積み重ね | 夢の!? インド生活日記

夢の!? インド生活日記

2011年8月にインド・デリーへ赴任した夫。12月には、私もデリーでの生活を始めました。夫婦共にインドでの留学経験があり、就職後もインド赴任を夢見て5年。
念願叶っての赴任…今回の生活はいかなるものに!?


2歳になる頃から、しゃべる言葉がどんどん増えてきた誠一郎。




家族は日本語、メイドのジーナは英語、

スクールの先生は英語・シッターさんはヒンディ語で話している。



こうした多言語の環境の中で

どのように言葉が発達していくのだろうと思っていた。




最初はやはり、日本語の単語を発することが多かったと思う。




そのうちにジーナが誠一郎をお世話する中で


「Eyes、Nose、Hands、Up、Down」


など、英単語を毎日繰り返し教えるようになると、

誠一郎も自然とそれらを覚え、言葉にするようになった。




結局子供が発する言葉というのは、

話しかける言葉の蓄積の多さによるようだ。




そのうちに、さらに興味深い変化があった。


誠一郎が、相手によって使う言語を変え始めた。

私たち家族には日本語で、ジーナや他のインド人には英語で話し始めたのだ。



「わが子がバイリンガルになってる~泣

と、驚きと感動を覚えずにはいられなかった。



最近にいたっては、プラスチックのボトルを持ってきて


私に「開けて!」


と言ったかと思うと、


次はジーナに「オープン!」


と言いに行くなど、言語の使い分けがよりはっきりしてきた。




そんな言葉の発達が見られるようになったとき、

前回のブログでもお伝えしたPTM があったのだが、

そのときの個人面談のとき



「誠一郎はスクールでいろいろなことを英語やヒンディ語で話している」


ということと同時に、


「誠一郎に、家でももっと英語で話してほしい」



と担任の先生からお願いされた。




スクールでの歌や遊びの活動の中には

英会話などの教育的要素が多分に含まれている。



今月は「Red、Yellow」などの色を教えているのだが、

誠一郎があまり理解していないために

先生はちょっと困っているらしい。



確かに家でも「赤、黄色」など、色についての言葉を

誠一郎に教えていない。



別に教えるも教えないも、言葉というのは

遊びや毎日のやり取りの中で自然に使うものだから、

私たちには特に「教える」という感覚もない。



まして使う言語は人種や国籍によって違うもの。


一般的に、日本人は日本語で話す。


それを「家での会話を英語でして」と言われても、

私たちには不自然なことこの上ない。



ジーナは英語を話すのだから、その会話は自然と英語になる。


私たちは日本語を話すから、その会話は日本語になる。



そういう自然なやり取りの中で、誠一郎が彼なりのペースで理解して、

吸収していけばいいものだと思っているから、

誠一郎がもっと英語で話せるように

我々との会話も英語でしようとは考えていない。



まあ、、、そこまでの考えを担任に話す気もなかったから

「分かりましたー」と生返事だけしておいた。



スクールでのそんなやり取りもあったものの、

最近の誠一郎の言葉の発達には驚かされるばかり目



日本に本帰国になったら忘れてしまうんだろうけど、

周りの人がいろいろな言葉で話すのを理解しようとしていること自体は

きっと彼にプラスの影響を与えてくれるものだと思っている。




インドで生まれてから、たくさんの人に可愛がられて、

すくすくと成長してきた誠一郎。






















インドでたくさんの人にお世話になった

2年間の毎日の積み重ねが、言葉と言う形で表れてきている。



そして言葉だけでなく、食べ物や気候、肌の色、街の景色など

いろいろな違いを吸収していく体験が

彼の成長につながってくれればと思う。