将棋関係資料を段ボール2箱片づけたので中断して

アドラーさん研究に戻る。

こちらの方が知らぬことがまだ多くて実りが多いから。

 

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アドラーさんの死から8年経って
第二次世界大戦が終わった時には
ほとんどの後継者たちはナチの迫害の犠牲で
残っていなかった。
なので主にアメリカに亡命していた弟子によって

アドラー心理学は復興した。
弟子:

1)Rudolf Dreikurs(ルドルフ・ドライカース)さん

1897.2.8~1972.5.25 75歳
2)Heinz Ansbacher(ハインツ・アンスバッハー)さん
1904.10..21~ 2006.6.22 101歳


そのDreikursさんの弟子:
1)Bernard Shulman(バーナード・シャルマン)さん、
2)Oscar Christensen(オスカー・クリステンセン)さん、
3)Harold Mosak(ハロルド・モザック)さん
Dreikursさんの娘:
Eva Dreikurs Furgason(エヴァ・ドライカース・ファーガソン)さん

(1929年~)2025年現在96歳

 

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野田俊作さん

1948.3.10~2020.12.3 72歳

 

●私は1982年に34歳でシカゴに留学して

Bernard H. Shulman(1922~2018年11月24日96歳)先生、

Halold H. Mosak(1921年~)先生など当時の第一級の

アドラー心理学者研究者から教えを受けた。

その後もアドラー心理学の集会に出掛け、

自分の解釈と海外の学者の解釈とを擦り合わせて

出来るだけ正確なアドラー心理学解釈を

日本に伝えるようにしてきた。

びりたんが興味を持ったのは明治3年生まれの

アルフレッド・アドラーさんがどんな思想を持っていて

名義貸しのものも含めて著作で何と書き残されたか。

弟子の発展させた理論や弟子の思想じゃない。

 

●私の仕事。

1)不登校児、非行少年本人及び親の心理療法

2)不登校児、非行少年本人及び親の再教育訓練プログラム作成

3)カウンセラー養成

●アドラーさんの考えは好きだが、

私はアドラー派と呼ばれるのは好きじゃない。

自分は自分で何派でもない。

アドラーさんはたくさんいる私の友達のうちのひとりに過ぎない。

みんなが安心してくれないから「アドラー心理学」という

看板にしているだけ。

で、野田思想に過ぎず、アドラーさんは関係無いと。

●アドラー心理学で治療者がクライアントに対し

不安を乗り越えてくれるようにする工夫を「Encouragement」と言う。

「勇気づけ」とか「勇気」とかいう言葉を使うことに

なっているが、何となく野蛮に感じあまり良い訳ではなく好きじゃない。

アドラーさんが用いたドイツ原語は「mut(ムート)」。

日本語の「気」に当たる。

気力、元気、根気、やる気、勇気を全て含めて「mut(ムート)」。

活力、バイタリティというようなものだと思って良い。

前向きの姿勢というような言い方でも良い。

ドイツ語の原語に言及されてるのは良いな。

フィツジェラルドさんの「The Crack-up」(1936年)の
『vitality never “takes.”』が浮かんだのは的を得ていそうだ。

 

 

●今までと同じでいるという努力を止めること。

性格を変えないでおく努力を止めること。

●ご主人をいつも罵ってる嫁。

罵り続けてご主人がいっそう嫁のことを好きになるか

だんだん嫌いになるか聞くと

「今でも十分嫌われている」と言う。

これは事実を直視させようとする勇気づけ。

「ご主人を罵るのを止めろ」と言っても

「だったらどうしろと言うのよ?

黙って好き勝手にさせておくのか?」と言われる。

「結婚以来、一度も旅行も映画も連れて行ってくれた

試しがないじゃ無いの!」では無く、

「ねえ、今度一度映画か食事に連れて行って下さらない?」と

甘えてみるよう助言する。

●「すぐ暴力を夫がふるう」と言う嫁。

こんなことを言うとどこかからクレームが入るかもだが

相手が全て悪く、可哀そうな私と被害者意識を持ってゲームしてるが

嫁にも暴力をふるわれるだけのことがある場合もある。

ご主人の帰宅が遅い場合の行動を聞くと

ガミガミ罵ってプイと横を向いて寝ると言う。

結構嫁も攻撃的であることが分かる。

それで罵ってもご主人が早く帰ってくる効果は無いと。

なので、ご主人が逆上したら皿でも何でも投げつけろと

アドバイスした。

次回の面談で「もっと殴られました」と報告を受けた。

嫁が高圧的になればなるほど、ご主人が暴力的に

なることを理解してもらえたので

ご主人にもっと優しくしてみる案を提案した。

●「ライフスタイル」をアドラーさんは「レーベンスシュティル(Lebensstil)」という

ドイツ原語を使っていた。

「Leben」は生命、人生、生活の3つのニュアンスを含めたもの。

ドイツ語の「stil」の語源は「文体」で「型」のこと。

本当は「Lebensstil」のままの方が良いが発音し難く、馴染みが無くとっつきにくい。

仕方なく、「ライフスタイル」という言葉を使っている。

言葉、眠り方、食事の仕方、果てはウンチの仕方まで全てを支配しているスタイルのこと。

性格と言っても構わない。

●アドラーさんはいい加減な言葉遣いをする人。

「ライフスタイルとはセルフである」とかたわけたことを

のたもうている論文もある。

今、生き返って私の試験を受けたら落第させてやる(笑)

●アドラーさんは性格の固定する年齢は初期では4、5歳でもう

なんて書いていたが、死ぬ頃にはだいたい10歳という線を出した。

その後、後継者たちが思春期が終わる頃と年齢を引き上げた。

●アドラー心理学は他の心理学と違い、

実際に子供を観察し自分で子供を治療しながら理論を組み立ててある。

彼は神経症よりも非行や学校不適応の問題児児童の多い児童相談所で

活動した。

●アドラーさんの児童相談所は金が無くてドアが無かった。

待合室で順番待ちの人にもカウンセリングが見える

公衆の面前方式だった。

他人の心理療法を後ろで聞いてるだけで身につまされて

変わっていく効果があった。

患者本人にもみんなで自分の問題を考えてもらってると

感じられる利益があった。

●アドラー心理学はルーズというか寛容というか、

人によって、国によっても違い、

喧嘩にもなるが共同体感覚があるので、

建設的な論争になるように注意しており、

破壊的な喧嘩にはならない。

●26歳のとーごーしっちょうしょーの女性患者さんの事例。

退院して数カ月して包丁を振り回しては入院の繰り返し。

退院後はしばらく寝て暮らし、そのうちゴソゴソと起きてきて

ぶらぶらし始めると。

皆は「いい加減に働け」とか「姉がそうだと妹の縁談に差し支える」とか

言い始めるそう。

母親は娘にぶらぶらされることで具体的な被害は無いが

自分の好みに合わないだけらしい。

「人間は勤勉に働かないといけない」という価値観が

この家族のライフスタイルになっている。

ずっと働けと言ってきても娘は実際に働いたことは無いのが現実。

働けと言い続けて包丁を振り回され続けることを選ぶか、

好きなようにいつまでもぶらぶらさせておく方を選ぶか聞くと

家族皆、後者を選んだ。

結果的に自ら進んで外出し始め、自分で進んで入院したと。

で、半月ほどかかっていた入院生活なのに

症状が軽いうちの入院だし1カ月で帰って来て

以降、自宅で生活できるようになったと。

●「劣等感」は正確にはピエール・ジャネ(Pierre Janet 1859~1947年)という

フランスの精神科医が言い始めた。

●「日本アドラー心理学」には初級、中級、上級の資格試験がある。

初級は筆記。

中級以上の口頭試問ではライフスタイル分析し、

治療計画を立てる問題が出る。

この事例で言ってあげると良いジョークを

2つあげよという問題が良く出る。

皮肉でも駄洒落でも無い本物のジョークを言えないと合格しない。

ジョークの苦手な日本人の合格率は低い。

●共同体の定義は同じアドレリアンでも異なる。

ただし現実のこの社会と思ってるアドレリアンはいない。

過去から未来のまだ生まれていない子供までいっさいの人類と考えていたのが

ドライカーさん。

生きているものも生きていないものも含めて

宇宙全体と考えてるアドレリアンもいる。

社会性、社会適応というような、みみっちい話では無い。

アドラー心理学は国家のルールにノーを言って

アウシュビッツで一度滅びた。

●アドラーさんも不完全な人間なのでしょっちゅう間違う。

 

「アドラー心理学を語る4 勇気づけの方法」

【はじめに】

●最近ではアドラー心理学に関する本がたくさん出版される

ようになってきたが、その多くがアドラーさんの

視点をすっかり忘れてアドラー心理学を曲解している。

野田さんが言うことじゃ無い気もする。