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きまぐれ短編小説(風)シリーズ

自由な文章を書きたい欲求にまかせて、日常を短編小説風に書いています。
気まぐれ更新となりますが、楽しんで読んで頂ければ幸いです。

新しい担任の先生が、いかにも新学期だから、張り切っていますよ、といった顔つきで、延々と話を続けている。

話は長いけど、よく見てるとちゃんと教室中を見て話をしている。やっぱりベテランの先生なんだなぁ。目配り、ってやつだよね。

先生の目の動きを見ていたら、観光地の展望台にある、遠くの景色を見るアレ…本当は、何て言うんだろう。まぁ、いいや、とりあえず、あの地面に固定された『双眼鏡』…を突然思い出した。根もとの所が動くから、角度を変えて見ることができるけど、逆にぐらぐらして視点が定まりにくいんだよね。

「では、プリントを配るので、後ろに回してください。」

先生は、プリントを廊下側の列から順に、配ってゆく。

子どもって(今もまだ子どもでしょ、と言われるかもしれないけど)なんであの双眼鏡で景色を見たいと思うんだろう。今なら、双眼鏡で見るためにだけにお金を使うなんて、アホらしいとしか思えないけど。


パサッという紙の音で、我に返る。いつの間にかプリントが、回ってきている。

「ありがとう」
身体を斜めにねじって私にプリントを渡そうとしている前の席の子に向かって、急いでお礼を言う。

受け取ったプリントの束から、空いている左手で一枚抜き取って机の上に置き、残りを握ったまま、斜め後ろへ身体をねじる。今度は私が、後ろの席の子にパスしなくちゃいけない。

半分振り返った私の目と、後ろの席の子の目が合った。

ずいぶんとまた目が大きい子だ。私も目が大きい、とよく言われるし、自分でもそこそこ大きいと思ってはいるけれど、彼女の目の存在感に比べたら、野球のボールVSピンポン玉のよう。もちろん、実際にはそこまで違うわけはないけど、でも、そんな感じ。

後ろの席の子は、私にまっすぐに視線を合わせたまま、黙ってプリントを受け取った。正面からじっと見つめられたからなのか、ふいに圧迫されるような息苦しいような気がした。

慌てて顔と身体を元の位置、黒板の方へ戻す。もちろん、プリントを渡しただけだし、別に何か彼女に悪いことをしたわけでもないのに、何故か落ち着かない。

昨日の○○○の番組、面白かったよね?と言われて、見ていないのに思わず「うん」と言ってしまった時みたいだ。

…そこから後、先生が何を話したのかは、全く覚えていない。後ろの席の彼女の存在が妙に気になってしまい、とにかく早く帰りたい、ただそれだけを考えていたから。


その日が、始まりだった。

普段、人見知りをしないことを自慢にしていたのに、何故か彼女と相対すると、その大きな目で真っ直ぐに見つめられると、とても居心地が悪かった。
しかも、彼女ときたら、すこぶる愛想が悪い。軽いノリの返事なんて滅多に戻ってこない。

もちろん、私に意地悪をしているわけではないことはわかっていた。誰に対してもそうだったから。

私が身体を半分ねじって、彼女にプリントを渡す。彼女が受けとる。そして、私は身体を元に戻す。いつだって、彼女はその大きな目で、私を真っ直ぐに見た。観光地の双眼鏡のように角度を変えることもなく。

ほぼ毎日行われた作業。

単調な繰り返しの中に身を潜めていたもの。私と彼女が共に持っていたもの。子どもの頃から気づかぬまま育んできたぼやっとした思い。

私が彼女に渡していたのは、プリントに紛れ込ませていた私の欠片。そして、彼女は何も言わず、ただ黙って真っ直ぐにそれを受け止めた。

そして、時折、後ろから回収されてくるプリントに、彼女の欠片が紛れ込んでいることを私もまた感じていたのだ。心の深いところで。

そして、それは次の席替えでお互いの席が離れても、形を変え、手段を変えて続く。


新学期の季節になる度、私は己の新芽のような青臭い戸惑いを微笑ましく思い出す。

私が、他人の中にいる私を見つけた日。
空気と時間の中を流れてゆくのではない言葉が、この世にはあるのだと、知ることになる出会いの日を。

「SNSなんて面倒だもの。電話は、電話だけできればいいから、スマホもいらない」
面倒臭がりの、断固としてガラケー派の彼女へ、メールでもしてみよう。

今日は、彼女の誕生日だ。