『ロカ恋』親子初共演、かく成功なり! | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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8月24日から26日まで、東京・江古田の「Buddy」に於て、昨年好評だった音楽劇『ロカビリーに恋をして』が上演された。
再演ではなく、演出家の青木哲也さん書き下ろしによる続編だった。

昨年は、多摩ニュータウンの楽器屋が舞台だったが、今回は繁華街のホスト・クラブが物語の舞台となっていて、前作よりストーリー性アップの作品となっていた。

公演は全4回行なわれ、すべてが満員、最終日には大入りが出るほどの盛況ぶりだった。

今回もまた、劇団サンハロンシアターの個性的な素晴しい役者さんたちが、僕の素人演技を支えてくれた。
そして、酷暑と言われた真夏日々のなか、わざわざ劇場まで足を運んで下さったお客さまたちがそこにいた。こういった皆さまに、心から感謝の気持ちでいっぱいである。
本当に、本当にありがとうございました!

さて、今回の舞台には、僕の小学6年生の娘も出演した。
昨年の僕と同じく、彼女にとっても『ロカ恋』が生まれて初めての演技の場となった。
ふとしたことで、“私もやってみたい!”と言い出した娘に、“パパは自分の演技で精一杯だから、おまえのことまで面倒見れないよ。
演技指導とか厳しいけど、それでも良いのか?”と訊ねたら、“それでもやってみたい!”というので、実際に娘が歌っているところを青木さんに見に来て頂き、それでOKとなったのだが、正直、口ではそう言ったものの、やはり娘は娘である。ただでさえ、普段は親バカぶりをこれでもかといわんばかりに発揮しているロカビリー・オヤジだ。

当初は、娘の台詞はほとんどないと聞いていたから、ちょっぴり安心もしていたのだが、台本を渡されてびっくり!何と物語の鍵を握る重要な少女の役として、台詞ワンサカ状態だったのである。
のちに、青木さんから、“娘さんだったら、必ず出来ると判断してそうさせてもらいました”と言われ、うれしくもあったが、それもこれもすべてがうまくいったからの話しであって、始めは不安でたまらなかった。

思えば、昨年、生まれて初めて演技することとなったとき、髪の毛が薄くなるほどのプレッシャーが僕を襲った。
それまで、幾度か舞台なるものは観には行っていたが、見るとやるとでは大違いなのだ。
とにかく、体が動かないのだ。
普通にやれば良いと言われても、その普通が出来ないのである。
その壁は想像を越えるほど、高く、ぶ厚いもので、稽古が終わったあと、毎晩自宅マンションのベランダで、ひとり“秘密練習”をやった。
そういった経験を娘もするのかと思うと、やはり心配で心配でならなかった。

ところが、そんな僕の心配をよそに、娘は溌剌とした演技を見せた。
もちろん、最初の稽古ではそれこそ去年の僕と同じで、体と台詞まわしがガタガタだったが、次第に“演じる”ことのコツを掴むようになり、素人の演技に変わりはないのだが、その呑み込みの早さとカンの良さには、プロの役者さんたちも感心していた。

家に帰れば帰ったで、僕同様、秘密練習をするのかとばかり思っていたら、嵐のDVDとCDを、見まくって、聴きまくるという、いつもと変わらぬ毎日で、いったい、いつ練習しているのか心配になり、台詞を覚えなくて良いのか?と訊くと、もう覚えたから大丈夫という返事。
そんなはずはない、と思って、台詞を言わせたら、何と他の役者さんの台詞まで完璧に覚えてしまっていたのである。
こっちは自分の台詞すら、まだ全然入っていないというのにだ。
スポンジのようなその脳ミソの吸収力に、改めて歳の差38を痛感させられた。

少なくても、僕が知る限りで娘は、行き帰りのクルマのなか、あと寝る前に台本をちょこっと読んでいる程度しか、練習していなかった。
あとは稽古場だけ……。毎回、マンションのベランダで秘密練習をしていた僕の立場はどうなるのか?

いずれにせよ、娘は良く頑張った。
生まれて初めての演技で、いきなり東北弁での台詞を強いられ、難しい役を与えられたにもかかわらず、一生懸命演技したと思う。
彼女にとって、大きな自信を得ることが出来た貴重な夏休みとなったに違いない。
と同時に、こういったチャンスを与えてくれて、暖かく見守って下さったサンハロンシアターの役者さんをはじめ、共演者、そして演出家の青木哲也さん、さらにたくさんのお客さまに心から感謝している次第だ。

今後、娘がどのような道に進むかは定かではないが、自分も音楽家というの道を選択し、まったく悔いのない人生を歩んでいる親のひとりとして、その道を応援して行きたいと強く思う。
ガンバレ、我が子よ!