22-1―10(月・祝)東京都新規感染者1223人

 『鎌倉殿の13人』のつまらなさは筆舌に尽くしがたい。こんな一部のマニアに受けるためだけの番組が公共放送で製作され、国民から強奪している受信料で作られていることに社会的不正義を感じる。

 鎌倉幕府創設を支え、その後事実上幕府を牛耳った北条氏一族が主人公であるらしいが、北条なんとかいう人が沢山出てきて、その中に魅力的な人物はおらず、誰が誰だかよく解らないまま初回1時間が終わってしまった。実は30分くらいした頃からずっと退屈していて見ていて、「早く終わらないか」とひたすらそれを願っていた。テレビ好きの母のつきあいで見たので、早々にリタイアするのは可哀想だと思って1時間我慢したが、母もつまらなかったらしい。北条なんとかが「平家を倒さなければならない」と一人で空回りしているが、何故平家を倒さなければならないのか見ていて少しも解らなかった。平家の圧政で苦しむ民百姓の描写でもあれば少しは共感出来たかもしれないが、そういう場面もない。「平家にあらずんば人にあらず」という世の中であったというのは日本史音痴の私でも知っているが、今の日本でも一部の“上級国民”にあらずんば人にあらず、と言う世の中であることには変わりない。仮に自民党が下野して立憲民主党が政権をとってもそれは変わらないことを私たちは良く知っている。

 大体源頼朝の描き方が良くない。流刑に処せられている割には結構良い暮らしをしているし、そういう世の中(平家が横暴を極める世の中)であるのに源氏の頭領である自分が何をすべきなのか全くわかっておらず、女遊びと双六に興じている。仮にも準主役で、日本で初めてもののふ(武士)よる政権を樹立した人物であるのならば、もっとカリスマ的な魅力に富む人物として描かれて欲しいが、自分が何をすべきなのか良く解っていないらしい。あと話している言葉が現代日本語のコイネー(口語)であるのにも違和感を感じる。ガッキーを出演させているところから見ても、20代30代の若者に受けようとして制作しているのが見え見えであるが、私が知っている範囲ではもうこの世代の人たちはテレビをもっていないし見てもいない。母が死んだら私はNHKとの受診契約を即座に解除するが、テレビはもう“老人の慰み物”にしかならないと諦めて、そういう年代向けに番組を作るしかなく、若い人にこびへつらうのは見ていて見苦しい。

 その他、今年の正月のテレビ番組は概ね手抜きの番組が多かったようで、紅白歌合戦もつまらなかった(らしい。私は『ゆく年くる年』が見たかったので、我慢してテレビをつけていた(途中、温泉の露天風呂に入りに行ったので1時間中断したが)が、毎年見ている母の説を信じるならば「若い人のグループなど私たちは知らないので、例年に比べてつまらなかった」そうである)。元旦には『孤独のグルメ』、2日目には『義母と娘のブルース』を最初から最後まで延々と再放送していたが、真面目に正月番組を制作するのが面倒くさいので、かつて評判であった番組を再放送したのであろう。『孤独のグルメ』は良く知らないが、『義母と娘のブルース』はほのぼのした良い話しであったようである。ただ、母親が駅伝も見たいらしく、頻繁にチャンネルを変えるので、ストーリーが良く解らなかった。

 私は知らなかったのであるが、上白石萌音は佐藤健君とのことで、一部の女性視聴者から総スカンを食っているらしい。「あの2人はもう共演させない方がいいのに」と思って見ていたら、この番組の高校生役は妹の萌歌ちゃんの方であった。(もっとも佐藤君が萌音ちゃんと結婚したら、萌歌ちゃんは“義妹”になるのであるが。)そしてこの話しでは佐藤君のお相手は綾瀬はるかであったそうである。

 佐藤健君ももうそこそこのお年なので、今年は結婚を決めて欲しい。お相手が綾瀬はるかになるのか上白石萌音になるのか知らないが、こういうのは男性の側がはっきりと意志表示をしなければ(佐藤健君は私の知らないところで意志表示しているのかもしれないが)女性は動きにくいものである。

 令和4年の正月番組の手抜きは酷いものであったが、こうしてこの一年も始まっていく。