昨日から実家の介護に入った。昨日は針治療を受けた上、川崎の老人ホームに入っている友人をみまって、梅雨の断続的な雨にたたられ疲れていたので、夕方実家に着くと、すぐに布団をひいて仮眠に入った。夕飯を食べた直後にも眠くなってきたので、NHKのニュースも見ずに午後8時頃寝て、早朝2時頃起きた。相変わらず超朝方の生活をしているので、無事母の介護が出来るかどうか不安。

 朝食を食べて、黒島結菜の『ちむどんどん』を見た後、母と今後の生活について話しあった。3年前に母が直腸がんの手術をし、その後圧迫骨折のため要介護4がついて、今では認知症も相当に進んでいるが、母はどうしても老人ホームに入らず、自宅で死んでいきたいそう。3年間母の希望をかなえようと私は「シャトル型介護」(週の半分、鎌倉で仕事をし、残りの半分を実家で母を介護する)を続けて来た。一方で姉は母を老人ホームに入れようと手を変え品を変え母を説得し続けた。先月の23日(月)に姉はとうとう切れて、実家の介護ベットで寝ている母を大声で罵倒し、さらにその後、自分のやるべき介護の仕事をやらなくなった(介護放棄)ので、私の介護の負担もさらに増えた。幸い弟が定年で会社を退職し、嘱託社員となったので、随分と介護に時間がとれるようになったので、月に一回、O記念病院に行って薬をもらってくる(代理受診)を引き受けてくれるとのことなので、私は今日は労災病院の脳神経内科(パーキンソン病)に母を付き添えることになった。

 小雨が降っていたので、労災病院の玄関は転びやすくなっていて、母は見事に転んで、労災病院の脳神経内科には母を車いすに乗せて連れて行った。姉が急に発狂(心因反応?)したように、私にもストレスがかかっていて、例の不眠症が酷く、さらにここのところ緊張のあまり便秘気味である。代理受診は常態化しており、もはや母をどこかの施設に預けるという“非情の決断”をしなければならないのは時間の問題であった。

 これまで母は、老人ホームに行きたくない理由をあれこれ述べていたが、認知症がもう相当に進んでいるので、その論理は支離滅裂であった。ところが昨日の午前中、母が珍しく意識がクリアになって、「老人ホームに行くと、いろいろな介護を受けて、身体も精神も無理やり生かされ長生きすることになる。それは私には耐えられない。私は住み慣れた実家で、先が短くてもいいから、人間らしい死に方をしたい」と言うのである。私たち兄弟は介護で疲れ切っている。私も心療内科(うつ病)や整形外科(圧迫骨折)の代理受診の上、脳神経内科まで代理受診をしなければならないなど、母の実家での介護に限界を感じつつある。しかし、「廃人のようになって長生きするより、医療措置が不十分であっても実家で死にたい」と言う気持ちは何故か非常に良く解った。(もっとも老人ホームに入れば人間的な生活が出来ないとか、実家で生活していればQOLが高くなるとは一概には言えないだろうが)

 話しを代えるが、かつて順天堂大学の教授をしていらした井関栄三先生が、まだ横浜市大の精神医学の助教授をされていたころ、週に1回、帰り道が一緒だったので、精神医学の処方をいろいろ教えてもらった。東海道線のボックス・シートはたちまちカンファレンス・ルームと化して、私が精神医学で解らないこと(そもそも私は心理師であって医者ではない)を丁寧に教えてくださった。今でも医者の処方にどうこうコメントをつける(実際には悪口を言うので、貶すに近くなってくるのであるが)ことが出来る数少ない心理師になれたのも井関栄三先生に負うところが多い。こういう恵まれた指導を受けられた心理師は私だけではないか?井関栄三先生は精神医学のある分野では世界で5本の指に入る学問的実績があるだけではなく、精神科の処方は本当に上手かった。

 ある時、井関先生(私より明らかに1周り半くらい年上)が、「自分もまた年をとれば周囲の人の世話になったり、下の世話を受けたりすることになるだろう。プライドの高い自分にはそれは耐えられない。だから人生のどこかで自分の生に決着をつけるつもりだ」と言う趣旨のことをおっしゃったのを聞いてびっくりした。こんなに偉い先生でも、いや、偉い先生だからこそそんなことを思いついてしまうのだろう。井関先生は順天堂大学医学部を退任され、また老年精神医学のクリニックを開業されているらしいが、またいずれお会いしたいものだと思っている。

 話を母の介護に戻すが、母もまた肉体的にも精神的にも衰えて、廃人のようになり、極端な話し、寝たきりになるのが嫌で、そうであるならば意識がはっきりしている(今でももう相当に認知症が進んでいるが)間に早く死んでしまいたいと思っているとは今日初めて知った。そして労災病院の神経内科の先生に母の希望を伝えられて良かったと思う。労災病院の女医さんは聡明な人であって、私が母の希望を伝えると、相当に正確に理解していた。

 「とにかく何でもかんでも長生きさせるのがいい」と言う現在の医療に対する不信感は私が学生であったころからあった。読者の多くは手塚治虫の『ブラック・ジャック』と言う漫画をお読みになったことがあるだろう。ブラック・ジャックは天才的な外科医で、毎回毎回ものすごく難しい手術を成功させる。ただ、患者さんの希望に従って病気が治っても、それが患者さんにとって不幸を呼ぶという話しが結構ある。そこでブラック・ジャックのライバルに「ドクター・キリコ」(という名前だったと思う、間違っていたらごめんなさい)という人が出てくる。この人は安楽死肯定派で、助かりそうもない人をどんどん殺していくのだが、ドクター・キリコの方がブラック・ジャックよりも患者さんを幸せにしているというケースも結構あるのだ。

「安楽死」「尊厳死」を否定して、いたずらに患者さんの人生を長引かせるのはよくないだろう。あと30年もすると私も母のようになるかもしれない、というかなるのだろう。これは母の遺伝かもしれないが、私は長生きが幸せのようにはとても思えない。30年後の医療は、もっと患者さんの希望を尊重するものであってほしいと思うのは私だけであろうか?

 

(最近の遺伝子検査(?)で、お母さんの御腹の中にいて、まだ出生していない胎児が、ダウン症で産まれてくるかどうかかなりの精度で解ると聞いたことがある。そういった場合、人工妊娠中絶を望む親が多いということを、かつて土居健郎先生(熱心なカトリックの信者さんである)が口を極めてののしっていた。私はカトリックではないのだが、この件に関しては土居さんと同意見である。しかし同時に「もう人間らしく死んでしまいたい」と言う母の希望も理解できる。私たちの時代の医療は、多くの倫理学的・哲学的・宗教的な観念を排除することなしには成立しない、難しい分岐点にたっている。)