どうやってフォロワー増やした?って聞かれたから回答します
(これはnoteで書いている記事です。アメブロではまだまだフォロワー数はいませんのでなんだか場違いかもしれませんが、noteではもう4年以上も投稿を続けているのでフォロワー数は一定に増えています)フォロワー数の話をしたいと思う。それは、ちょっと前になってしまったけれどどうやってフォロワーを増やしましたかと聞かれたからだ。せっかく聞いてくれたのだから、真摯に答えたいと思ってきた。私が思いつく限りの範囲内で、になってしまうけれど。そう思ってずっと考えてきた。そういう質問は嫌悪感のある人もいるかもしれない。微熱さんはフォロワー数なんて気にしていない!そのためにやっているんじゃないだから失礼な、っておもうかもしれないけれど、私は、こういう質問があまり嫌いじゃない。noteを書いたら、たくさんの人に読んでほしいもんね。それに、フォロワーの数字が大きいならかっこよく見えるみたいな、馬鹿みたいだけど真実みたいなのもわかる気がします。私は、自分のnoteを分析したことがないし、いわゆる営業ということもしたことがなくて、ただ2020年の9月下旬くらいからぽつぽつと記事を出し始めた。そして、今まで3週間以上は空けることなく書いてきた。結論から言わせてもらうと、私のアカウントは別に人気はないと思う。フォロワーはなにが平均かわからないけど、人気アカっていうわけではない。だから、答えにはならない気がする。というのは、「弱っている時期の記事」が圧倒的に人気があったのです。私が、悲しい、苦しい、いなくなってしまいたい、しんどいなどなどの苦境を話せば話すほど励ましてくれる人、共感してくれる人が集まってフォロワーは増えた。自分でもちょっとだけ複雑だけど、正直に書かせてもらうと。900人から、ほとんどまったくというほど、数字は伸びなくなった。むしろ減っている。フォローは日々外されているし、スキは明らかに減った。ビュー数も激減している。フォローの数はあっても、そのうちのほとんどの人が読んでいない。それは、私が、楽しい、前向きに、挑戦し、失敗しても立ち上がり、自分なりにやりたいことを推し進めてきたっていう時期のものだ。イベントをし、有料記事を出し、本を作り、絵を見せて売り、自分の店を始めた時期の。それらは、人気がないということらしい。数字を見る限りでは、だけれど。ずっと前、ひとつのDMをいただいたことがあって「心苦しいけれどフォローを外します」というものだった。最近の微熱さんを見ているとすごく焦る。微熱さんと同じ時期に同じ病気で苦しみ、自分はほとんど良くならないのに微熱さんだけ前に進んでいる。見ていてどうしても苦しいので、申し訳ないけど外します。ということをきちんと挨拶文と一緒に送ってくれた。気を遣わせてしまって申し訳なかったな、と思う。自分なりに分析してみると、最初は弱っているところに共感してフォローしてみたけど、思った以上に回復してきているので、もう共感できない、という人が少なからずいる。というか多いと思う。私の書くものと、フォロワーさんのニーズが合わなくなってきたということなんだと思う。少し脱線するけど、先日、noteや他の分野に対して、とても分析が上手い方がいて、その人と話した時に、初めて聞いた「毒親サバイバー」という言葉で驚いた。その方が私のnoteをそう評価したわけではなく、私は、親がもたらした過去の苦しみから生き延びようとしている人、というジャンルに入っているのかもしれないと思って、へえ、そう思われてるかもしれないんだと新鮮だった。親とのもろもろで負の経験を積んだ人は少なくはないだろうから、そこで共感したり仲間意識を持ってくれた人がいたのなら頷ける。でも、どうしてもここで言いたいことがある気がする。(どうしても言いたいくせに、うまく言葉にできない)私の親は毒親なのかな。私は、どんなにひどいことをされても、言われても、毒親と思ったことは一度もない。毒をもたらされたと思ったことはないし、傷ついたことと毒を盛られたことは違う。そしてサバイバーではないと思う。ウルフルズのバカサバイバーは好きだけど。サバイバーではない。なぜなら、生き延びたわけではないから。私は、自分では生き延びることができなくて、周りの協力、つまりは運に生かされてきた。そして、私が元気になり、少しずつ前に進むことで焦り、だんだん読みたくなくなってきている人がいるということも認識してきた。無理しなくていいと思う。私はフォローを気にしていないから、自由に判断してほしい。誰がフォローしているとかもチェックしていない。コメントをくれる人やイベントに参加してくれる人、わたしの創作物を買ってくれる人くらいしか把握できていない。記憶力が悪いから、あまりたくさんの人を覚えられないっていうのもある。わたしは、残念ながらおもいっきり病気だし、通院して薬を飲んでいる。その上で、できると思うことをしているだけ。それに、できると思っても全然できない時もある。あるいは、たまたま、うまくいってしまう時もある。泣いている夜なんていうのはひどいもんである。隣で途方にくれている夫を見ると、本当に哀れになるくらいだ。でも、わたしは、少しずつ、わたしのことが好きになっているんだよね。それは今まで自分が一度も自分にしてあげられなかったことで、お金でも時間でも、買ったり取り戻すことができないことだと思う。それを、ゆっくり手にし始めている。充実、夢、愉快さ、動、踊るような気持ち。それも日常の中に徐々に混じってきた。それを、一緒に楽しめる人と一緒にいたいって思うようになった。わたしはもう、そのほど不幸ではないから、それを求めている人からしたら文章もつまらないと思う。これからもどんどん、つまらなくなると思うよ。それでも、いいかな。いやそのほうがいいかなって思う人は、ぜひそばにいてほしい。傷ついている時の繊細な感覚もそれなりによかったかもしれないけれど、あそこにまた戻りたいなんて、絶対御免。もうこりごりだよ。っていうのが、わたしのフォロワーの増やし方です。今の自分を進行形で見せていく。偽らないで変わる部分も変わらない部分も受け入れていく。それを一緒に受け入れてくれる人と心から楽しむ。絶対うまく説明できないと思っていたけど、本当にできなかったよ。参考になったかな?