プチ断食で健康的にダイエット@完全断食レポートつき -3ページ目

プチ断食で健康的にダイエット@完全断食レポートつき

忙しい現代日本で日常生活しながらの完全断食は難しい。でも、断食は心身にとてもよいのです。まずはプチ断食から始めましょう。日本での断食レポートとインドの自然療養病院での断食生活レポートものせます。

趣味というか、好きなことがヨガと断食という生活をしていると、自然と周囲にはいわゆるベジタリアンな人たちが集まってくる。

ヨガと断食というキーワードがベジタリアン、つまり菜食主義者という言葉を彷彿させるのか、ヨガや断食をしている私だからベジタリアンに違いない!ベジタリアンであるべきだ!ベジタリアン以外にはあり得ないでしょ!

と、思う向きが世の中に多いのか、「もちろんベジタリアンだよね?」と訊かれることもなく、ベジタリアン、それも、ベジタリアンの中でも一番厳しいジャンルに分類されるピュアベジタリアンだと、最初っから思い込まれる。

ベジタリアンにも種類分けがあり、ピュアベジの人っていうのは、動物性蛋白質のメニューを出すお店にも行かない。動物を殺すことに加担しているお店の食べ物は食べないってやつです。そして、自分は動物性蛋白質を食べなくても、動物をさばいた包丁で料理された他の食材も食べたくないってことね。

ピュアベジの人たちの理論も、為になるものもあれば、笑いそうになるものもあり、人って本当に色々で面白いな~って思うことも多いので、一度耳を傾けてみるのもよいかも。

さて、そのピュアベジ。日本にいるとそんなこともないけど、インドでヨガと自然療養をしていた頃、最初は自分がそういうふうに思われていることに気付かなかったけど、途中で気付いて、人に訊かれなくても自分から言うようになった。

私はベジタリアンではない。

これを言っておかないと、ベジタリアンの人間としか友達になれない。なんせ、インド辺りで何年もかけてヨガや瞑想やら哲学の勉強している人たちって、ベジタリアンが多い。ピュアベジは少ないが、滞在年数が長ければ長いほどピュアベジ率は高いので、5年半もインドにいた私は、ピュアベジに違いないと思われても仕方がない。

が、私はベジタリアンではない。

ベジタリアンと思われて嫌なことは、例えば、美味しいチキンカツのお店があるから食べに行こう~って話になってても、ベジタリアンに違いないと思われていると、誘われない。

これは、いわゆるベジタリアンな人たちの反応にも問題があると思われる。

一応、声かけてみる?ってことで、「チキンカツのお店にランチ行くんだけど、どう?」と訊いてみる。「今日は他の店に行こうと思ってたから、また今度誘ってね~」って感じで断ってくれるとよいんだが、ベジタリアンな人たちって、別の反応のことが多い。

無知な子供に正しい知識を教える教師のような目だったり、かなり自慢げな上から目線で、「私、ベジタリアンなのよね。」

これだけで終わるとまだいいんだけど、「動いているものとか、可哀そうで食べられないわ。お魚も鶏も牛も人間と同じ生き物だから。」→植物も生き物です(私の心の中の声)。

「知ってる?動物って殺される前に出す怒りのホルモンがあるんだよ。それを食べる人間に悪い影響があるのは当然でしょ?」

この辺りで、食事に誘ったことを後悔し始め、今後、このタイプ(ヨガや瞑想や断食を長期間やっている人。という外からの情報しか判断できないから仕方ないし)には、二度と声かけないよ!と、誰でも思うよね。

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そして、これまたこういう場面でよく使われた話題なんだけど、人間の歯の形は肉食に適していないという意見。親知らずも合わせたら、人間の歯は全部で32本あるうち、肉を噛み切るための犬歯が全部で4本しかなく、前歯は切歯で薄くて野菜用、犬歯の奥は全てすりつぶすための臼型の歯だから、肉用ではないというお話。

一見、本当だね~と思ってしまうお話ではあるのよね~。

はい、では、鏡を持って、自分の口を覗いてみましょう。確かに言われる通りの歯の並びではあります。

でも、だからイコール肉用の歯ではないってことではないんでないのか?

何故そう思うのかというと、草食動物にも犬歯があるからなのです。自然界広しといえど、人間ほど多種多様な食材をエサにしている生物は他にはいないと思われる(その道のプロフェッショナルである研究職の方、間違いでしたら指摘していただければ嬉しいです)。

生物各種はエサの種類が決まっていて、それなら草食動物には犬歯が必要ないんじゃないの?


このトピックは、人間の歯の形と、だから人間はベジタリアンなはずっていうのを無理やり結び付けようとしているところに無理があるのではないかと思う。

人類の歴史をどこからカウントするかというのも諸説あるけれど、直立二足歩行で生活し始めた頃を始まりとするなら、700万年の歴史。

一万年ほど前まで、人類はいわゆる移動族で、数十人単位のグループで狩猟や採集をしながら移動生活をしていた。恐竜などの大型動物の絶滅、氷河期などを経て、野生植物を栽培化し、野生動物を家畜化し始めたのが1万年前。いわゆる農業の開始ってやつですか。

食糧を求めて移動するのではなく、自分たちの手で食糧を産みだすことで、いざという時の為に食糧を貯えておくことも可能になり、そうなると移動生活ではなく定着生活する人が増えてきたんだろうね。

700万年もの間、動物も植物もエサにしてきた人類。歯だけでなく、体全体のつくりが、どんなエサも食べられるつくりなんじゃないかと思うわけですね~。


意に反して自分が時々そのジャンルに分類されるからこそ、余計に毛嫌いしてしまうところがあるのは自分でも認めるけれど、何度もいうけど、私、ベジタリアンではありません(今日、3回目)。

たいていはベジの方たちの理論も面白くてじっと訊いていることが多いんだけど、たまに上記のような人類の歴史の理論を語ってみることがある。

そんな時のベジの方たちの反応は、ほとんど同じ。

原始時代の人間はそんなもんだよ~。でも、僕たちは原始人じゃないんだからさ~と、かな~りの上から目線っぷり(笑)

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いつの時代の人間も、その時点では人類の歴史の中では最新人種であって、そういう意味では、今現代に生きている私たちは、過去の時代のどの人間よりも多くのことを知っている。

ネットでたくさんの情報に囲まれていてたくさんの知識を持っているから、人類史上、自分たちが一番賢いって勘違いしてしまうかも。

でもね、ネットに限らず、世の中に出回っている知識や情報っていうのは、あくまでも他人の経験のお話であって、それを読んで、そんな情報が世の中にあると知ることと、その知識をを自分の中で経験を通して消化して知恵として使って生きていくっていうこととは全く別のお話ではないかな。知識は一瞬で得られるけど、知恵となるにはかなりの時間がかかると思うし、その努力をしないと知恵とはならない。

すでに世の中にあるものを、あんなものがある、こんなものもあるという情報だけはたくさん知っているけれど、それはまだ自分の知恵とはなっていない。<strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#FF0000;">知識を使って自分で考えて新しいツールを産み出して初めて知識が知恵となるんじゃないだろうか</span></span></strong>。

世界にはいくつか古い文明の遺跡があって、その当時のモノが称賛される時に使われるセリフが「現代の最高技術を持ってしても、これは作れない。どうやって作ったんだろう。きっと宇宙人が作ったに違いない」とかいうやつ。

それはただ単に、現代の最高技術、つまり現代人の開発能力(思考力を含む)が、当時の技術や能力を下回っているっていうだけのことだよね。

それを認めないで、宇宙人って・・・。

原始時代の人間の知恵、滅びてしまったものもあるけれど世界の文明を築いてきた人間の知恵は、現代人が及びもつかないレベルじゃないか?

原始時代や文明時代の人間にパソコンを渡すと、自組みも簡単にやってのける気がするよ、ITの世界の人でなくてもね。


一応、IT業界に足を踏み入れ、プログラマーの端くれである私としては、作業に詰まった時には、ギャートルズがヘルプに来てくれないかな~と本気で思っているんである。

ITは分野が広すぎて、その業界に長くいる人でも、あるジャンルに関してのみ知っているけど後は分かんな~いってことが多い。全体をくまなく把握している人って、世界広しといえど、そんなにはいないのである。

そして、くまなく把握している人は、かしこすぎて頭のどこかのネジがキレるのか犯罪者になったりしてとっ捕まるし・・・。

なので、求む、ギャートルズ。

一週間ぐらいで、PCのハードとソフト、IT関係の仕組みだけを教えれば、後は、とんでもなく素敵なウルトラCな技を授けてくれて、でも、「ん~、難しくって出来ないでつ・・・」と文句を言ってみると、「では、全て私がしてあげましょう」って言ってくれるギャートルズたち。タイムワープして、うちの家に現れてくれないかな~。

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自然療養病院でのお風呂の種類は、全身浴、お尻浴、背中浴、背骨浴、スチームバスなどある。

医師の指示による治療なので、健康ランドやスパやお風呂屋さんのように、自分の好きなお風呂に入るというわけにはいきません。

下痢とアレルギー対策だった一回目の入院の時はお尻浴、つまりヒップバスは温水だったけど、生理不順と冷え性対策だった二回目の入院は、冷水だった。冷水っていっても、プールの水の温度ぐらいね。乾季でも日中には40度近くになる地域だからできるトリートメントですな。

ちなみに、冷水と温水を一日おきにという指示が出る患者さんも多かったですが、私が、お湯とお水を一日おきではどうなのですか?って医師に訊いた時には、あなたの症状の場合にはそのトリートメントは合致しませんと言われました。

さて、お尻浴とは。日本でいう半身浴とは違って、腰回りだけお湯やお水に浸かるのです(写真
)。

生理不順だけじゃなく、膀胱・腎臓関係の弱い人や、冷え性の人に効果的。帰国して3年、真夏に体が冷え過ぎたかな~と思う時に、昼間の暑い時間帯に、このヒップバス、やってます。寒がりなので、真夏以外は私には無理です。

が、こんなに大きなタライ(?)がないので、お風呂にお尻部分だけが浸かるぐらいのお水を入れて、しばらく浸かってます。


では、何分浸かっていればいいのか、っていうのが、こういうトリートメントの難しいところ。自分の例で言うと、結局は、何分ってことではなく、自分の体でそのタイミングを知るっていうことで、それが分かるようになるまで、2~3週間かかった。

ただ、何分っていう時間で覚えたのではなく、自分の体が実際に感じた感覚で覚えているので、今後もそのタイミングを間違わない自信はあるな。


水に浸かって最初はひやっと冷たく感じるけれど、だんだんと骨盤底筋辺りがホカホカと温かくなってくる。そして、徐々に下腹部全体があったまってくる。

ちょっと名残惜しいかな~っていう、このタイミングで切り上げる。そうすると、この後も何時間か時には何日も骨盤底筋周辺辺りがあったかくて気持ちいい。お湯に浸かるヒップバスや骨盤底筋周辺日光浴(脚を左右に全開脚してその部分を太陽の方向に向ける、です。写真としては載せられません)も気持ちいいんだけど、冷水ヒップバスは、自分の体の中の一部が実際に熱を発して自分を温めているっていうのかな、そういうのをずっと感じていられる。

浸かっている時間っていうのが、日によって体調によって違ってくる。気温とか湿度とか、もちろん自分の気分もね。

本を読みながら、とか、音楽を聴きながら、はNG。意識が自分の体から離れてしまうと、このタイミングを見逃してしまう。

そうすると、今度は体が冷えていってしまうのです。

なにかにつけ、言えるのは、過ぎたるは及ばざるがごとし。なので、どんなことでも、これ、効いているのかどうかよく分かんないけど、ちょっと気持ちいいかな~、ぐらいのタイミングで切り上げるのが大事な気がします。

ヨガも、一番よろしくないのが、オーバーストレッチ。伸ばしすぎってやつね。がんがん曲げて捻って伸ばして、そして筋を痛めたり腰や首が痛くなったり。しかし、本人は、がんがんしている自覚がなく、体の重みにまかせてるだけなのよ~と勘違いしていることも多いのが、ヨガのこわいところ。

が、なにごとも、やりすぎたことを経験して初めて「過ぎたるは及ばざるが如し」を知るわけで、これはこれで必要な回り道な気もします。と、回り道だらけの自分を庇護してみる。


ちなみに、この病院では、同じ時間帯に、温水やスチームを使うトリートメントと冷水や氷を使うトリートメントがある時は、冷水・氷が先、温水・スチームが後。

この順番だけは守らないといけないみたいで、トリートメントルームが混んでいた時に、先にスチームトリートメントをしてから冷水ヒップバストリートメントをしたら、怒られた。っていうか、すごい真剣な顔で、スタッフが私のカルテを見ながら議論を始めたのでビビった。お湯の後の冷水は絶対ダメだからこれからは気をつけるようにと注意されただけでなく、冷水ヒップ係のスタッフも怒られてた。

日本でもいろんな健康法があって、お風呂の後に冷たいシャワーを浴びればいいとか冷水につかればいいとか、はたまた交互に繰り返せばいいとか言われているけど、ここでは、ホットトリートメントは必ずコールドトリートメントの後、なのでした。

さて、薬の話でした。

アマゾンツアーに参加すると、ガイドが森の案内をしてくれる。私が何度もアマゾンツアーに参加したのは、ガイドによって案内の仕方が違っていて、毎回新しい発見があって面白かったから。

思い出に残る特徴的なガイドが2人いる。一人は、家族も自分もアマゾン奥地に住んでいて、アマゾン下流のツアー会社にガイドとして雇われている、根っからのアマゾンボーイ。もう一人は、カナダの製薬会社勤務のツアーガイド。

アマゾンボーイは、見事にアマゾンと同化していた。生まれた時から一緒に育ってきた仲間を紹介してくれる、という感じなのです。動物の鳴き真似がとっても上手で、彼が鳴くとちゃんと動物も鳴いてくれるので、どこにいるか分かる。

と言っても、アマゾンボーイは、アフリカの動物サファリのガイドと同じく、視力がとても良いので、ほら、あそこだよって言われても、近くまで行かないと見えないことがほとんど。アマゾンやサファリに参加するなら、オペラグラスが必須です。町中で見ると派手に見える色とりどりの花の色彩も、アマゾンの自然色しかない中にあると、それほど目立たないしね。巨大な木全部に赤い鳥が何千羽もとまっていたりすると、さすがに遠くからでも分かるけど。

圧巻だったのは、ピンクのイルカ群。アマゾンボーイが、カヌーの底をたたきながら、なにごとか叫んだら、というか、呼びかけたら、という表現がきっと正しいのかな、カヌーの周囲の川の中からピンクのイルカ群がジャンプを始めた。その数、30頭以上が、水中から飛び上がってのジャンプショーを繰り返し何度も見せてくれた。

長いバックパッカー時代、動物関係でも、たくさんの素敵なシーンに出会えたけれど、あの瞬間を越える感動にはまだ会ったことがないなぁ。


アマゾンのその地域は、ガイドブックにはピンクのイルカ云々とは書かれていない場所だった。

ピンクのイルカはアマゾンでもかなり珍しく、茶色の川の中からたま~に姿を見せるのを見たっていう人はいるけど、見られずにアマゾン体験を終わることも珍しくない。

もちろん、アマゾンには稀有度からすると、ピンクのイルカよりももっと珍しい、つまり人の目に触れることがない動物はいるわけで、ピンクのイルカにこだわることはないのよ。

って、アマゾンに行く前には思っていたが、そんなすごいイルカ群のジャンプを見てしまったら、もしかしたら次のとこでも見られるかも~とか、期待してしまうじゃん?今でもアマゾンというと、ピンクのイルカのジャンプが思い浮かんで、また行きたいな~、同じ場所にって思ってます。今もいるかどうか分かんないけど。水族館のイルカじゃないから。

アマゾンボーイ君は、夜暗くなる前に、適当な場所を見つけて、木を切ってテント小屋を作り、食事用のテーブルや椅子や物置までちゃちゃっと作り、私たちがアマゾン川で泳ぎながら体や髪を洗っている間に、町から持ってきた食材の他に、ツアー中に釣った魚を使って、これまたちゃちゃちゃちゃっと料理してくれる。木を切るナイフと料理ナイフは同じナイフ。シンプルですな。

さて、そのアマゾンボーイ君のガイドしてくれるツアーが楽しいのは、その楽しさの内容は分からないまでも、楽しさの程度は分かってもらえると思う。楽しくないわけがないよね?

季節にもよるけど、初めてのアマゾン奥地でも乾季ならそんなに大変ではないし(全く大変でないとは言わないけど)、もしそのガイドがアマゾン入口在住ではなく、レインフォレストの奥地、ヴァージンフォレスト在住のアマゾンボーイだったら、かなりラッキーなことになると思いますよ。

でも、そのアマゾンボーイ君をさしおいて、私の中で、最優秀アマゾンガイド賞は、カナダの製薬会社勤務のガイド君なのです。

長かったけど、やっとここからが本題です。

まず、何故に南米のアマゾン、それも奥地に製薬会社勤務の人間がいるのか?なのですが、実はアマゾンには世界的にも有名な製薬会社のラボ(研究所)がいくつかあるのです。

日本から見ると南米って本当に遠くて、縁遠い国なんだけど、実は、日本車の各メーカーが自社の車の耐寒度合いをテストしに来るのも南米。冬のパタゴニアなのです。マイナス〇〇度の中で時速〇〇キロ以上で〇〇時間以上走れるかどうかっていうテストをしてるのです。

お、車の話ではなく、薬ね、薬。

ガイド君によると、世界中のバージンフォレストのうち、未開の地、つまり人間がまだ踏み入ったことのない地域の範囲もとても広く、どのぐらいの広さか具体的な数字では現せないが、未開部分のほうが圧倒的に広いだろうという話だった。

人間が踏み入ったことがある地域でも、人間がその存在さえ知らない、つまり人間に名前をつけてもらっていない植物が、群生する植物の半分以上を占めると言われている。

今の医薬技術をもってしても治らない病気が出てきたとき、新しい治療薬となる素材を探すことから始まる。なんせ、今すでにあるモノはあらゆる方法で試してきて効果がないんだから、新しい物質の出現か新しい方法の出現を待つしかないが、ともに黙って指をくわえていても出てこない。

新薬開発にはお金も時間もかかるのは当然。薬を必要としているのは、すでに健康ではない状態の体の人なのだから。細心の注意を払って結論を出さないといけない。


エイズやガンといった難しい病気の治療薬の話はここでは割愛して、覚えている簡単な話として、殺虫剤。

人間にとっては毒薬だけど、別の動物にとっては毒にならない植物がある。これと同じで、アマゾンの中に、他の植物にはとある害虫の大群が寄って行くのに、ある植物には寄って行かない虫がいるとする。すると、その、虫が寄って行く植物と寄って行かない植物のどこかに違いがあるのが分かる。その違い、つまりその害虫が嫌う成分を見つけて、それを応用・開発して新しい商品となる。

って、言うのは簡単だけどね~。その植物を見つけるのにも長い時間がかかる。そして、その成分の違いを見つけるのも、さらに時間がかかるよね。

例えば、ある一つの条件が、ある結果に影響していると結論づけるには、その条件以外の全ての条件を同じにして実験を繰り返す必要がある。

同じ人間というくくりでも、個体によってそれぞれ違いがあるけれど、それは他の生物も同じ。それも含めて、気が遠くなるぐらいの長い時間を、実験し続ける。

実に、私が、自分の体でもってヨガや断食の効果を実験している、なんていうのとは、全くもってレベルの違う説得力のあるお話なのです。



細胞とか遺伝子とかいうようなレベルのミクロなお話を、自分の大切な宝物を披露してくれる時のような嬉しそうな顔で説明してくれるラボ君、今思い出しても、いい顔だったな~と思う。

顕微鏡の中は実にカラフルできれいな世界で、こんな綺麗なもので自分の体が出来ていると思うと、本当に自分が、人間が、世界中の全ての生物や鉱物が愛おしくなる!地球や宇宙を大事にしないと!と、ミクロな話から、人類愛・地球愛・宇宙愛というマクロな話を熱く語ってた。

ラボ君によれば、ラボでの顕微鏡での中でしか見られないと思っていた、摩訶不思議な現象が、レインフォレストをガイドしている時に見られることもある、らしい。

ガイドの途中で、時々ラボ君は、ふいに話をやめて周囲をゆっくり見回したり、興味深そうに木や草に近寄って行ったかと思うと、振り向いて、感に堪えない表情で、「ケ・リンド」とか「セ・シボン」とか「ソー・ナイス」(スペイン語、フランス語、英語で全部、良いという意味)とつぶやいていたところを思うと、私には分からない摩訶不思議な現象が見えてたんだろう。

この時のツアー客8人のうち、4人がフランス人、3人がスペイン人、私1人日本人だったので、ラボ君は、この3カ国の言語で説明してくれてました。

あまりにオタクな世界の人の話なので、摩訶不思議な現象というのが具体的な現象なのか抽象的な現象なのかも分からなかったが、ラボ君の言葉は、彼の研究に協力してくれている生き物への愛情と感謝の気持ちにあふれていた。

賢すぎる人の話の進み方は凡人の私には全くついていけないんであるが、薬作りの最前線にいる、こういう人たちの思いっていうのは、純粋に人の為で、人の苦しみを少しでも減らしたいという強い人類愛から来ていることが多く、どこの国でも巨大市場である医薬業界のお偉方やそれを取り巻く政界との癒着にまつわるお金の問題を責めることとは切り離さないといけないってことだけは分かる。

新しい薬は、お金儲けの為だけのもので、薬の開発に関わっている人は、研究費を出してもらいたいので、本当に人類のためになる薬の開発はできなくて、製薬会社の言いなりにならざるを得ない、研究者は勉強はできて賢いけど世間知らずだからいいように利用されているというような批判は、日々研究に勤しんでいる人たちに対して失礼かな~と思う。

なんせ、研究する人と、会社を経営する人、研究費を出してくれる人って、それぞれ別の立場で、それぞれの得意分野のことを仕事にしているにすぎない。どの立場が欠けても成り立たない。

研究者は研究開発をし、経営者は利益を追求し、投資家は投資金額以上を回収しようとするのは当然だわね。


西洋医学というか現代医薬に副作用が多いというのは事実だと思う。

でもね、では、そうね~、昨今、健康ブームの人の間で(というかずっと以前からだけど)、体にいい食材とされているものが、誰の体にとってもいい結果をもたらし、誰にもダメージを与えないかというと、そんなこともない。

自分の例でいうと、玄米。これだけは、私、ダメなのです。これまで、そうね~、体調や季節、料理方法や付け合せのお総菜の種類も変えたり、玄米の種類も変えて、20数回、玄米食にトライしてきたのですが、やっぱりダメで、今後は敢えて自分の料理の食材として使うことはないと思う。それまで良かった体調が、いきなり悪くなるのよね~。

こういうことを言うと、それは料理の仕方がよくないんだとか、噛み方が足りないんだとか言われるんだけどね。ゆっくり何度も噛みながら食べると大丈夫、それともお粥にしてみたら?とか。

いやいや、お粥でも同じ状態になるから。

これまでの20数回の苦しさと後悔を思えば、今後、仮に、玄米を食べないことが原因で深刻な病気になったとしても、後悔しない自信がありますわん。

個体と個体の相性の問題なのかな?私と玄米が相性が悪いってことかも。

食べ物だけでなく、薬との相性というのもある。人間だって、個体それぞれ特徴があって、残念ながら体が弱くて早くに亡くなる種もあれば、忘れられるぐらい長生きする種もある。個体としての生命力の差っていうのかな。その違いがあるのは当然なんだから、相性の悪い薬を飲むとダメージを受ける人もいる。どの人間の命も全く同じ体調で同じ年齢まで引き延ばす薬や食べ物なんて存在しないしね。


アマゾンボーイ君の、本能で自然と対峙する姿もアマゾンでしか見られない図だけれど、バリバリの理系エリート君が、アマゾン奥地の自然の怖さも偉大さも知った上で、これまでの自分の人生をかけた勉強の結果や疑問も交えて、理路整然とした理論で、アマゾンの生態系について説明してくれる姿勢もやはり、彼にしかできないガイドぶりで、他のアマゾンガイドを寄せ付けない魅力だった。

南米が好きで、アマゾンが好きでって理由でアマゾン地域に住み始め、ガイドの仕事をしている人は多い。そういうガイドさんたちのガイドも悪くはないです。よく勉強しているなぁと思う。だけど、たいていは、どこかのガイドブックやブログやウェブサイトに載っていている内容で、特別感銘を受ける説明でないことがほとんど。

昨今の放射性物質問題や医療ミス問題などとからめて、批判の矛先を向けられることの多い最先端技術である現代医学のお薬群。その始まりは、バージンフォレストの小さなラボだったりするのですね。


薬といえば、私は、どういうわけだか、幼少の頃より、しょっちゅう熱を出して寝込んでいて、それは毎月の決まりごとようなもんで、毎月数日は熱にうなされていて、いつも手元に薬がある状態で、大人になってからもそれは変わらなかった。

そんな日々だったので、自分は早死にするだろうと漠然と確信していたようなところがあって、健康な体であったことはそれまでもなかったが、さらに熱の出方がひどくなったりし始めたこともあって、今のうちにしたいことしとかないと~って思い(もちろん今みたいにちょっと働いて長く休んでっていう働き方が日本では定着してなかったっていうのもある、正社員かパート・バイトの区分けしかなかったので仕事と遊びの両立が難しかった)、仕事を辞めて、行き先帰国日共に未定のバックパッカーの旅に出た。

バックパッカー時代の私のバックパックはそれほど大きくはなかったけど、バックパックの容量の4分の一から3分の一を薬が占めていた。

日本にいても毎月熱が出て寝込むんだから外国に行ってもそりゃそうなるだろうと、当たり前の準備だった。

そして実際見事にやはり毎月ダウンしていて、外国の病院にもしょっちゅうお世話になったし、保険会社にもお世話になりましたよん。

私自身は、小さいころから毎月こんなんだから気にしないで~って言うんだけど、周囲の人が慌てふためいて、病院に連れて行ってくれるのでした。実際、マラリヤだったりデング熱や黄熱病なんかの地域だったりするから余計にね。

滅多に熱を出さない人は、熱が出たら大事件のようで、当時の旅人の皆さん、たくさん心配かけましてすみません、いろいろと心配してくれてありがとう。

おかげさまで、なん年か前に手元にある薬は全て捨て、保険も全部解約しました~。

今後、自分の体に何かの異変が起こっても、内臓系の故障は断食で、骨格系の故障はヨガで矯正できますので、保険はいらないのです。保険は、掛け損で終わるのが一番幸せな生き方だもんね。今や、使いもしない健康保険料を払っているのがもったいないとか文句言える立場になりましたよ~。

このセリフ、周りの友達が言っているのをきいて、いいな~ってずっと思ってたので、言えるようになって嬉しいっす♪