1958年3月24日、エルヴィスはアメリカ合衆国陸軍に入隊した。
人気絶頂時での入隊にファンは騒然となり、各地で抗議運動が沸き起こった。
当時アメリカには18歳以上の若者には徴兵制度があり、エルヴィスの存在を良く思わなかった大人たちは「あんな奴は軍隊に入れてしまえ!」と、彼の入隊を早い時期から画策していた(全米にセンセーションを巻き起こした1956年のすぐ翌年の57年1月4日に、彼は既に徴兵を前提とした身体検査を受けさせられた。尚、結果は1Aで徴兵最適格者)。
彼の入隊は大人たちにとって、危険分子を排除するという点と、若者たちの軍隊へのイメージアップというふたつの点で、一石二鳥だった。
当初彼の入隊は1957年のクリスマスの時期に行われるはずだったが、彼が4本目の主演映画の『闇に響く声』の撮影に入っていたため、60日間の徴兵延期が許された。
入隊前、彼には他の兵士たちの慰問や、軍の宣伝要員としてのポジションが用意されていた。
過去にも多くのハリウッド・スターが徴兵されていたが、彼らはそういったポストに就くことで、辛い軍務から逃れる特権を与えられていたのだった。が、エルヴィスはこれを拒否。
週給78ドルの普通の一兵卒として入隊することとなった。
入隊後、彼は兵役についてコメントしている。
『軍隊では人間とは何かということを学びました。他人と住んだこともなかったし、彼らが何を考えているかということを知る機会もありませんでした。僕は他の兵隊より優遇されることも、差別されることもありませんでした。僕が望んでいたとおり、普通の兵隊として扱ってもらっています。入隊前には他の兵隊から冷たい目で見られるのではないかと覚悟していましたが、僕が皆と同じように軍務に就いている姿を見て、彼らも自分たちと一緒なのだと理解してくれました。彼らと仲良くなったし、みんないい奴ばかりです』
【深層その1】異例の徴兵延期が許されたエルヴィスだったが、その理由はもし映画の撮影を中止してしまうと、35万ドルの損失を被ってしまうと映画会社のパラマウントが徴兵局に説明したからだった。が、徴兵局はそのような嘆願はエルヴィス本人から直接なされるべきだと回答し、その翌日(1957年12月24日)エルヴィス自身が手紙を書いて、徴兵が延期されたという経緯があった。
【深層その2】入隊後の1958年6月10日、エルヴィスは休暇を利用して、ナッシュヴィルのスタジオで〈恋の大穴〉、〈アイ・ニード・ユア・ラヴ・トゥナイト〉など5曲を録音。
〈恋の大穴〉はビルボードのナンバー・ワン・ヒットとなった。
また9月22日にエルヴィスはドイツ(当時は西ドイツ)へと向かったのだが、そのとき行われた40分のインタヴューもレコードとしてリリースされた。
軍務に就くエルヴィスの姿が頻繁にニュース・フィルムでも流され、“2年間の兵役期間”のブランクを埋めるというマネージャーのトム・パーカーの戦略はどれも的中した。
エルヴィスの許には週に1万5千通ものファンレターが寄せられ、懸念されていた彼の人気は、下降線をたどるどころか、逆に上昇するいっぽうだった。
【深層その3】当初エルヴィス自身は、慰問などの特別任務に就くことを希望していたが、パーカーが他の兵隊と同じよう軍務に就くことを強いた、という説がある。
パーカーのなかにはこの入隊を機に、若者のみならず、大人たちをもファンとして取り込もうという思惑があったようだ。
【深層その4】歌手になる前、トラック運転手だった彼は、軍でもジープの運転手を務めた。
【深層その5】エルヴィスの軍籍番号はUS53310761、一兵卒として入隊した彼は最終的に軍曹まで昇進した。