エルヴィスは人種差別を持たない南部人だった。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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アメリカでも特に南部は昔から黒人に対して強い偏見を持っている地域だった。
そんな場所にあってエルヴィスはまったく黒人に対して差別意識がない、非常に珍しい白人少年だった。

彼が中学1年のとき、一家はテュペロのノース・グリーン・ストリートという黒人居住区(シェイラグ)に引っ越した。
プレスリー家が借りた家は一応白人家屋に指定されてはいたが、周りは黒人だらけで、白人はプレスリー家を入れて3軒あるかないかという状況だった。

エルヴィスはそこで黒人家族、黒人教会、黒人の社交クラブに触れることとなった。
はじめは躊躇したが、ほどなくしてエルヴィスはそこでごく自然に黒人の友人を作るようになった。エルヴィスは白人の友人たちと接するのと同様な態度で、黒人たちと接することができた。

そしてギターによって膨らんだ彼の音楽への情熱をさらに加熱させたのが、黒人教会から聞こえるゴスペルだった。
シンコペーションを多用するその躍動感あふれるリズムにエルヴィスの魂は大きく揺さぶられた。彼は日曜のたびに、黒人教会をのぞいては自分の肌に黒人のゴスペルを染み込ませた。

またそこでは母親からラジオで聞くことを禁止されていたブルースを生で聞くことができた。ギターのボディを叩き、自分の感情をビートに合わせストレートに吐き出すブルースもあれば、ユーモアというオブラートに包んで発散するブルースもあった。
エルヴィス少年はこの素敵な音楽も自分の肌に染み込ませた。