【観戦記】
永井兼幸四段(2000年12月当時74歳)
1926(昭和元)年11月23日生まれ。
1957(昭和32)年:アマチュア将棋名人戦愛媛県大会優勝(31歳)
1963(昭和38)年:アマチュア将棋名人戦愛媛県大会準優勝(37歳)
1966(昭和41)年:アマチュア将棋名人戦愛媛県大会優勝(40歳)
加賀敬治さん、沖元二さん、関則可さんらが全国優勝しておられた時代だ。
趣味:読書、詩吟(五段)、釣り、囲碁、
将棋駒作り(駒師の号:星山)
1982(昭和57)年(復刊)~1992(平成4)年3月31日(廃刊)まで
「夕刊えひめ」に永井さんのアマチュア将棋の観戦記が連載されていた。
永井さんが56~65歳までの連載だ。
【発行人】
●久米裕而さん:日本将棋連盟松山坊ちゃん支部会員&
●児島有一朗さん:
日本将棋連盟愛媛県支部連合会普及局長、
AIU保険会社松山支店リスクマネージャー
永井さん所蔵の10年分の新聞の切り抜き400局から対局者の人数が多くなるように
という条件を設定し100局を選んだ。
表紙には駒師星山こと永井兼幸四段の将棋駒を使う予定だった。
しかし、申し出ると駒の写真を使うなら駒師川内史郎さん(号・史龍)を差し置いて、
自分の駒を使うことは出来ないと言われた。
史龍さんにお願いすると快諾してもらえたので
坊ちゃん支部会員の米田双成さん所蔵の清定書彫り埋め駒を
使わせていただいた。
「近代将棋」誌の表紙に載ったこともある、史龍さんの
最高傑作である。
専門家のカメラマンに撮影してもらい、
題字は書家の河野勝文さんにお願いした。
将棋駒師・史龍さんがどのくらいのご棋力か気になりますな(笑)
1982年アマ名人戦愛媛県予選準々決勝好局
先手:将棋駒師・史龍(川内史郎四段)
後手:田口次男四段格(42歳)
▲7六歩 △8四歩 ▲7八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲6七銀 △5四歩 ▲6八飛 △5二金右 ▲4八玉 △4二玉
▲3八玉 △3二玉 ▲2八玉 △1四歩 ▲1六歩 △5三銀
▲3八銀 △4二銀上 ▲5八金左 △3五歩 ▲4六歩 △3三銀
▲4七金 △3四銀 ▲5六歩 △3三角 ▲9六歩 △2二玉
▲9五歩 △3二金 ▲7五歩 △4四歩 ▲7八飛 △4三金右
▲7四歩 △同 歩 ▲同 飛 △7三歩 ▲7六飛 △4五歩
▲同 歩 △同 銀 ▲4六歩 △3四銀 ▲7七桂 △2四歩
▲9七角 △8五歩 ▲6五歩 △9四歩 ▲同 歩 △9六歩
▲7九角 △8六歩 ▲同 歩 △9四香 ▲7四歩 △9七歩成
▲7三歩成 △7五歩 ▲同 飛 △8六飛 ▲6三と △4四銀
▲7二飛成 △8九飛成 ▲5七角 △9九龍 ▲8一龍 △2五歩
▲7九歩 △2三香 ▲6四歩 △9八龍 ▲9九歩 △8七龍
▲同 龍 △同 と ▲6五桂 △7七と ▲5八銀 △8七飛
▲9三角成 △6七と ▲9四馬 △5八と ▲同 馬 △3六歩
▲同 歩 △3五歩 ▲7二飛 △3六歩 ▲5三と △同 金
▲同桂成 △同 銀 ▲3五歩 △4三銀 ▲6三歩成 △8三飛成
▲3二飛成 △同 銀 ▲5三と △同 龍 ▲4五桂 △7三龍
▲3三桂成 △同 銀 ▲4一銀 △3七歩成 ▲同 桂 △3一歩
▲4五桂 △4四銀 ▲5一角 △7二龍 ▲3四金
まで119手で先手の勝ち

四間飛車VS玉頭位取り。
1983年松山・伊予支部将棋対抗戦
先手:将棋駒師・史龍(川内史郎四段)
後手:竹本忠保四段(47歳)
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3五歩 ▲4八銀 △3二飛
▲4六歩 △6二玉 ▲4七銀 △7二玉 ▲1六歩 △8二玉
▲7八飛 △7二銀 ▲4八玉 △9四歩 ▲3八玉 △5二金左
▲2八玉 △6四歩 ▲3八金 △6三金 ▲6八銀 △4二銀
▲7五歩 △5四歩 ▲5八金 △5三銀 ▲6七銀 △8四歩
▲9六歩 △8三銀 ▲7六銀 △7二金 ▲8六歩 △4四銀
▲7七角 △5五銀 ▲6八飛 △4四銀 ▲6五歩 △同 歩
▲同 銀 △6二飛 ▲6四歩 △5三金 ▲5六歩 △3三角
▲4五歩 △同 銀 ▲3三角成 △同 桂 ▲3一角 △5二金
▲5五歩 △同 歩 ▲2二角成 △6七歩 ▲同 飛 △7八角
▲6六飛 △8九角成 ▲3三馬 △9九馬 ▲6九飛 △7七馬
▲4六歩 △6八歩 ▲同 金 △8七馬 ▲4五歩 △6五馬
▲5八金 △8七馬 ▲6七飛 △7六馬 ▲6三銀 △4九銀
▲5五馬 △3八銀成 ▲同 銀 △6七馬 ▲同 金 △4八金
▲6六馬 △5八飛 ▲4八馬 △同飛成 ▲4九金 △7八龍
▲5二銀成 △6四飛 ▲6八歩 △4六香 ▲5九金 △2五桂
▲5五角 △6七飛成 ▲同 歩 △3八龍
まで100手で後手の勝ち
永井兼幸四段の解説ではこの手が「無用の動き」、
「無謀な挑発」となってるが評価値的に間違ってるみたいですね。
ここで▲31角も変な手と思ってしまったけど、
ある手みたい。
(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)
観戦記者永井兼幸四段の棋譜を。
手合割:角落ち
下手:西尾拳資三段格(24歳)
上手:永井兼幸四段(56歳)
△6二銀 ▲7六歩 △5四歩 ▲2六歩 △4二玉 ▲2五歩
△3二玉 ▲5八金右 △5三銀 ▲6八玉 △5二金右 ▲7八玉
△8四歩 ▲4八銀 △8五歩 ▲7七角 △6四歩 ▲5六歩
△7四歩 ▲3六歩 △4四歩 ▲3七銀 △3四歩 ▲3五歩
△4三金 ▲3四歩 △同 金 ▲2六銀 △2二銀 ▲3八飛
△4三玉 ▲4六歩 △4二金 ▲3五銀 △同 金 ▲同 飛
△3三銀 ▲4五歩 △3四歩 ▲4四歩 △同銀右 ▲3九飛
△7五歩 ▲4五歩 △同 銀 ▲4六歩 △5六銀 ▲6六金
△6五銀 ▲7五金 △5五銀 ▲3七桂 △7三桂 ▲9五角
△7二歩 ▲6八角 △5六銀右 ▲7七桂 △6五桂 ▲同 桂
△同 銀 ▲7七桂 △6三桂 ▲6五金 △同 歩 ▲5六歩
△同 銀 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 桂 △6六歩 ▲6五桂
△6四銀 ▲6六歩 △6七歩 ▲7七角 △4四銀 ▲2四歩
△同 歩 ▲2九飛 △6八歩成 ▲同金上 △6七歩 ▲6九金
△6八金 ▲同 銀 △同歩成 ▲同金上 △6七歩 ▲5七金左
△6八銀 ▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △6七歩 ▲同 玉
△5五桂 ▲5八玉 △8六歩 ▲同 歩 △3三桂 ▲5六銀
△4五桂 ▲同 歩 △3五銀 ▲4四銀 △同 銀 ▲同 歩
△同 玉 ▲2四飛 △6七銀 ▲同 金 △同桂成 ▲同 玉
△5五桂 ▲5七玉 △4七金 ▲同 銀 △同桂成 ▲同 玉
△4六歩 ▲3七玉 △3六金 ▲同 玉 △3五銀 ▲3七玉
△2四銀 ▲3六桂 △4三玉 ▲4四銀 △5二玉 ▲5三銀打
△同 銀 ▲同銀成 △同 金 ▲同桂成 △同 玉 ▲6五桂
△6二玉 ▲7四桂
まで140手で下手の勝ち

こんな角落ち上手の駒組は初めて見た。
▲6ニ銀△7六歩とイレギュラーな駒落ちの
棋譜の表記法になってる。
1985年松山・八幡浜支部対抗戦(持ち時間30分&秒読み30秒)
先手:永井兼幸四段(59歳)
後手:田口次男四段格
▲7六歩 △8四歩 ▲7八飛 △8五歩 ▲7七角 △6二銀
▲6八銀 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉 ▲3八玉 △5二金右
▲2八玉 △3四歩 ▲6六歩 △3三角 ▲3八銀 △2二玉
▲6七銀 △1二香 ▲5八金左 △1一玉 ▲5六銀 △4四歩
▲7五歩 △2二銀 ▲5九角 △3一金 ▲7六飛 △9四歩
▲7七桂 △8四飛 ▲3六歩 △4二金寄 ▲3七角 △6四歩
▲1八玉 △3二金寄 ▲6五歩 △同 歩 ▲同 銀 △6三銀
▲6四歩 △5四銀 ▲同 銀 △同 歩 ▲6三歩成 △8六歩
▲同 歩 △4五歩 ▲8五歩 △8三飛 ▲7四歩 △8七銀
▲7五飛 △7四歩 ▲同 飛 △6三飛 ▲6四歩 △7三飛
▲同飛成 △同 桂 ▲6三歩成 △7七角成 ▲7三角成 △9九馬
▲9一馬 △6九飛 ▲6二飛 △4四馬 ▲6一飛成 △1四香
▲2八馬 △2四桂 ▲2六香 △4六歩 ▲同 歩 △7八銀成
▲4八金寄 △3六桂 ▲3七馬 △4八桂成 ▲同 馬 △3六金
▲3七歩 △4七歩 ▲5八馬 △2六金 ▲同 歩 △4九飛成
▲同 銀 △2六馬 ▲2七歩 △1七香成 ▲同 桂 △3七馬
▲2八銀 △4六馬 ▲4四桂 △4二金寄 ▲3二香 △3五香
▲2九金 △3七金 ▲同 銀 △同香成 ▲3八金打 △同成香
▲同 銀 △3二金寄 ▲同桂成 △同 金 ▲4一飛 △2八金
▲同 金 △同 馬 ▲同 玉 △3一金打 ▲4七飛成 △4二香
▲4六歩 △3五銀 ▲3七金 △6六歩 ▲5三と △6七歩成
▲4二と △5八と ▲3二と △1六桂 ▲1八玉 △3二金
▲2九金 △8三角 ▲6二龍 △4七角成 ▲同 金 △4二歩
▲2六香 △6八飛 ▲4一角 △3一金 ▲2三香成 △同 銀
▲同角成 △2二歩 ▲1五桂 △4八と ▲2五香 △2四香
▲同 香 △同 銀 ▲4四角 △3三香 ▲4二龍 △同 金

居飛車(8二飛)の穴熊が対振飛車で非常にいい成績をあげ出してから
あっという間にプロ・アマ問わず棋界にまんえんしだした。
玉が堅いということは持ち時間の少ないアマ大会では
理論を超越した利点ということはたしかにいえる。
ただし私はやらない。
振飛車には急戦という一つの信念があって
純理的に棋風がこの戦法にそぐわないと割り切っている。
私は作戦の利を感じ、予定の構図に満足した。
作戦的優位を自認した私は▲65歩の仕掛けをわが方の権利と
▲18玉と満を持した。
田口君は守りを固めてどうでもしてくれと
開き直っている。
序の策は不利でも穴熊の鉄壁はどこかに戦機がおとずれる
こともあろうという反発の苦心が痛いほど
わかるし、胸にピンとくる。
私はためらうことなく▲65歩と突いた。
この望んでも得られぬような飛角銀桂という乱麻(らんま:混乱)を
断つ理想の直線攻撃を一体、どう受けるというのか?
田口君は開き直ったずうずしい手である。
八分がた勝ちが手中にころがりこんだのではないかと
たしかに思った。楽観の虫だ。
さよう。
局面を甘くみれば指し手も甘くなる。
▲66歩と自重すべきと陰の声はいう。
なるほど傾聴に値する見解と感じた。
田口君は重い銀を打ってきた。
この銀はここに永久に残る駒。
端的にいえば銀1枚の損という換算の見方さえ成立する。
思わず「オッ」と思った。
と金を『タダ取られる。』(原文のまま)
が、結果は大したことはなく一歩損。
飛車交換して銀得の駒割勘定が大きく
「局面はよろし」とホクホクしていた。
91の香車が93に動く手が成立していると
私の構想は根本的にくずれるので一番心配していた。
持ち時間の空転ばかりを気にして反射的に62に飛車を打ったが馬で
当てられて「シマッタ」とイヤなムードに包まれるのを感じた。
歩越しの香だからあまりいい香打ちとも思わない
のだが、ここから相手のみにまとめて数手指された感じが深く
勝ち負けの極論はまずおくとしても、流れとしては
こんなはずではなかったと…
この両取りをウッカリして、正直ギャフンとまいった。
実戦心理のあやなす心理の乱れで悪手が悪手を呼ぶの好例。
▲58銀と強防し、息長く指さねばならなかった。
▲37歩に△47歩と一本いい歩を利かされ「ヤラレタカ」と観念した。
対局中はかなりの変化を内蔵した難場の切り抜けだったので
30分の持ち時間を使い果たし、1手30秒の秒ヨミに追われだした。
これを打ってはじめて「攻め勝った」とたしかに信じた。
歩切れの私は予想もしないこの手に一瞬ギクリとした。
必勝の将棋を負けるパターンは見ていて実に
面白いものがある。
本人が一生懸命になってやっているだけに
時にそれは『滑稽(こっけい)』(←何故かフリガナ付き&原文のまま)
であることさえある。
秒ヨミのなせる心理の錯乱で相手の持ち駒が金であると
錯覚していた。
対局者には思考の限界と、一方に迫り来る精神生理の
圧迫という重圧がある。
30秒の急では相手の持ち駒に気を配るヒマもなかった。
↑
四段でそれは無いwww
▲15桂が詰めろになっていなくて大いに慌てた。
将棋は投了図以下二十数手指した。
見落とし多し。
総じてこれぐらいがわが実力のうちかと戒心の
一局とした。
1985年松山・八幡浜支部対抗戦(持ち時間30分&秒読み30秒)
先手:永井兼幸四段(59歳)
後手:香渡多喜雄四段格(アマ棋王)
▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀
▲4六歩 △4三銀 ▲4七銀 △6二銀 ▲5六銀 △3三角
▲6八玉 △5四歩 ▲7八玉 △5三銀 ▲5八金右 △3五歩
▲2五歩 △3二金 ▲1六歩 △3四銀 ▲2六飛 △4二飛
▲3六歩 △5二金 ▲3七桂 △4三金右 ▲9六歩 △4一玉
▲1五歩 △3一玉 ▲6八銀 △9四歩 ▲6六歩 △8四歩
▲6五歩 △8五歩 ▲6七銀上 △7四歩 ▲1六飛 △3六歩
▲同 飛 △3五歩 ▲2六飛 △7二飛 ▲6八金上 △7五歩
▲同 歩 △同 飛 ▲7六歩 △7二飛 ▲7七角 △7四飛
▲4五歩 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △9三桂
▲4四歩 △同 銀 ▲4五歩 △5三銀 ▲3三角成 △同 桂
▲5二角 △7三飛 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三角
▲6四歩 △同 歩 ▲4四歩 △同 銀 ▲4六歩 △8六歩
▲4五桂 △同 桂 ▲同 歩 △3三銀 ▲2九飛 △2五歩
▲4六桂 △8七桂 ▲2四歩 △同 銀 ▲3四桂 △同 金
▲6三歩 △4二歩 ▲7七桂 △7五歩 ▲同 歩 △7六歩
▲同 銀 △6六桂 ▲6九玉 △9九桂成 ▲6七銀右 △5八桂成
▲同 玉 △3三金引 ▲9九飛 △4五角 ▲5六銀 △3四角
▲同角成 △同 金 ▲4六桂 △3三金引 ▲3四歩 △2三金寄
▲4四桂 △4三香 ▲3二桂成 △同 玉 ▲3三銀 △同 銀
▲同歩成 △同 金 ▲3四歩 △3六角 ▲6七玉 △4六香
▲3三歩成 △同 玉 ▲4五銀打 △5五桂 ▲7八玉 △6六桂
▲8九玉 △4五角 ▲同 銀 △7八銀 ▲同 金 △同桂成
▲同 玉 △8七金 ▲同 銀 △6七銀 ▲8九玉
まで143手で先手の勝ち
↑
何じゃこりゃ?
私は序盤で将棋が悪くなるということはめったにないと
いう自信がある。
飛角銀桂の総力の結集した今、
ここで▲45歩が突けなければ将棋はやめた
方がいいようなものだ。
当たるを幸い、パクリパクリと皆取って食うのが
私の棋風。
こんな歩は皆取ってしまう方が大体
あとの結果がいいと思う。
(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)
失礼ながら、正直言って永井兼幸さんの
ご棋力もお相手さんのご棋力も四段には程遠いように感じる。
不思議である。
その永井兼幸さんの観戦記ですので何かと面白いです。
著者のひとり、児島さんは広告を掲載されてるが
棋譜の収録は無く残念だ。
他にも「無冠の帝王」とか「永田町の羽生」とか
「将棋大好き(ハートマーク)」とか
棋譜掲載の無い個人がおふざけ広告を出されている。



















