埼玉県の穴場スポットを巡る旅ですが、さきたま古墳巡りを済ませて博物館を見学しました。
国宝を含む貴重な展示を見させていただいたら、続いて隣接する古民家を見ていきましょう。
ちなみにこの旧遠藤家住宅は,埼玉県行田市にある幸手市から移築された民家だそうです。
遠藤家は大きな稲作農家で,この建物は江戸時代末期に建てられたものです。通常の農家より
広い土間と六間の部屋を持ち,右手には厩が付いています。棟が竹簀の子巻きで煙出しを持つ
茅葺き屋根ですが、屋根の老朽化が進んでいて屋内への立ち入りは出来なくなっていました。
さて、公園内の一角に「埼玉県名発祥之碑」がありました。「埼玉」が県の名称とされたのは、
当初の県の管理区域の中で、最も広いのが、埼玉郡であったことによる。と記されています。
行田市大字埼玉(さきたま)には、「埼玉(さきたま)」という名の交差点もありますよ。
さきたま古墳公園を後にして、早々にコスパの良い朝定食を食べてしまおうと思います。
モーニングサービスは11時までなので、店内が空いている今のうちに入店しましょう。
注文した朝定食については、下記のレポートをご参照ください。
お昼兼用の朝ご飯をいただいたら、次はK76を使って川島町までバイクを走らせました。
そして次は、県道沿いにある「かわじま郷土資料展示室」へと立ち寄る予定でした。
しかしGoogleMapが示した場所には学校しかなく、資料館はどこにあるのでしょうか。
裏口に行くと、「かわじま郷土資料展示室へようこそ」の案内がありました。ここは2018年に
廃校となった旧小見野小学校で、校舎の2階を利用して2023年に資料館を設立したそうです。
校舎内に無人の受付があったので、必要事項を記入して、資料室へと入らせていただきます。
教室を活用した資料室では、川島町の歴史を古代から現代まで振り返るコーナより始まります。
古代の縄文時代では、芝沼堤外遺跡出土の土器や石器が展示され、古墳時代の稲荷塚古墳群から
出土した馬形埴輪なども展示されています。コンパクトながら、貴重な出土品が見れますよ。
さらに中世から江戸時代における 板碑や古文書、江戸時代の川島町における領地などの展示が
続きます。江戸時代に編集された「新編武蔵風土紀行」には、入間川にあった伊草の渡しにて、
人々が川を越えて往来する様子が絵図に描かれています。昔からここは交通の要所でした。
江戸時代に流行した算額の展示もありました。算額とは額や絵馬に和算の問題や解法を記して、
神社や仏閣に奉納したもので、円の中に多数の円や別図形の中に多数の球を入れるなどです。
良い問題が出来ると、表に問題、裏側に回答を書いて、神社やお寺に奉納したそうです。
近代から現代の紹介では、川島村に関する各資料の展示、写真と共に町制50年を振り返る展示が
ありました。そして水害についての展示もあり、水塚や自然堤防などの解説がされています。
古民具展示では商家風・民家風の場所に、町民から集めた古民具がたくさん展示されています。
アニメ「ふたり鷹」に登場のZ400GPのプラモデルや、レトロな商店の看板、かき氷の機械、
郵便ポスト、商品ポスター、遊び道具など、興味深い展示がたくさんされていましたよ。
なかなか資料室の存在に気がつかないのですが、見学無料なので立ち寄ってみると面白いです。
「かわじま郷土資料展示室」の見学も終えて、次はK74を西へ進み、坂戸市まで走りました。
そして勝呂小学校の隣に「坂戸市歴史民俗資料館」があるので、そちらへと立ち寄って見ます。
しかし休館のようで、扉は固く閉ざされていました。土曜・日曜日、祝日がお休みなんですね。
気を取り直して、次は「五千頭の龍が昇る聖天宮」へと移動しました。埼玉県のライダーには
おなじみかもしれませんが、日本離れした建物が突如として現れるので、結構びっくりします。
聖天宮は台湾人個人の大病治癒の記念として、私財を投じて建立された施設で見学もできます。
※Part6へ続きます。
今日はここまでで終了です。
最後まで閲覧いただきまして、ありがとうございます。
また次回お会いしましょう。
ではおやすみなさい(^^)。
【本日のルート】クリックするとGoogleMapが開きます。














