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若島正さんがどのようにして詰将棋に出会ったかについてはコチラ。
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【お詫び】『詰将棋の誕生』98ページに引用した、岸本裕真さんの超傑作「幻日環」の問題図に、「玉方81桂」が脱落していました。重大な見落としで、詰めが甘くて大変申し訳ありません。重版の際には訂正させていただきます。作者をはじめ、読者の方々に深くお詫びいたします。 pic.twitter.com/6sOFrSF70S
— Problem Paradise (@propara) August 26, 2024
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98ページの岸本裕真さんの「幻日環」の問題図は
「玉方81桂」を忘れているらしい。
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若島正さん。
1952年8月10日生まれ。
本書の出版は8月21日なので誕生日を迎え、72歳。
職業は
1)英文学者
2)翻訳家
3)日本将棋詰将棋作家
4)西洋チェス・プロブレム作家
作品集は
1993年「華麗な詰将棋 盤上のラビリンス」
2001年「盤上のファンタジア」
2019年「盤上のフロンティア」
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詰将棋の古典はタイトル無しの献上図式で、
江戸時代の後年に何度も題名を変えられ
商業出版されていたりして分かり難い。
なのでデータベースアナログ資料として優秀な
全日本詰将棋連盟様著の「古今詰将棋書総目録」(2008年)を参照。
価格は2,000円。
三代伊藤宗看さん著序題「象戯圖式」1734年。
1732年享保の大飢饉の頃だ。
通称「将棋無双」。
伊藤看寿さん著序題「象棋百番奇行圖式」1755年。
出版名は「將棊圖巧」。
通称「将棋図巧」。
かなあ?
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●上田吉一さんも私も過去の思い出話が嫌い。
今作っているものにしか興味が無い。
新しいものを作るには過去に何が作られたかを知らねばならぬ。
●「玉方は手数が最長になるように逃げる」というルールが
明確に定まっていなかった時代の「無双」には
作為手順よりも玉の逃げ方によって手数が長くなる
「変化長手数」(変長)という疵があり、
不完全策で詰将棋として成立していないものもある。
度を越えて長いものまである。
●意見が分かれる為、いまだに詰将棋のルールは成文化出来ていない。
暗黙の共通理解として不文律のままでとどまっている。
●「無双」は「取れる駒を玉方が取らない」という実戦では損で浮かび難い
手筋が作品の中心になっている。
「無双」以前も作例は存在したがテーマにはなっていなかった。
●「無双」73番は現代人なら見落としようが無い
焦点の中合いを見落としており、2か所も不詰めのうっかりがある。
鬼宗看さんは強烈な捨て駒は凄かったが
焦点の捨て駒に弱かったと解釈している。
●恥を忍んで告白すると、煙詰めが量産され、長手数記録も塗り替えられた時代に
詰将棋の世界に入った私は、これまで追い越されたという認識だった
遺物の古典詰将棋をあまり勉強したことが無かった。
他のマニアも古典詰将棋で世界を知ったという人はほとんど
いないのでは無いか?
ところが詰将棋を知って50年が経ち最近になって、ようやく
昔に何が作られたのか「無双」や「図巧」が気になり始めた。
新しいことをやろうと思ったら昔の勉強をしないと話にならないから。
たいていのアイデアの原型は「無双」、「図巧」にあると
分かってきた。
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●対談相手の上田吉一さんは
1949年4月28日都に生まれの75歳。
作品集は
1981年「極光」
2001年「極光21詰将棋作品集」。
●15歳頃に上田さんには初めて会った。
●上田さん:「無双」、「図巧」は変化紛れの整理が出来ていないだけ。
若島さん:「図巧」は全体的に力の入れ加減が平均的。
「無双」は妙に力が入っている問題と意識的に力を抜いている問題とまだら。
●上田さん:「無双」以前に既にきっちりした問題が作られてるのに
「無双」ではルール上成立していない失敗作の問題があると認識している。
●ひと昔前は米長さんの発言もあり、
「無双」&「図巧」に取り組むプロ棋士はいた。
時代は変わり、現代の奨励会員は古典は解かず、
若島さんや上田さんの作品を解いている。
●チェスプロブレム発展は詰将棋より遅く1850年頃。
その頃イギリスで出ていた「チェス・プレイヤーズ・クロニクル」
という雑誌に「インドの問題」が掲載されたのがきっかけ。
●「無双」はそれまでの作品のように継ぎ足し方式の単純な逆算で
作られてはいない。
作品全体の設計図を考え、伏線を張っている。
●「無双」は最終手で効果が出ておしまいみたいな作品が結構ある。
「図巧」は捌きや後片付けがある。
●逆算で作った「無双」14番の準煙詰めはどこから作って良いのか
分からなかったのか下手。
●「図巧」は収束から逆算式創作法で創られたものが結構ある。
後ろの方でちょっと捨て駒が出ておしまい。
●「図巧」はテーマが終わっても収束するのに
10~20手もかかるものが割とある。
●「無双」にもどう終わったら良いか分からず、
祭りが終わったのに後半まとめ損なってる
ひどいのがたくさんある。
ひど過ぎる94番が典型。
●「無双」は質駒を取るか取られるかということをやってるだけで
2本のラインを消す焦点という考え方が無い。
●「図巧」は飛び道具の作品集の印象。
●実戦から乖離し詰将棋特有の世界になったのは「無双」から。
しかしまだ作品にはなっていない気がする。
無駄なものが全て排除され、詰将棋の総合的なものが全部揃ったのは
「図巧」から。
●指し将棋だけ指してれば良かった三代宗看がどうして
前例が無かったところから取れる駒を取らないと
いう筋を突然思いついたのか?
三代宗看は宇宙人みたい。
看寿さんはどうしてそうした泥臭いものを洗練させることが出来たのか?
●「無双」は初心者が無理やり作ってるような初形図。
駒の配置が神経に障る。
「無双」は見るのも嫌という人もいて人気が無い。
「図巧」の初形図は美意識が優れている。
素晴らしい手順が出て来そうという雰囲気で実際にそうなる。
江戸時代は鎖国じゃ無かったとされており、
西洋の美学が影響しているのでは無かろうか?
●「無双」はどれも苦労して力づくでねじ伏せましたみたいな作品。
手順は出来ていても作図の途中みたいに最良の構図になっていない。
「図巧」は苦労の跡が見えない。
「図巧」49番はテーマが看寿さんでも難物だったのか例外。
形がガチャガチャしており、効率も悪く収束も間延びしている。
●「図巧」は「詰むや詰まざるや」とは無縁。
剛腕でも無くそこそこの棋力があれば解ける。