私が医師を志した理由 | 美のかほり院長ブログ☆美容皮膚科医☆吉岡敦子

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新橋の完全プライベート美容クリニック〜美容皮膚科×栄養療法〜

こんばんは、スキンケアクリニック美のかほり院長の吉岡敦子です。

 

今日は、私が医師を志した理由についてお話ししたいと思います。

 

特に医者家系でもない私がなぜ医師を志したか?

やはり私自身の幼少期の体験が、人生に大きな影響を与えたと思います。

 

私は、3歳の時に、先天性横隔膜ヘルニア(難病指定疾患)の手術を受け、手術は成功したものの術後の経過がよくなく、1年以上入院生活を送っていました。

 

外科病棟に入院していたので、周りは大人ばかりでした。

母を患者さん役にして、お箸を使って注射の真似事をしてよく遊んでいたそうです。

毎日高熱に苦しんでいた私を見て、母は『この子は、将来脳に障害を持つかもしれない』と思っていたそうです。

だから、生きてさえいてくれればいいと願っていたそうで、まさか医者になるなんて夢にも思っていなかった、と母はよく言います。

 

まだ3歳だったので、当時の記憶は断片的にしかありませんが、手術室のライトが眩しく私を照らしていたのは、今も鮮明に覚えています。

どんなに痛い治療でも、泣かずに我慢強く耐えていたそうですが、不思議ですね、肉体的な苦しみは全く覚えていません。

 

当時、小児外科で著名な教授に執刀していただきましたが、本来なら開胸手術でするべきものを、女の子だから将来的に胸に傷が残らないようにという先生のご配慮で、背中からアプローチしてくださいました。

これは、今でも感謝しております。

 

今も背中に刀で切られたような大きな傷痕がありますが、流石に子供の頃は、友達とお風呂に入ったり、水着を着ることがすごく恥ずかしくて辛かったのを覚えています。

 

そんな闘病生活が影響してか、私は子供心に、将来は看護師さんになりたい!とずっと思ってました。

当時は、女医は珍しく、特に私は外科病棟に入院していたので、医者=男性、看護師=女性というイメージを抱いていました。

 

中学生になり、原因不明の腹痛に悩まされ、名医と言われる先生の診察を色々受けましたが、結局原因がわからず・・・

その頃から、「医者になって研究したい!」という思いが強くなり、ちょっと遅かったのですが、高校2年生で本格的に医学部受験を決意しました。

 

当時は、私の身体を気遣い、『敦子、医者は体力的に大変な仕事だから、薬学部でもいいんじゃないか?』と、今は亡き父に言われました。

そんな父でしたが、医学部に入学したときには、すごく喜んでくれました。父に、医者になった姿を見せれなかったのは、とても心残りです。

 

三つ子の魂百までということわざがありますが、幼少期の自分自身の体験が、医師としての人生を歩む大きな動機になったと思います。

生きるか死ぬかの生死を彷徨っていた私が、今こうして健康に生活できることに日々感謝しています。

 

悩みに大小はありません。

医師として、患者様のお悩みが解消されるお手伝いをすることが、私がこの世に生まれてきた意味なのかなぁと思っています。

 

また機会があれば、今度は私が美容皮膚科医になった理由についてお話したいと思います。

 

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