「いらっしゃいませ。ちょっとお久しぶりじゃないですか?」
いつものワインバルへ行くと、スタッフがニッコリと笑顔で迎えてくれた。
「久しぶりかなぁ。たぶん、1週間くらいしか経っていないと思うよ」
「ああ、そうでしたか。それでも、久しぶりな感じがしますねぇ」
おそらく、この店のスタッフがそう思うのは、私の来店頻度がものすごく高いからだ。
最近は1週間に一度程度になったが、
以前は、まるで家に帰るように、ほぼ毎日通っていた時もある。
その日は、この店の定番メニュー「野菜のピクルス」を選んだ。
キュウリ、ニンジン、ダイコン、パプリカ、カリフラワー、ヤングコーン、そしてミョウガと、
いろんな野菜が入っていて、彩り鮮やか。
白ワインと白ワインビネガーを使ったピクルス液が酸っぱすぎず、
サラダ感覚で食べられるピクルスだ。
「これに合う白ワインをお願いします」
「はい、かしこまりました」
スタッフがそう言って用意してくれた白ワインのボトルは、
よく見る750ml入りのボトルよりも細長く、少し背の高い形だった。
ボトルの色は黒で、少し高さがあるのに、ラベルは小さめ。とてもシンプルなデザインだ。
「おお、なんだかシュッとしたボトルだねぇ」
「かっこいいですよね」
シュッとしたボトルからグラスに注ぐと、色はやや黄色みがかっている。
「香りはちょっと樽っぽくて、味は華やかな感じです」
飲んでみると、確かに熟成した香りと、華のような香りがほどよく混ざった、なんとも美しい味がした。
「あ、それ、私もさっき飲んだんですけど、
ボトルはさわやかイケメンなのに、飲むとちょっと派手な感じがしますよね」
隣席の女性が話しかけてきた。凛とした印象の、いわばハンサムウーマンである。
「え?イケメンなボトル、ですか…?」
私はキョトンとして彼女に言った。
「ええ。シュッとしたイケメンな感じがしませんか、そのボトル。味は華やかで派手だけど。
私、ワインには詳しくないので、ソムリエさんの味の表現が、ちょっと苦手で」
彼女は、少し困ったように笑うと、こう続けた。
「太陽のような香りとか、春の土の味とか、言われてもピンとこないんですよ。
だから、ワインを人にたとえると、もっとイメージが湧くんじゃないかなぁと思って」
「ああ、なるほど~。それでイケメンなボトル、ですね」
「そうなんです。華やかなワインだったら、マリー・アントワネットみたいとか…どうですかね?」
「それはいいかも!わかりやすくなりますね」
「ま、ボトルの見た目はイケメンなのに、味わったらマリー・アントワネットって、ある意味すごいですけどね」
「たしかに~!」
スタッフも交えて、私たちは3人で大笑いした。
ワインも日本酒も「わからないから飲まない」という人も少なくない。
私は、お酒はウンチクよりも「おいしければいい」と思っているので、好きな割には詳しくない。
一方で、きちんと味わって、「このおつまみにはコレ」くらいのことは言えるようになりたいとは思うが、
特にワインは、普段からなじみの薄いフランス語やイタリア語の銘柄が多いから、なかなか覚えられないのだ。
その夜は、隣席の彼女が教えてくれたように、飲んでいるワインのボトルや味を人に例えてみた。
「これはPOPな感じの女子みたいなボトル」
「キリッとさわやかなテニス男子みたいな味」
「まったり色っぽい銀座のおねえさんみたいな味」
味の表現が合っているかどうかはわからないが、他の常連さんも巻込んで場が盛り上がり、また大笑いした。
銘柄を覚えられなくても、楽しく飲める。これがお酒の何よりの良さだと、改めて思った。