGBT派と書く)=進歩的=人権派であり、そうでない連中は「遅れた」「時代錯誤の」「反人権派」であるとマスゴミが勝手に決めつけ、LGBT派に反対するいかなる意見も「失言」として封じられてしまう風潮が出来上がってしまっていることである。これは極めて危険な傾向であり、「多様な意見が尊重される世の中」が理想であるならば、荒井秘書官の意見もまた尊重されるべきである(があっという間に更迭されたらしい。もっとも「見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっといやだ」「社会に与える影響が大きい。マイナスだ。秘書官室もみんな反対する」「人権や価値観は尊重するが、同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」というような言い方にはやはり問題があるような気がする。ただ一方で荒井秘書官という人は普通の人よりやや正直なだけなのかもしれないという気もする。)LGBT派の人たちも自分達の主張を通したいのならば、少なくとも同性婚を嫌悪したり、そういう趣旨の発言をしたりする権利もあることを認めるべきである。

北里大学で教鞭をとっている時に、ちょうど性倒錯の話しになった時に、オバマ大統領が「今こそ同性婚を認めるべき時が来た」という趣旨の発言をしたのを取り上げた。オバマ大統領もまた支持率低下に悩まされていて、リベラル派(民主党?)の支持が欲しくてこんなことを言ったのだろう、彼もどうせLGBTに関する高邁な思想など何一つもっていない。ただ、アメリカには「キリスト教原理主義」(聖書に書いてあることはことごとく真理であるから、学校で進化論を教えるならば、アダムとエバの神話も教えるべきと言うような極端な主張をする一群の人たち。共和党の支持者が多い。頑強な反LGBT派で、例えばローマ人への手紙1章に「それで、神は彼等を恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、同じく男も女との自然な関係を捨て、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています」と聖書に書かれていることを根拠に同性婚に反対している。ちなみに台湾の故・李登輝総統はプロテスタントの信者であって、同性婚に反対していたが、現総統蔡英文氏は同性婚推進派のようである。これは中国共産党との相違を明白に打ち出すという狙いがあるらしく、蔡英文氏もLGBTに関しては何ら深い思索があるわけではないだろう。彼女は「人権派のお嬢様」とでもいうべきか。)という連中がいて、彼等がオバマを支持する見込みはないので、敢えて「キリスト教原理主義」を挑発したのだろう、という話しをした。大学の講義なので、LGBT派と反LGBT派の両論を紹介し、それぞれ政治と宗教が密接にからみあっているのを知って、学生さんが自分の頭で考えて結論を出せばそれでいいというのが講義の狙いであった。

話しは代わるが、先日森鴎外の『ウィタ・セクスアリス』を再読した。鴎外先生は医者でもあったので、当時のヨーロッパ(主にドイツ)で研究が始められた性倒錯や性科学に関する知識を縦横無尽に引用して「人生は性欲だけではない」と自然主義文学の連中を一網打尽にしているが、フロイトなども恐らく読んでいただろう。フロイトが「精神分析」なる学問で性の問題を取り上げて、学会で孤立したというのも嘘かもしれないと一応疑っておいた方がいい。私は今年の看護学校の講義で「かつてはLGBTは性倒錯で治療の対象であったが、今は「個性」として扱われていて、どちらが正しいのか私には教えられない」と匙を投げた。

この論考を終えるにあたって、3つだけ押さえておきたことがある。一つは「つねに自分の感性に正直である」ということである。あなたが“人権派”を称して“同性婚賛成”の立場を表明するならば、年頃の自分の息子が「私はこの人と結婚したい」と言ってゲイの人を連れてきても、差別すべきではない。あなたにそれだけの覚悟は果たしてあるのか?

2つ目は自分と反対の意見を言論弾圧によって封じ込めることだけはすべきではない。荒井秘書官に対する処分は私に言わせればいきすぎであり、彼にも彼の主張を公にし、立憲民主党の誰か(例えば蓮舫あたり)と公開の場で討論させたら面白いだろう。

最後に、この半世紀くらいの間に、性に関する自由度が飛躍的に増大し、(私が中学生の頃はコンビニエンス・ストアでAV雑誌など買えなかった)、セクシャル・ハラスメントに関する法案などが整備されたように見えるが、若者の性欲自体はどんどん衰弱して日本は存亡の危機に立たされている。そして性指向そのものがどんどん暴力的になり、次世代を担う赤ちゃんを産むための「やさしい性」というものはもはやどこにもなく、嫌がる若い女性をレイプして、無理やり自分の性器をなめさせるなど倒錯の度が極限まで達しているのはやはり「恥ずべきこと」「迷った行い」のように私には思える。