押上の若大将 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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今、やっているTBSテレビの深夜枠ドラマ『おじいちゃんは25歳』、面白いねえ。

そんでもって、そのドラマの舞台が東京下町の押上。

今やスカイツリーですっかり有名になっちゃったけど、昔は全然知らなかった。

なんてことを書いてしまう僕にとって、押上を一躍有名にしたのは、今から40年前、日大三中の野球部時代のチームメイトの長谷川なんだな。

中1のとき、野球部の最初のミーティングで監督から、「家は何処なの?」という問いかけに、スッと席を立ち、「押上で饅頭屋やってます!」と答えた長谷川。

その頃、目黒に住んでいた僕は押上って何処だよ?千葉か?埼玉か?神奈川か?って感じだった。


それから一年くらい経ってからかな?生まれて初めて押上に行ったんだけど、当時はあまりの遠さにびっくり。

でも、長谷川、いい奴だったなあ。加山雄三さんが好きで、誰も呼びはしなかったけど、勝手に自分のこと若大将って言ってたなあ。ピッチャーだった長谷川は、反動をつけて腕の振りを大きくするんだと言って、グラブに液体オイルをたくさん塗って、塗りすぎて、あまりにグラブが重くなって、それでピッチャー・ゴロを補りに行くのに苦労してたよなあ…。なんせ、鉛のような重さのグラブだったもんなあ。買ったときは黄色のグラブが焦げ茶色に変色してたもんなあ。おまけに長谷川のグラブに収まったボールはいつも油でベタベタしてたしなあ。誰かが若大将じゃなく、馬鹿大将って呼んだりもしたなあ。

デッドボールがこめかみ近くのニキビを潰して、泣いちゃったこともあったよなあ。好きな女の子の写真がどうしても欲しくて隠し撮りしようとなって、チームメイト皆で協力してやったにも関わらず、一枚もまともに写っていなかったもんなあ。今なら犯罪だよ。

みんなでマラソン・コースをチョンボしようぜっとなったときも、一人だけ
「俺はちゃんと走るぜ」とあまのじゃくぶりを発揮したのも長谷川だったなあ。一人で走るときは、しょっちゅうチョンボしてたくせにな。

でも皆、そんな長谷川が大好きだったんだよなあ。

今、どうしているんだろう…。押上にいるのかなあ…。

僕にとって、押上といえばスカイツリーじゃないんだよ。そう、長谷川なんだよ。“押上の若大将”長谷川なんだよ。若大将、連絡ちょうだいよ!また三中野球部のメンバーで野球やろうよ!