今回の第二子の出産も、日本から母が手伝いに来てくれることになっていた。
母のデリー到着予定だった12月1日、
ちょうど空港に迎えに行こうと思っていた矢先に破水に気付き、
そのまま病院へ行って出産を迎えたのだった。
誠一郎の出産のとき同様、食料品やベビー用品など
100kg以上の大量の荷物を持ってきてくれた母。
2週間の滞在中は毎日おいしい料理を作ってくれて、
私たち夫婦は大興奮
いろいろな食材を持ってきてくれたので、
デリーではなかなかできないすき焼きや、
カニすき
私たちがリクエストした様々な料理を作ってくれた。
メイドのジーナが来てくれるようになってからというもの、
インド料理が食卓に上ることが多くなったわが家。
ジーナの料理はとても美味しいのだけど、
やはりスパイスのきいたインド料理を毎日食べるのは難しい。
「ダシ」とか「うま味」、「風味」を大切にした和食とは
正反対なインド料理は、どんなに美味しくても食べる量にも限界がある。
母がキッチンで料理をしていると、
夕飯の支度をする時間帯の実家にいるような錯覚を覚え、
まるで自分がインドにいることを忘れてしまうようだった。
世界には美味しいものがたくさんあるけれど、
美味しさだけでなく、温かい記憶とともに残る母の料理の香りや味に
心身ともに癒されたのだった。
お世話になった人たちに振舞えるようにと、
お得意のそばも打ってくれた。
前々からそばの打ち方を母から教わっていた寅次郎。
今回もせっせとそば打ちに挑戦。
わが家用に打ってくれたおそばは
冷凍して年越しそば用に取っておいた。
今回は出来のいいメイドをフルタイムで雇っているので、
日本で仕事に家事に忙しくしている母には
インドに来たら休んでもらえると思っていた。
でも考えてみれば、インドに来るために高校生の妹・弟の食事を作り置きしたり、
持ってくる食材や荷物の買出しにパッキング、休み中の仕事の段取りなどで
普段よりさらに忙しくさせてしまったことだろう。
日本とインドを往復する移動だけでも、
歳を重ねてきた母には容易でなかったと思う。
インドに来てからもなんだかんだと料理に家事にと
いろいろなことをしてもらった。
結局、一番喜んでいたのは母の料理を食べて癒された自分自身で、
インドに来てもらうのは半分「お母さんのため」なんて思っていたけれど、
そんな風にはならなかった。
2週間の滞在はあっという間で、母がインドを経つ日が近づくにつれて
私の心も寂しさを増していった。
30過ぎて、二児の母になってもマザコンな自分を再確認・・
いろいろな料理を作り、冷凍庫をいっぱいにしていってくれた母に
感謝の気持ちでいっぱい。
お母さん、本当にありがとう。







