「『地を這う闘志、タールの粘り

第11期新人王になった森信雄四段』

奥山紅樹」

 

●「なんや、サエんなぁ…」とは、森が局後の感想戦で

連発するお得意の台詞だが、森将棋には妙手一発の

派手さはない。

追い込まれてからの、ふてぶてしい開き直りと

抜群の勝負勘、いがらっぽい煙をあげながら

路面を黒光りしつつ押し寄せるコールタールの

ように、べったりと相手に密着するヨミの力である。

盤上における森の個性は、そのままこの人の

生きざまの個性である。

どこかいつもマイナスを背に行為を決断

するようなところがある。

自分のことを根っからの悲観論者と言って森は笑う。

●森が棋士になったのは24歳の時。

21歳3級からわずか3年で7階級特進した

スピードの持ち主だが、関西本部での評価は

ともすれば低かった。

一般アマ棋客の間にも森の名は殆ど知られてなかった

と言って良い。

将棋界には弱い方の森と強い方の森がいる。

えらい森違いや。

こんな台詞が関西本部でささやかれていた。

19歳で愛媛から上阪、奨励会入りした森は

機械工場、洋服屋、スレート瓦工場などを転々とし、

生活費を稼ぎながら将棋修行に励んだ。

ようやく一人前になったのも束の間、

森をある日、突然の高熱が襲った。

「結核です。長期療養が必要…。」

医者の診断に森はサナトリウム入りした。

26歳の時である。

結局は医者のとんでもない誤診という悲喜劇だったのだが

そのことが分かったのはずっとのち。

この療養生活が森の人生観を変えた。

医者を含め、およそ人の評価ほど

当てにならないものは無い。

結局は常に最悪の事態を想定した上で

あらゆる幻想を持たず、自分の足で立って

歩くほかは無い。

森は悟った。

療養生活を終え、棋界に復帰した森は

晩学よ、非力よの仲間評に耳をふさぎ、

「今に見ておれ、きっと名を上げてやる」と、

長編詰将棋にコツコツ取り組んだ。

森将棋にみる、中終盤の切れ味、

密着しながら相手を押し戻していく力は

この期間に養われたものである。

●森は幼児の頃、ハシカ熱が元で、

涙嚢炎にかかった。

母トミ子さんは失対事業で働きながら

子を連れて医者に通った。

あどけない我が子の顔が高熱の後遺症に歪み

片方の目は開いたまま、もう片方は薄目の

ままなのだ。

それだけではない。

涙の調整が利かないのである。

それは今日まで続いている。

「けど、ほんに我慢の強い子でねぇ。

一言の苦痛も言わん。

あれ買って、これをしたいの無理も

言わんかった。

親の苦労する背中を見て育ったからですやろか?」

郷里愛媛県三島市に住むトミ子さん(55)の回想である。

のちの信雄が人一倍目を使う棋士という職業を

選択したと聞いて、この母はひとり声を殺して

忍び泣いた。

●森はすっくと仁王立ちになり、白熱した

電灯をあおぎながら目薬を点眼する。

薬液が森の目じりから顎を伝わり

涙のように光った。

●決勝三番勝負に挑む抱負。

「本当のこと言うとね、今生活が苦しいんですワ。

稽古止めてますやろ。

対局にしぼっとるさかい、金あらへん。

先月なんかひどい話や。

対局料前借りしてアパート代払ったり

してましてん。

まあ何とか生活は出来てますけど。

新人王戦の賞金、魅力ですわ。

こんなこと言うと、活字になるといやらしいよって、

あんまり言えへんけど、優勝して賞金もろうたら

借金も返せるし関西将棋会館の寄付も出せるし」

関東と違い関西の若手は好条件の稽古先も少なく、

将棋の副業にも恵まれない。

連勝したところで一局一万五千前後の対局料では

知れている。

対局と研究だけでは生活できないのである。

しかし森はそれを断行している。

稽古先を極力しぼり、関西本部のすぐ近くに

居を移し、毎日のように関西本部に顔を出して

誰彼を捕まえては将棋を指す。

実戦譜を並べる。

こうした将棋生活を送っている若手が

関西には森、脇、児玉と少なくとも3人いる。

誰かがこれを「関西の3ケツ」、三人の金欠棋士

と呼んだ。

中年の観戦記者である私を打ったのは

森が貧乏であるということではない。

それを隠そうとせず、淡々と「賞金が

欲しい事情を言う森の率直さであった。

森のネクタイ姿は新人王戦3番勝負

以外に見たことがない。

森はいつもサンダル履きのまま、中古の

自転車を漕ぎ、セーター姿で関西本部にかけつける。

水色の浴用タオルと目薬を持参して。

難解な中終盤に目薬を点眼しいしい、タオルを口にあて、

立て膝になり反撃していく森の姿には

何やら地を這うような趣がある。

森が寄せに入るとどこからかヨイトマケの

歌が聞こえてくる。

困難に口を結んでどん底から読みを開始する

「どっこい生きている」のハングリー将棋。

東京の方じゃゼニが欲しくて将棋を指すと

言えば眉をしかめる人々もいるだろう。

しかし賞金が欲しくて決勝三番勝負を

戦っても少しも恥ずかしくなんて無い。

プロである以上当然だよ。

と、私は森に答えた。

●インタビューで「活字になってああや、

こうやと持ち上げられるのん、好かん」

ずばりと言ってのける剛直さと合わせ、

今期異色の新人王誕生は晩秋の

棋界にひとつの収穫であろう。

関西にもうひとりの強い森が生まれたのである。

 

手合割:平手  
先手:森信雄
後手:島朗

▲7六歩    △8四歩    ▲2六歩    △8五歩    ▲2五歩    △3二金
▲2四歩    △同 歩    ▲同 飛    △2三歩    ▲2六飛    △8六歩
▲同 歩    △同 飛    ▲7八金    △8二飛    ▲9六歩    △8六歩
▲8五歩    △8七歩成  ▲同 金    △8五飛    ▲8六歩    △8二飛
▲7七桂    △8四歩    ▲7五歩    △6二銀    ▲7六金    △4一玉
▲4八玉    △4二銀    ▲6五金    △4四歩    ▲7六飛    △7二金
▲3八銀    △3四歩    ▲3九玉    △4三金    ▲7四歩    △同 歩
▲同 金    △7三歩    ▲7五金    △3二玉    ▲4六歩    △8三金
▲7八銀    △1四歩    ▲2八玉    △1五歩    ▲6九銀    △5四歩
▲5八銀    △9四歩    ▲6五桂    △7二飛    ▲8五歩    △同 歩
▲8四歩    △8二金    ▲8五金    △6四歩    ▲8六飛    △6五歩
▲9四金    △6三銀    ▲8三歩成  △5二飛    ▲8四金    △1六歩
▲同 歩    △2六桂    ▲8二と    △同 飛    ▲8三金    △5二飛
▲9二金    △同 飛    ▲8一飛成  △7二銀    ▲8六龍    △1八歩
▲同 香    △同 桂成  ▲同 玉    △8一香    ▲8三歩    △9三飛
▲8二歩成  △同 香    ▲同 龍    △8三飛    ▲7二龍    △8八飛成
▲2七香    △3五角    ▲4一銀    △同 玉    ▲2三香成  △1六香
▲1七歩    △同 香成  ▲同 桂    △同 角成  ▲同 玉    △2五桂
▲1六玉    △1五歩    ▲同 玉    △1四歩    ▲2五玉    △3五金
▲1六玉   

まで115手で先手の勝ち

 

森信雄さんについては疑問に思っていることが

多々あったので、とっても勉強になりました。

 

 

こちらは1980年一月号の紙面です。

1981年の紙面より、「王将メダル」の

印字品質が良いので。

 

 

免状申請用紙と「王将」のキーホルダーのメダルがもらえたようです。

 

 

「翔べ!奨励会員

将棋以外に興味はありません

森下卓1級」

●福岡の両親は小学生の子供を東京へ出すことに反対した。

しかし本人の強い希望と周囲のアドバイスもあって

おばあさんと共に上京することになった。

花村九段の世話でおばあさんと共に

2DKのアパート住まいが始まった。

●初めのうち、奨励会対局は黒星続きだったが

花村九段は一喝した。

その時から森下少年にプロを目指す自覚が生じ

白星が先行するようになった。

●「花村先生は厳しくはありませんが、

時間には非常に厳しいです。

何でも絶対に遅れてはいけないと言われています。

将棋しか興味がありません。

先生から将棋以外に何も興味を持つなと言われています。

推理小説とか心理学の本を読みます。

高校へは行きたいと思っています。

その前に四段になってしまったらどうするか

分かりませんので花村先生に相談します。

将棋の修業は辛いです。

好きな食べ物はスジコです」

 

手合割:平手  
先手:田中正信1級
後手:森下卓1級

▲7六歩    △3四歩    ▲2六歩    △4四歩    ▲4八銀    △4二銀
▲5八金右  △4三銀    ▲5六歩    △4二飛    ▲6八玉    △6二玉
▲7八玉    △7二玉    ▲9六歩    △8二玉    ▲5七銀    △9二香
▲7七角    △9一玉    ▲8八玉    △8二銀    ▲7八銀    △7一金
▲8六歩    △1四歩    ▲1六歩    △5二金    ▲8七銀    △3三角
▲2五歩    △6二金寄  ▲7八金    △7二金寄  ▲6六歩    △4五歩
▲6七金右  △4四銀    ▲8五歩    △3五銀    ▲8六角    △4六歩
▲2四歩    △同 歩    ▲4六歩    △同 銀    ▲5三角成  △5七銀成
▲4三歩    △6七成銀  ▲同 金    △1二飛    ▲4二銀    △4六歩
▲3三銀成  △同 桂    ▲2四飛    △4七歩成  ▲2一飛成  △4五桂
▲4二歩成  △5七桂成  ▲7七金    △6八銀    ▲7八金    △6七銀
▲4四角    △7八銀成  ▲同 銀    △5八と    ▲8四歩    △7九銀不成
▲同 玉    △6八と    ▲8八玉    △7八と    ▲同 玉    △6七銀
▲8七玉    △8五金    ▲7七銀    △6八成桂 

まで82手で後手の勝ち

 

 

△57桂成では△57と▲77金△68と、が良かった。

こうしておけば先手は角が切れなかった。

 

 

△67銀は重い。

△78銀成として△58と、と入った手順もやや疑問。

大差なので大勢に影響しないけど。

 

うーん?これは奨励会1級の対局でしょうか?

あまりにも大差でお粗末過ぎる気がするのですが。。。