第二次対戦の日本軍の真珠湾攻撃により沈没した戦艦アリゾナの記念館の建設のため、エルヴィスは彼にとって8本目の主演映画となる『ブルー・ハワイ』の撮影を兼ねて、1961年3月25日、ハワイのブロック・アリーナでチャリティ・コンサートを行なった。そして収益金の6万2千ドルを寄付することとなった。
エルヴィスのこうした寄付活動は彼の生涯にわたって頻繁に行われており、口の悪い連中からは、税金逃れの偽善行為と非難されたが、エルヴィスは心から寄付することを使命としていたアーティストだった(2005年夏に起きたニュー・オーリンズでのハリケーン災害、彼が生きていたら、間違いなく、何らかの寄付を行なったに違いない)。ざっと挙げても、
1、1957年12月26日、トラック1台分のテディ・ベアのぬいぐるみを、全国小児麻痺基金に寄贈。
2、1961年2月25日、メンフィスで行ったコンサートの収益金5万ドルをテュペロの『エルヴィス・プレスリー・ユース・センター』とメンフィスの37の慈善団体に寄付。
3、1964年2月13日、ルーズベルト大統領のヨット「ポトマック号」を購入し、それをメンフィスの聖ジュード小児病院へ寄贈。
4、1964年12月14日&1965年12月17日、メンフィスの慈善団体に両年共、5万5千ドルの小切手を持参。
5、1966年12月12日、メンフィスの39の慈善団体の10万5千ドルを寄付。
などキリがない。そしてそのなかでも最も有名なチャリティ・ショーとなったのが、1973年1月14日にハワイから全世界に向けて行われた衛星中継コンサートだった。そのときはコンサートの収益金7万5千ドルがクイ・リー癌基金に寄付されている。
大変な寄付魔であったと同時に、エルヴィスは大変なプレゼント魔でもあった。
彼が他人にプレゼントしたクルマやバイク、トレーラーなどは300台は下らなかった。
なかには家までプレゼントされる人までいた。
また後年ラスヴェガス公演を行っている際、女性スタッフ全員にバラの花を贈ったりもしている。
【深層その1】エルヴィスが子供の頃、両親がやっと買い与えた三輪車を彼は無造作に友達にあげてしまった。訳を訊く母にエルヴィスは言った。「だってあの子が喜ぶ顔が見たかったんだ」
【深層その2】エルヴィスは、お金持ちは天国の門をくぐれないと信じていた。
【深層その3】後年、クルマ屋のショー・ウィンドウに飾られたキャデラックを眺める黒人の老夫婦を見たエルヴィスは、そのキャデラックを購入し、翌朝その老夫婦宅に届けさせた。
【深層その4】1961年3月25日に行われたコンサートは、向こう7年間で最後のコンサートとなったものだった。