戦前生まれの祖母は両親の顔を知らない。 物心ついた頃には働いていた。 今で言う丁稚奉公のようなものだったらしいが、 祖母のはそれよりも過酷な境遇だったようだ。 一度も曾祖母の話を聞く事は出来なかった。 何とはなしに語り始める思い出話は、 いつも丁稚奉公先での思い出話ばかりだった。 苦労人だったからか、 働く=お金 の意識が強く、 孫の私にお小遣をくれるのも、 お手伝い=お小遣になるらしかった。 祖母が喜んでくれるのは嬉しかったが、 ただ喜んで貰いたいがためにするお手伝いも 全てお小遣に換算されるのがちょっと嫌だった・・ けれども祖母の笑顔が好きだったし、 役に立てているのならそれで良かったのだが、 やりたくも無い時にでも祖母は遠慮なくお手伝いを言いつけてきたし、 「こんな事が役に立っているのかな?」 と今覚えは変なお手伝いが幾つかある。 大人になったからわかる祖母の心。 可愛い孫にお小遣を渡したいが、 何もしないのにお小遣はあげられない・・ それで苦心の策にひねり出したのが・・生垣の雑草抜き・・ 頭にどでかいクエスチョンマークをのせながらしたお手伝いだったが、 祖母は喜んでくれた。 あの笑顔は一生忘れない。 いろんな思いの篭った笑顔だったのだと思う。 働く喜びを教えてくれた祖母に、 心から『ありがとう』を伝えたい。 ☆本を出版するチャンス☆![]()