P5~P74まで大山さん特集。
全112頁。
現在、大山康晴記念館に展示してあるという
お母様手作りの駒袋です。
何と、毛糸製だったのですね。
康晴少年は腰に吊るして稽古に通っていたそうです。
お母様の千佐世様の談話
「康はどういうわけですが、(駒袋は)
大事にしとったようです。
今でこそよく字を書いとるようですが
子供の頃は本当に下手糞な字だったんですよ。
珠算だけはよく出来とったようですが」
何故「大」なのでしょうね?
1)康
2)やす
3)ヤス
4)や
5)ヤ
6)やすはる
7)大山
色々候補はありそうですが。。。
大山さんが自分の半生を詩にして
三沢あけみさんが紅白歌合戦で歌って
評判になった曲が「勝負」だそうです。
「母の手作り この駒袋 見れば闘志が 燃え上がる~♪」
↑
私だと「大」なんて余計な恥ずかしい刺繍は止めてくれと
言いそうです。
こちらはおそらく7代目駒権さん、国島権次郎さんの作であると
思います。
略字彫りではありますが荒々しい大坂彫りは見入ってしまいます。
初段になったお祝いに贈られた駒だろうと思います。
ちなみに8代目駒権さん赤松元一さんが
特に8代目を名乗ることを7代目より認められたとか
そういうことは無かったという噂ですね。
結構汚れみたいなものもあります。
写真の掲載は控えますが、
初めての将棋盤はお父様手作りのようです。
昭和五年正月と揮毫してあるように見えます。

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★スポーツ界は野球の王、相撲の双葉山、
記録がはっきりと残っている。
ところが将棋界は関根金次郎、木村義雄、坂田三吉は
もちろん、升田幸三、塚田正夫…どこでどう戦ったか、
勝敗も記録が全く整理されておらず不明である。
全棋士の全記録が残っているのは昭和29年以降。
古いものはほとんど戦災で焼失してしまった。
★大山さんは「棋譜覚書」というノートをつけていた。
(例)
昭和十五年九月一九日
大成會事務所にて 香落 六段松田興三助 四段大山康晴
此の将棋はあまり良過ぎて最後に至り緩手連続して敗れた事は
あほらしいやう 馬鹿げて仕方がない
何でこんな将棋を負けたか分からん。
考へるより手の方が先に行つて仕方がなかつた
之を負けたので三?一員九十五?と成る
今後こんな事のない様に気をつけて指さねばならん。
※棋譜は書き間違えて二重線で消している箇所が
1つの棋譜で3か所もあります。
また棋譜で抜け落ちた指し手を書き加えている部分も
1か所あります。
★50歳になって50の新人だというようなことを
言いだして張り切ってやり出した。
普通54歳ともなると円熟の境だが
従来の超持久戦から非常に激しい将棋の内容に変わった。
それからしばらくしてまた元に戻った。
急戦をやっていた時もずっと成績は良かった。
★原田さん「大山さんと私は同年ですが
私と違って気迫、体力とも超人的な人間でびっくりする」
★37年間一度も不戦敗も休場も無い。
★超人的スケジュールをこなしている。
54歳ともなると「正直なところやっぱり疲れますよ」らしい。
★タクシーに乗っていてもすぐに寝る。
話しの途中で返事が無くなったらもう寝ている。
ライオンみたいないびきを立てて寝るので
相当に疲れてはいると思われる。
8時間の睡眠が必要とするなら
大山先生は旅館で3時間しか眠れなくても
バス、新幹線とか、どこでも寝ることで
計算しているに違いない。
★夜汽車で帰ってきて常人ならゆっくりするところ、
大山先生はスケジュールがびっしりでそのまま
ゴルフに出かける。
もちろん夜汽車ではライオンみたいないびきを
かいて寝ている。
★原田さん「昔は私みたいな細見の体格だったので
今日みたいに丸々とした身体になるとは思いませんでした(笑)。
昔は中原さんよりももっと静かな印象だった。
言葉も少ないし足も崩さないし。
小さな声で「持ち時間は何ぼですか?」って
今でもどちらかというと女性的な声ですが
とにかく謙虚な態度でした。
それが貫禄がついて今じゃ
「オイ、仕度だ&仕度だ!麻雀だ!」って(笑)。
★原田さん「彼はホテルに泊まっても
非常階段があるか、縄梯子があるか調べますね」
加藤治郎さん「全て防ぎ、防ぎなんですよ」。
★永井英明さん「とにかく忙しい方で
のんびりしているのが嫌なんですね」
加藤さん「それも自分だけじゃなくて
周りの人間もそうさせちゃうんだ(笑)」
永井さん「そうそう。他人がのんびりしているのも
気に入らなくて、何かしていないとご機嫌が
悪いんです(笑)」
加藤さん「3人分は生きているんじゃないかな?」
原田さん「いやいや。怠け者の10人分はあります(笑)」
★新幹線が止まり車で対局場に向かうことになり
その試合は負けてしまった。
しかし大山さんは言い訳をしなかった。
彼は全部実力だと思っている。
前の日に友人が来て一杯飲まなくては
ならなくなるのも実力のうちと考えているに違いない。
★加藤さん「木村名人も含めて一緒に満州に慰問に行った時は
3等車の板の腰掛けに33時間乗せられました。
私ら若かったんですけど、もうお尻が痛くて痛くて(笑)。
木村名人もものすごい顔して寝てたもんね。
それでも大山さんはジイッっと寝てるんだ。
その寝顔を見て、これだから将棋も強いのかな?
と思いました」
★加藤さん「あの人が長く続いているのは
スパーッと勝たないでしょう。
ゴチャゴチャしているうちに勝ちに持って行ってしまう。
だからあの人の将棋を研究しても真似が出来ないんだよね」
永井さん「先生に勝つ秘訣は何かお聞きしたら
結論を急がないことだとおっしゃられます」
加藤さん「升田流に鮮やかに寄せ切って
勝っちゃうと、かえって誰もがすぐに覚えてしまってね。
大山さんは他人に真似されないように真似されないように
指しているみたい」
★大山さん談:
阪田三吉さんの記録は12回ほどとりました。
坊やご苦労だったなと毎回5円をくれた。
昭和15年の5円はうどん7銭、煙草7銭、
米1升35銭、食堂のライスカレーでも10銭
の時代だったのでありがたかった。
★大山さん談:
召集令状がきたので入隊前に7段になりたいと
6日連続で手合いをつけてもらった。
6日連続で真剣勝負をしたのはこの時のみ。
★大山さん談:
大阪4段の月給が15円⇒東京4段は45円
大阪5段が22円、
大阪6段が30円、
大阪7段が45円⇒東京7段は200円。
大阪組の大山さんや升田さんは
東京の半分ぐらいの待遇は欲しいと要求したが
お前たちは弱いのだから、東京を
負かすようになったら待遇を考えてやると言われた。
今の若手棋士には打倒東京などという
対抗意識なんて分からないだろう。
★大山さん談:
他の人との対局は、どこかに余裕があった。
だから自然に対局前夜の雑談にも花が咲くし、
対局中にも世間話が出てきたりして
勝敗に関係なく対局後の印象も違った。
しかし升田さんとの場合はそういう
ムードは全く無かった。
無駄話は無し。
トイレに行っても用を済ますと
庭を眺めることも無くすぐに将棋盤の前に戻った。
油断は出来ない。
よそ見なんてとんでもない。
1秒でも多く将棋盤の前に座っていることが
相手を精神的に圧迫するだろうし、
ちょっとした動きも見逃さないという
不安感、緊張感があった。
中原さんと指していても、年齢の違いもあるだろうが
そういう気持ちにはなれない。
死に物狂いの気迫というのは升田さんとの将棋だけだった。
★大山さん談:
この頃は深酒はしませんが、前は随分失敗しました。
意識がなくなってひっくり返ったことも
5、6度ではありません。
★大山さん談:
どこに行っても名人だ&名人だと見つけられるが
偽物扱いをされたこともある。
本物なら一番教えてくれと言うので
仕方ないので部屋まで連れて行って
飛車落ちを指し始めたら「こりゃ本物だ!」って(笑)。
次々と仲間に電話をして「本物の大山さんだから
急いで歓迎会の準備をしろ」って(笑)
★大山さん談:
殺人的なスケジュールの健康法ということですが
50になるまではマイナスになりそうなことを
避けてきたぐらいです。
50を過ぎてからは汗をかくことを意識しています。
それとその日の仕事を後日に持ち越さないこと。
自分の仕事を時間でチェックしています。
この仕事は何時までに終わらせなければならないと
出来るだけ守ります。
そうすると気の使い方も違うし疲れません。
いつまでかかるか分からないダラダラと続く
仕事の仕方だとすごく疲れます。
でも私の場合は几帳面だからそうするんじゃなくって
仕事の時間をぬって実は何とか遊んでやれと
いうわけなんですけど(笑)
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P86~P89までは駒づくりを楽しむ会の記事。
文章は主催熊澤良尊さん。
★初段ぐらいの実力に上達してくると良い盤と駒が欲しくなってくる。
しかし最近では良い駒は非常に少ないし、値段もベラボウに
高くなってしまった。
そこで多少工作に自信がある者なら自分で駒が作れないか考える。
私は4年前駒作りを始め、周囲の人々、環境、次々とチャンスに恵まれ
挫折する事なく今日に至っている。
駒作りを楽しむ会はその間の浅いながらの経験や技術を
活かせるのではと、今年(1977年)の1月、結成したばかりだ。
動機は自分一人で得意になっているより、
大勢の仲間と一緒に駒作りをした方が意義深いと考えたこと。
やりたくてもできなかった人たちの夢を実現させる一助にもなるし
仲間が増えれば駒作りの底辺を広げることにもなる。
良い駒が作れる何人かの人も育つ。
秀れた駒が極端に不足している将棋界の現状に役立つはず。
会がスタートして半年で会員は200人を超えた。
ぼつぼつ協力者も出てきている。
人の為だけでなく自分の為にも長続きさせねばと考えている。
★パーティーは定期的に続けたい。
知識や技術の修得ばかりでなく、
未知、旧知の仲間と出会い、話し合えることが素晴らしい。
★駒作りをしながら色々な駒の勉強をしてきたが
駒に関する資料はわずかに数見するだけで
まとまった本なぞは皆無である。
現存する古い駒、素晴らしい駒、珍しい駒、などを
写真に撮り、解説を加え、駒に関する周辺知識を
網羅した一冊の本を作りたい」というのが
私の夢である。
かなりの作業で資金も必要となるので
焦らずライフワークのつもりでやっていきたい。
★入会:駒作りをしない人でもOK。
入会者には創刊号からの会報を送る。
↑
アカシヤ書店様には「駒づくりを楽しむ会」の会報の
在庫はないようです。
プロ転向前の熊澤先生が非常に興味深いです。
