猫たちのいる家
2,新しい学校 3
学校の三者面談には、由里さんが来てくれた。
家庭の事情は最初に由里さんが話してくれているようで、そのことについては何も聞かれなかった。
「急な期末テストだったのに、がんばりましたね」
四十代くらいの女の先生は、落ち着いた口調で言った。
範囲のまったく違った社会と理科はさすがに厳しかったけれど、それでもぎりぎり七十点代にくいこんだ。
先生が机の上で成績表を指さしながら、
「社会と理科は四になりましたが、このぶんでしたら、三学期にばんかいできるでしょう」
由里さんが顔をあたしに向けて、
「璃子ちゃん、よかったわね」
「はい」
よかった。三なんてついたら、立ち直れない。
外は冷えこんでいた。吐く息が白い。
足早に車に乗りこむ。暖房の入る音がし、暖かい空気が流れる。
誰もいない校庭の横を車は走る。
「全寮制の高校に入るために、がんばってるのね」
由里さんのやわらかい声が、暖まってきた車内をゆっくりと満たす。
「はい」
「無理してない?」
「はい」
車の中にも、由里さんの手芸作品がちりばめられている。センスがいいんだろう、ちっともおばさんぽくなくて、上品な感じに仕上がっている。
安っぽくてださいキャラクターが、フロントミラーの下でゆれているなんてことはない。この香りは、バラかな。
「それならいいんだけど」
甘い香りのなかに、ふわふわのシフォンのようにやわらかな声が満ちていくのは心地よかった。
「もしね」
うっとり聞いていると、
「全寮制の高校が難しくなったら、うちにずっといていいのよ」
「えっ?」
想定外の言葉に、おどろいて由里さんを見る。オレンジに色を変えてきた陽ざしが、そのふっくらした横顔をやわらかく照らしていた。
「頑張りたいなら頑張ってもいいけど、無理しないでうちから近くの県立に通ってもぜんぜんいいのよ」
それは、真知子叔母さんの家では決して誰も口にしない言葉だった。
それを、ほとんど他人ともいえる遠い親戚の由里さんが、当たり前のように言ってのけている。こうして言うからには、沙由さんもおじさんも、それでいいと言ってくれているんだろう。
どこまでも、お人好しの人。お人好しの家族。なんの得にもならないのに、お金と手間をかけて捨て猫たちのめんどうをみている。
由里さんたちにとって、あたしは大きな捨て猫に見えるんだろうか。だから、ほうっておけないんだろうか。
車の窓から見える向こうの空は、しっとりとしたオレンジ色のグラデーションで、車はそのオレンジ色をめざして走る。
この風景を、一人集中して描いてみたいと思った。そうすれば、ざわめいてしまった心を静めることができるかもしれない。
続く