厚み0.2㎜の白ボール紙四つ切サイズ39.5×54.5㎜。

これだけの人数(数え間違いがあるかもだけど418名)の

将棋好きがいたということなので

凄いなあと思う。

大正15(1926)年時に6歳で大会に出場し、

この表に名を連ねておられる方が仮におられて、

ご存命でも2026-(1926+6)=94歳である。

 

 

 

 

 

●12月25日に大正天皇が崩御し、同日から「昭和元年」となったので

昭和元年は12月25日~31日までの僅か7日間しか無いそうな。

 

●1921(大正10)年1月1日に栃木県足利郡足利町が

人口増加と織物業(特に銘仙)の発展に伴い、「足利市」へ昇格。

市制施行後も足利郡は存続していたが、1962(昭和37)年に

全て足利市に編入し、足利郡は消滅した。

ということで、足利市と足利郡の将棋大会ということだろう。

 

●大正15年の10月17日は日曜日である。

伊勢神宮にて天皇が新穀を奉納し、五穀豊穣を祈る「神嘗祭(かんなめさい)」

の日でもあるらしい。

しかし、大正天皇は2回目の脳溢血で歩行不可能で8月には既に

車椅子で葉山御用邸でのご静養中で10月末からは38度の高熱続きらしいし

神事どころじゃなかっただろうなあ。

でも毎年10月大会開催だから「神嘗祭(かんなめさい)」の

日曜日を選ばれたのかなあ?

 

●通一~通六はどういう意味かと思ったら足利町通1丁目とかの意味っぽい。

 

 

(段)差なし    平手(先後ランダム)

1級(段)差    平手(下位者先手:定先)
2級(段)差    香落ち
3級(段)差    角落ち
4級(段)差    飛落ち
5級(段)差    飛香落ち
6~7級(段)差    二枚落ち
8~9級(段)差    三枚落ち
10~11級(段)差    四枚落ち
12~13級(段)差    右五枚落ち(右桂落ち)
14~16級(段)差    六枚落ち
17~19級(段)差    右七枚落ち(右銀落ち)
20級(段)差以上    八枚落ち

19級ってどういう意味かと思ったけれど

こんな感じで19級とかなのかなあ?

八枚落ちの手合い差は分かる気がする。

流石に9枚落ち、10枚落ちの方は大会に

出場レベルじゃ無いだろうから、19級までと。

香落ちはAI同士で対局させると、下手が

きっちり藤井曲線で勝つのでやっぱり

下手側評価値はプラス150点はあるのだろう。

 

●栃木県と茨城県は隣り合ってるし、

どっちがどっちやねん?となり易い。(びりたん比)

一番の違いは海の有無らしい。

東京に1週間宿泊した際に、栃木と茨木と2か所への

訪問を強行しようか迷ったが取り止めた。

栃木は日光東照宮の観光、

茨城は水戸徳川ミュージアム様所蔵の

舞葡萄の碁盤を見ることであった。