おはようございます。今日もこのブログを読んでいただきありがとうございます。「8月の家族たち」はメリル・ストリープが光り輝いていました。その後の一杯もすばらしく楽しい時間で夢のようでした。ほとんど何も覚えていませんが。



 さて、今日は【大金持ちをランチに誘え(32)】「ガルシアへの手紙 その2」です。今日はダンの嘆き節です。ではどうぞ。

 「今、自分の事務所に座っているとしよう。声をかければ聞こえるところに6人の社員がいる。誰でもよいからそのうちの1人を呼んで、「ちょっと百科事典を調べて、コレッジョの生涯について、短いメモを作ってくれないか」と頼んでみる。

 果たして何が起こるだろうか。その社員はすぐに「はい、かしこまりました」と答えて、その仕事をしに行くだろうか?

 そのようなことはあり得ないだろう。おそらくは、いぶかしげな目であなたを見ると、次のような質問をひとつか二つ返してくるだろう。「コレッジョって誰っスか?」「どの百科辞典ですか?」「そんなことをするために私は雇われているんですか?」「もっと暇な人にやらせてください」「生きている人ですか?」「お急ぎですか?」「何で知りたいんですか?」・・・

 あなたがこれらの質問にすべて答えて、情報の探し方やなぜ必要かなどを説明したあと、その社員が出て行っても、多分他の社員をつかまえて、あなたの「ガルシア」について話し、探してもらおうとするだろう。そして戻ってきてこういうのだ。「そんな人はいませんでした」。

 このように、自ら行動できない、道義をわきまえない、意志が弱い、気持ちよく理解して実行しようとする気持ちもない人たちが多いがために、由緒正しき社会主義は今のところ実現しそうにない。自分自身のためにだって行動しないとしたら、みんなのためになることの努力なんてできるわけがないだろう」。



 ダンはこれ以外にも無能な社員の例をいくつか挙げ、淘汰されるべきだと言います。そして、ガルシア将軍に手紙を届けたローワンのような人材こそが求められているのに、そのような人はほとんど見いだせないと嘆きます。

 現に店や工場で働いている従業員の中にも、経営者が背中を向けたとたんにサボり始める人が多いとこぼし、淘汰の法則を適用すべきだと言います。能力のない者、役に立たない者を去らせるのは適者生存の法則から言っても正しい選択で、経営者ならガルシアにメッセージを届けられる人たちを残すのは当たり前と言うのです。

 これらはダンにしてはややネガティブなメッセージなのですが、彼は自身の貧乏経験、苦労した経営者の経験を通してリアルに話しているのです。

 「貧乏そのものはすばらしいものではない。ぼろぼろの衣服は人に勧めるようなものではない。そして、貧しい人なら誰もが高潔だというわけはないのと同じように、経営者だったら誰もが横暴だというわけでもない。

 私は、上司がそこにいなくても、自分の仕事をやる人に心惹かれる。ローワンのような人に」。




 今日の記事があなたの仕事に対する態度を見直すきっかけになると信じます。

 次回は【大金持ちをランチに誘え(33)】で「忍耐強い教師『失敗』」です。お楽しみに。