ぶりのなめろうと、感謝する女 | 美味と物語 ~ライターびんこのブログ~

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山形生まれなのに、いきなり沖縄に15年住みました!
その後やってきた大都会の東京は、いろいろタイヘン!!
元・琉球放送報道部リポーターのびんこがお届けする、
おいしいもののブログです♪

 

その日も、私は締め切り間近の原稿に追われ、疲れ切っていた。

遅い時間に、いつもの居酒屋のカウンター席にたどり着き、

店主おすすめのぶりのなめろうをつまみに、ちびりちびりと日本酒を飲んでいた。

「あ~、おいしい!生き返るねぇ」

「だろう?ウチのなめろうはうまいんだから」

 

なめろうは、新鮮な魚をおろして、味噌やネギなどの香味野菜と一緒にたたいて作る料理だ。
その日の分をあらかじめ作っておく店もあるそうだが、
この店では新鮮な刺身用の魚を使い、注文が入ってから細かく刻んでなめろうにしている。

作りたてだから、余計においしいのである。

「うまいのは、なめろうだけじゃないけどね」

「お!さすがびんこ。わかってるね!」

 

「こんばんは~」

私が店主となめろうの話をしていた時、常連さんがひとりやってきた。

普段はスーツに身を包んだサラリーマンだが、

その日は週末とあって、ジーンズにセーターというカジュアルな格好である。

「お!いらっしゃい」店主が常連さんに声をかける。

常連さんは、日本酒とおつまみを1品注文すると、隣席の私に話しかけた。

「びんこさん、避難訓練とかします?」

「なんですか?急に?」

「いや~、そろそろ3.11が近いから。

鉄道会社によっては、震災があった時間に緊急の訓練するらしいですよ」

「ああ、なるほど。そういえば、私が使ってる鉄道会社でもやるって、お知らせ出てたわ」

「でしょう?ボク、あの日は会社にいたんですけど、ウチの会社はビルの10階だから、すごい揺れたんですよ」

「あ~、あの日ね…。店主は何してたの?」

「オレは、まだこの店を始める前だったからなぁ。前に勤めてた店に出勤する時間くらいだったと思うよ」

「あれ?この店、震災の後にできたんだっけ?」

「そうだよ~」

「なんだか、ずいぶん前からあるみたい」

「びんこは?何してたの?」

「え?私?今と全然違う仕事してた」

「あれ?お前こそ、昔っからライターじゃなかったのか?」

「違うんですよ、これが。私がライターになったのは、震災の後なの」

 

そうなのだ。私は震災当時、飲食店で働いていた。

震災後、あらゆることが自粛ムードとなり、外食業界は大打撃。

お客が激減した店から、私はヒマを出された。要するにクビになったのである。

その後、しばらくはハローワークなどにも通ったが、震災不況の中、仕事は見つからなかった。

「この先、どうやって食べていけばいいのか…」と悩んだ末に、仕方なくフリーランスになった。

そして今では、ライターになってよかったと思っている。

 

「最初は大変だったんだから~!人脈も資金もな~んにもなくて、本当に困ったんだよ!」

「でも、そういう技術は持ってたんだろ?」

「まぁ、一応ね。前の仕事で、原稿書いたりしてたから…」

「よかったじゃん。今の仕事してなかったら、ウチにも来てないだろ?」

「うん、まぁ、確かに」

「オレもさ、独立なんてしなきゃよかったかな、って思うことは時々あるけど、

独立してなかったら出会えなかったお客さんとか、たくさんいるもん」

「そうですよねぇ。こんなこと言ったら何なんですけど、

サラリーマンのボクだって、あれからちょっと考え方変わりましたよ」

「考え方?」

「ええ。普通に暮らせるって、大事なことなんだなって」

「あ~!わかる!そう思った人、結構多いんじゃない?」

「ですよね。でも、8年も経っちゃうと、忘れる人も多いんじゃないでしょうか。

特に、東京に住んでると、あの頃のことってなかなか思い出さないですよねぇ」

「そうだねぇ…。私は、自分があのことをきっかけに変わらざるを得なかったから、必然的に思い出すけどね」

「あれがきっかけで変わった人、たくさんいるでしょうね」

「いるよねぇ、きっと」

 

私が自分で思うに、一番変わったのは

「人に感謝できるようになったこと」だと思う。

それまでの私は、まるでひとりで苦労を背負い込んでいるような感じだった。

「なんで私だけ…」なんて思っていた割には、

たいした苦労ではなかったし、ひとりで生きていたわけでもなかった。

 

震災後の方が、はるかに大変だった。電車代にも困るくらいだった。

それでも、人に頭を下げて、仕事をもらった。必死だった。

どんなに小さな仕事でも、ありがたいと思った。

「あれがあったから、今があるのよねぇ…」

「そうそう。仕事が忙しすぎるなんて、ぜいたくな悩みだろ?」

「確かに!」

 

ゼロどころか、マイナスから始まったライターという仕事。

この8年、前だけを見て走り続けてきた。

いつの間にか、たくさんの人とつながりができた。

いろんなことはあるけれど、これからも前を向いて進もう。

なんとかなる。生きてさえいれば。