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泳いだあと、
食べるアイス☆☆
ときたら最高!

わかるかな~?

わかる人はいるはず笑
最近、自分自身の診断書を目にしたのだが…。
そこに
「原因は仕事、就労への恐れ感からくるものと診られる」
と書かれていた。

家族と一緒にそれをみたのだが…その時のリアクションは、「ハァ~!?」
「何それ!?」
「え~!?」
上位のリアクションは女性陣、

父のリアクションは怒り爆発寸前の顔で「医者を変えろ!」と

私自身の感想としては、怒りというより悲しかった。

診察で医師は何を診てたのか…

医師本人に聞いたら、
「君じゃないんだから、僕は病気にかかったことないから、わかるわけない!」等、逆ギレっぽく語っている姿に幼さを感じつつも

そりゃあ、そうだわなと納得。

実際、私自身が本当に怖いものは「病気」であって「仕事」ではない。

つまり、医師本人が原因不明と判断した患者には、何らかの原因を作り上げる必要があるのです。

そうしないとお金の問題が発生するからです。

家族は私が仕事を恐れているなんて、これっぽっちも思っていません。

なぜなら、働くのが意外と好きなんです。数年間、病気と仕事をなんとか両立していこうと、孤軍奮闘、試行錯誤しまくっている私を家族は見てきているからです。

いくら優秀で専門の医師でさえ、患者のことを理解しているのは10パーセント以下。
1パーセント理解してもらっているなら、幸せな方だと思いますね。

つまり、自分のことは自分で何とかしろ。
もちろん、病院やお薬も重要ですよ。

単純にみえて大変なんです、自分のことは自分で解決する以外ないんです。

非常に大事なんです
続く~核心へ迫る!
「どうくら」を見て毎回、感じるのは

「番組ってたいした内容じゃなくても、放送していいんだね~」
と感じずにはいられない!
いや、面白いよ。
でもこの番組は行き当たりばったり感が丸出しですよ。

いや~、色んな意味ですごい笑

大泉さん、大泉洋さん、光ってますね~。

ドラマで「救命~」や「小早川~」では役者ぶりもいい感じです。
でも、演技とか限りなく大泉洋さんそのものですよね。
(^_^;)
続き~自分以外の人に伝えるのに、完全に理解しもらおうというのは傲慢です。人は、仕事をしていると一種の高揚感を感じます。
仕事が大好きというひとは少ないでしょう。
居場所があることから高揚感が生まれ、
義務は果たし負い目を感じず、
充実感まで感じられる。自分なりの希望すら持てるのです。
ですがこれはあくまで躁状態に、限りなく近い状態と言えるでしょう。

では第二話に入ります。
躁状態でも、鬱状態よりはいいし問題ないんではないか。しかも、症状はよくなっている(緩和している)のでは?!
という考えがあります。確かにそうです。
一見、良さそうに見える状況、しかしそこに問題が潜んでいます。
例えば診察です、働いている人は、一種躁状態に近いわけです。
ですが、自分自身が気づきません。

いえ、むしろ自分は自分自身の症状を客観的に見ることができるし、的確に症状を医師に伝えられると考えがちです。

果たして本当に
そうでしょうか。
実際
一種の高揚感や充実感を感じている時には、感じれなくなっている症状、感じにくくなっている症状には回復してきているという認識してはいませんか。
実際、よくなってきているのかもしれませんが、誤認している可能性の方が高いでしょう。実際に経験しているかたたちには、同意していただけると思われます。
希望や高揚感が悪いとはいいません。

しかし、それらが良い材料でしかないというこは、まずないでしょう。
ここで病気の本当の意味での怖さを感じる部分でもあります。

症状を過小評価、過大評価する原因にもなりうる。

仕事をし始めは、症状を過小評価になりやすく、慣れるにしたがい過大評価になりやすい傾向があります。逆のパターンや交互に繰り返すこともあるでしょう。
つまり、それらにより回復の遅れ、もしくは症状悪化の原因にもなります。

つまり、一時的な感情に流されず自分を日頃から客観的に見ることが大事ですし、油断は禁物。その力を養うこと、薬に頼るべきとこは過信せず頼る、また、自分自身のメンテナンス方法を、いくつか用意しとく必要があるでしょう。

つづく~「誤診?伝達不足?」第三話へ