1.大内延介九段(1975年度第25回優勝)

棋士は良い駒を持たなくてはいけない。

棋士は将棋で勝ち負けを争うだけではいけない。

将棋を文化的、歴史的に見つめる目を養うことも

棋士としての大切な務めという考え。

所蔵駒は50組。

盤は30面。

●奥野一香さん作島黄楊杢錦旗盛り上げ:

坂田名人誕生を阻止した

土居市太郎七段VS坂田三吉八段戦(1917年10月16&17日)で使われ、

「萬潮報」社さんが土居七段に寄贈したもの。

弟子の大内九段が六寸盤と黒柿製駒台を譲り受けた。

●宮松影水さん作島黄楊赤柾淇洲書盛り上げ:

指導対局で使ったこともある。

●月山さん作島黄楊赤柾水無瀬書彫り埋め:

普段愛用している駒に触れながら

インタビューに応じる大内九段写真とのことで

盤に並べられた駒は見切れてほとんど見えず。


2.森内俊之八段(1996年度第46回優勝)

宮松関三郎門下だった祖父京須行男八段は経営していた道場を閉鎖する際に

影水作の駒をお客さんに差し上げたとお母様から聞いたそうな。

現在森内家にはそれらの駒は残っていない。

アマ初段時に両親に買ってもらった盤駒一式もいつの間にやら何処に

あるのやら状態。

島研の積み立てが200万あったので旅費でも使い切れず、

自然と各自で駒を買うことになった。

1995年1月に連盟販売部で購入した。

当日風邪を引いて休んだ森内八段は後日一人で

行って

●久徳さん作島黄楊虎斑源兵衛清安盛り上げを選んだ。

裏字の漆がやや摩滅。

●酔棋作島黄楊根杢水無瀬書盛り上げ:

1年ほど前に酔棋さんが将棋棋書の監修をお願いした際に

寄贈した駒。

公式戦で使うにはやや派手過ぎ。

●鷹山さん作島黄楊小口杢海石書彫り駒

3組とも普段の研究で使用。

鷹山さん作の海石書彫り駒が意外過ぎた。

 

3.四代名人升田幸三(第2&7&13回優勝)

第2回:1952年(ラジオ放送時代&第2回まで切れ負け)

1962年10月7日の回からテレビ放送。

第7回:1957年

第13回:1963年

1991年にお亡くりになったので静尾夫人に話を聞いた。

自宅ではほとんど囲碁ばかりだったが愛用は影水作だった。

昭和30年代前半から根津の宮松宅を訪ね、好みの駒木地、

書体を伝え1年に1組は注文していた。

やっとのことで作ってもらった駒はお世話になった方や

迷惑をかけた方に箱書きして差し上げてしまい、

残っている駒はあまり無い。

後日よく探したら影水作3組(水無瀬、菱湖、篁輝)、

奥野作錦龍、中将棋彫り駒など数組見つかった。

酔棋さんのひと駒コメント:

10年以上前に50万円で購入して欲しいと

升田邸に7組の駒を持参された困ってた様子の方がいるらしい。

元名人は言い値で引き取られたと。

どなたかに差し上げるかと思い、奥様が箱書きを

お願いしたが元名人は最後まで応じなかったと。

今回私が駒を拝見してみたら無銘の機械彫りの駒だったと

いうことが判明した。

名人は全て承知で引き受けたのだろう。

●影水作島黄楊赤柾淇洲書盛り上げ:

「将棋駒の世界」にも掲載されている「極上赤柾」の箱書きの

駒。


4.中原誠永世十段

第24回 1974年
第27回 1977年
第32回 1982年
第37回 1987年
第42回 1992年
第44回 1994年

の6回優勝。

宮松さん作島黄楊柾目菱湖書盛り上げ:

1968年に初タイトル棋聖を獲得し、

2人のファンが影水さんから2万円で購入してくれたもの。

研究で使っている。

関根金次郎十三世名人愛用の天地柾5寸の「関根盤」は

1972年の名人戦で買って角川書店創始者の

角川源義さんから譲られた。

花梨製駒台は後で揃えた。

●久徳作島黄楊柾目源兵衛清安書盛り上げ:

10年以上前に注文したもの。

●奨励会時代から使っているお母様手作りの布盤。


5.丸田祐三九段

第9回1959年(ラジオ時代)
第15回1965年 VS升田幸三さん
第18回1968年

と3回優勝。

●宮松さん作島黄楊斑入柾清安書盛り上げ:

入手時期不明だが存命中に影水さんと親しい棋士に
ちょっと付き合ってと言われ、付き合いで購入した。

普段使いで使い込んで飴色に。

失礼ながら明らかに汚れもあるように見えるし(略)。

●宮松さん作島黄楊斑入柾巻菱湖書盛り上げ:

たまに見て楽しむことはあったものの

30年間、最近まで和紙に包まれ未使用。


6.田中寅彦九段(第34回1984年優勝)

●作者不明島黄楊根杢無劍書盛り上げ:

初めてA級から陥落した1985年にひとりの

ファンから土居市太郎名誉名人からかつて譲り受けた駒を

駒箱と共に贈られた。

漆が飛んだわけでは無く、

駒師名のみが無い不思議な駒。

影の作者が他の駒師名を入れる為にあえて書かなかったかもと

推測できる。

豊島龍山さん自身の作か、金井静山さん作では無いかと思われる。

●宮松さん作島黄楊杢虎山書彫り駒:

奨励会5、6級頃に師匠の高柳敏夫名誉九段から黴て捨てようと

した駒を磨いて研究で使っていたもの。

虎山書となっているが三邨書。

駒は影水さん風だが、駒銘はやや不自然なので

もしかしたら直したものかも。


7.木村義雄十四世名人(第1回1951年優勝)

●木村文俊さん作島黄楊斑入柾木村名人書盛り上げ:

第1期名人記念に製作。

駒師木村文俊さんは名人から注文された駒は

かえって後回しにしてなかなか作らなかった。

ただし、金が必要な時は駒を持ってくることがあった。

子息の義徳八段はこの駒を1968年に六段昇段祝いに

名人からもらった。

当時は親子関係がしっくり行っておらず箱書きは

もらっていない。

40過ぎて親子は仲良くなった。

●親子二代が観戦記を書く際などに使った榧の折畳み盤。

●『大橋家から譲り受けた水無瀬兼成駒材質作者不詳書き駒』

伯父の木村文俊さんは墨田区押上で下駄職人だった

祖父に駒木地作りを手伝ってもらったりしながら

駒作りを続けた。


8.米長邦雄永世棋聖(第28回1978年優勝)

駒そのものが持ち主に相応しい活躍を

させてくれるので相場より盤駒は値切ってはならない。

相場より高く買う人は運気が上がる。

相場を叩いて買うと運気が下がる。

盤駒だけが知っている、というのが米長イズム。

奥野作島黄楊虎杢錦旗盛り上げ:

1971年にA級八段となった際、ある先輩棋士が

米長さん宅を訪問し、土居市太郎名誉名人から

譲られた駒を引き取ってくれと言って来た。

米長さんは言い値に1割乗せて引き取った。

●天地柾6寸囲碁盤:

家を建てたばかりで余裕が無かったが見事な

柾目に惚れて盤駒店を通さずある方からの

言い値に相当に上乗せして購入した。

●影水作島黄楊柾目水無瀬書盛り上げ:

師匠の佐瀬勇次九段が開いていた道場の

門下生10名が米長少年(15歳)が「祝入段」と

購入してくれた駒。

●自宅で指す際は長い事使っている布盤と1,000円程度の安価な駒。


9.谷川浩司棋聖(第35回1985年優勝)

●良尊さん作島黄楊銀目谷川浩司書盛り上げ:

1996年に無冠となり能書家原田泰夫九段と熊澤良尊さんの

「書と駒の展示会」を夏に見に行った。

無冠になって自分の書体の駒で研究してみるのも良いかなと

いう思いもわいており、駒製作を依頼した。

1種につき半紙に10~15枚書いた。

裏字はあまり書いたことが無かったので書き順にも

かなり悩んだ。

1996年12月に出来上がり研究用として使っている。

1996年11月に無冠返上の竜王を獲得した

際に作ってもらった同じ書体の駒は「至竜の駒」と

名付けられている。

●駒権さん作薩摩黄楊杢谷川好彫り駒:

駒銘は漆書き。

師匠の若松政和七段が1973年の奨励会入り(11歳)の

時に贈ってくれた駒。

師匠も普段の対局では使わず、自ら指導する時のみ使う「若松好」

を持っていた。

谷川好彫り駒を見ると師匠の「若松好」で緊張しながら

二枚落ちを指した若松道場の少年時代を思い出す。

茶道の仕覆タイプでは無い金襴っぽい巾着には

赤糸の「谷川好」の刺繍有り。

書体は「蜀紅」ではなく「竜司書」の気がする。

●豊島さん作清定書(写真は無し):

坂田三吉さんが実際に使っていたものを弟子の星田啓三八段から

若松七段を通じてひ孫弟子の谷川棋聖に贈られたもの。


10.大山康晴十五世名人

第4回1954年
第5回1955年
第11回1961年
第14回1964年
第20回1970年
第22回1972年
第29回1979年
第33回1983年

の8回優勝。

奥様の話では忙しい合間に日曜大工をすることもあったと。

また、僅かな暇を見つけ、駒を磨く手入れも怠らなかった。

●豊島作島黄楊根杢安清書盛り上げ:

奥様と結婚される前から持っていたので入手経路は不明。

四段昇段の1940年に豊島さんが亡くなっているので

先輩棋士から譲り受けたものとは推測できる。

●龍山作島黄楊杢関根名人書盛り上げ

●普段使いの榧卓上盤:

裏面は碁盤。

小さなガラス碁石使用。


11.羽生善治四冠

第38回 1988年
第41回 1991年
第45回 1995年
第47回 1997年
第48回 1998年
第50回 2000年
第58回 2008年
第59回 2009年
第60回 2010年
第61回 2011年
第68回 2018年

の11回優勝。

小学3年時にアマ初段の祝いで脚付き盤と略字彫り駒を買って

もらったのがスタート。

●掬水作島黄楊根杢錦旗書盛り上げ:

1995年に七冠達成のお祝いで天童市より寄贈。

使うのがもったいなくて未使用で桐平箱に入れたまま保管。

淡月作島黄楊斑入赤柾水無瀬書盛り上げ:

1995年に島研積立金を使い、連盟売店で10組ほど見て

チョイス。

●1989年(六段時)、将棋連盟から全棋士に支給された

関東名人駒宗歩好の彫り駒:

連盟が御蔵島黄楊を購入し、奥野一香作を模した

駒を作らせたもの。

もう一組と合わせ、3組を研究用に使っている。

【羽生さんに聞いた対局用駒の好み】

●虎斑などより柾目が長時間見ていても疲れない。

●駒を持った感じを大切にする。

●盤との色合いの相性も大事。

●成り駒がしっかり識別出来ればそれほど書体にはこだわらない。

●良い駒と指し易い駒は必ずしも同じでは無い。

●美術品に近いが使えるのが魅力。

 

12.原田泰夫九段(ラジオ時代第6回1956年優勝)

●良尊作薩摩黄楊根柾原田泰夫書盛り上げ(1988年第1作):

その後、駒形に合わせて書体も少し変わった。

●木村文俊さん作島黄楊柾目金龍書彫り埋め:

1937年14歳の時に師匠の加藤治郎名誉九段を通じ購入。

その駒を持って華南の戦地に赴いた。

大陸から帰国する為、船を待つ間に

1,000局以上指し、いつの間にか1歩紛失。

「寉園書」の彫り駒を補充して使っている。

●香順(木村茂夫1989年没)さん作島黄楊木口杢行成書盛り上げ:

将棋駒のイラスト入りの駒袋も香順さんが京都で作らせた。

●熊澤さん開発の将棋チェスト

●宮松影水作他全20組ほどを公平に並べたり

磨いたり使っている。