水ナスの刺身と、別れ話をする女 | 美味と物語 ~ライターびんこのブログ~

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山形生まれなのに、いきなり沖縄に15年住みました!
その後やってきた大都会の東京は、いろいろタイヘン!!
元・琉球放送報道部リポーターのびんこがお届けする、
おいしいもののブログです♪

 

ナスはナスでも、「水ナス」というものの存在を知ったのは、大人になってからだ。

それもそのはず、水ナスは、大阪の泉州地方で多く作られているそうで、今でもその地域の特産なのだという。

「水ナスの刺身、お願いしま~す」

「はい、かしこまりました~」

その日、いつもの居酒屋のメニューに載っていたのが「水ナスの刺身」である。

水ナスは、アクが少なくて皮が薄く、実に水分をたっぷり含んでいるのが特徴なので、生で食べてもおいしい。

だからこの店では、生の水ナスを薄くスライスして「刺身」と称している。

 

ほどなくして登場した「水ナスの刺身」

濃い紫色の皮をまとった白い実のスライスが、茶色の和皿に整然と並んでいる。

その上に、細かなかつお節がかけられ、薬味にはすりおろしたショウガが添えられていた。

「刺身だからね。コレ、使って」

店主はそう言うと、小さな醤油皿を差し出した。

「ナスに直接お醤油かけちゃってもいいんでしょ?」

「いいけど、一応、刺身だからさ。この方が刺身って感じがするだろ?」

「確かに!」

私は小皿を受け取ると、そこに醤油をさし、ショウガを入れた。

水ナスを2切れほど、箸でつまんでショウガ醤油に少しつける。パクリ。

「ん~、おいしい~。ちょっと甘みがあるんだよねぇ、水ナスって」

水ナスの刺身をつまみに、夏の日本酒をいただく。季節を味わう和食ならではの楽しみだ。

 

「んで?あのLINEの意味はなんやの?」

「え?だから、そういう意味よ」

後方のテーブル席から、関西訛りの男性の声と、落ち着いた低めの女性の声がした。

声の主は、40代くらいの男女。チェックのシャツに細いデニムパンツの男性と、白いサマーセーターにスカートをはいた女性である。

ふたりは、日本酒を飲みながら話し込んでいた。

「そういう意味って…今日が最後って書いてあったやん!」

「そう。今日が最後」

「なんで?オトコでもできたんか?」

「ううん。できてないわよ」

「んじゃ、なんで?今までどおりではアカンのか?」

「だって、アナタ、お仕事忙しいんでしょう?」

「そうやけど…忙しくっても、会うてるやん」

「忙しいのに、私と会ってたら、休むヒマがないでしょ?」

「休むヒマ?ちゃんと休んでるし!」

「それに、私と会うために、いつも小さなウソをつかなきゃいけない」

「それは…。仕方がないことや。今までだって、そうしてる。それやのに、なんで急に今日で最後なん?」

「あのね、人間って、ウソをつくと、ウソをつきとおすために、またウソを重ねなきゃいけないの。

それって、ストレスでしょ?私は、アナタのストレスを減らしたいの。仕事もプライベートもストレスだらけなんて、死んじゃうわよ」

「そんなら、アレか。オレが嫁はんと別れたら、ウソをつく必要がなくなるわけやな?」

「そうだけど、アナタは嫁はんと別れたりしないでしょ」

「……」

男性は、気まずそうに口をつぐむと、手元の日本酒を一気に飲んだ。

女性は「ちょっと失礼」というと、席を立ち、お手洗いへ向かった。

女性が席を外している間に、男性はスッと会計を済ませてしまった。

 

「あれ?もう帰るの?もうちょっと飲みたいのに」

席に戻った女性が、驚いたように男性に言った。

「まだ飲むよ。ちょっと連れて行きたい店があるから、とりあえずこの店は出よ」

「はいはい。わかりましたよ」

女性は渋々、帰り仕度をすると、店主に向かって「ごちそうさま」と声をかけた。

「ありがとうございました~」

腕をからめて週末の街へと消えていく、チェックのシャツと白いサマーセーター。

 

「ねぇねぇ、あのふたり、不倫カップルだったのかも」

ふたりを見送った店主に、私はすかさず話しかけた。

「ん?そうか?」

「うん。だって男の人が、嫁はんがどうのこうの、って言ってたもん。でも、別れ話だったみたい」

「そんな話、してたか?」

「うん、してた。あのふたり、どうなるのかなぁ。仲よさそうだったけど、別れちゃうのかなぁ」

「人さまの恋路に、あんまりクビを突っ込むなよ~」

そう言われても、ああいう話が聞こえてくれば、ついつい耳がダンボになってしまう。

人の恋ほど、酒のサカナに最適なものはないのだから。