大阪万博に思う
昨日の朝のニュースというか、ワイドショーを見ていたら、大阪万博エキスポ70のシンボルともいうべき、「太陽の塔」についての取材がありました。今の若い方々に、「万博といえば?」という質問をすると、「大阪万博」と思いきや、「愛知万博」「つくば博」「沖縄海洋博」など出て来れば、まだいいほうで、たいがいは、「万博って何よ?」という回答が多いのでしょう。齢50を超えている私にとっては、「万博」は間違いなく「大阪万博」であり、他の何物でもありません。「大阪万博」の開催時は、小学校4年生で、9歳でした。おそらく、4~5回は行ったと思います。色々な思い出はありますが、最もインパクトがあり、これなくして語れないのが、「太陽の塔」です。2年ほど前に、「太陽の塔」の内部を見学させるという企画があり、是非、これは参加せねばとワクワクしていたのですが、その後、耐震性や構造的に問題があり、「見学させるには安全性に問題あり」ということで、その企画が無くなって残念に思っていました。ですが、昨日の朝のニュースでは、2年後には見学できるように、今、修復する予定とのことで、またワクワク感を募らせています。同ニュースでは、現在の「太陽の塔」内部を特別に撮影しており、当時の記憶が蘇りました。「太陽の塔」の内部中心には、進化の過程を模型で表したものがあり、古代から現代までの生物がどのような時期に活躍していたのかが、下から上に行くに従って進化していく模型でした。残念ながら、当時ほど、展示されていた生物が少なく、かつ現存するものも、傷んでいたり、塗装がはがれていたりと、月日の流れを感じさせていました。「太陽の塔」は万博記念公園内にありますので、休日などに子供たちとでかけますが、当時と違って、色々なパビリオン(懐かしい言い方ですね)が全くありません。また、当時、「太陽の塔」の回りには、大きな屋根がありましたので、大きさはさほど感じていませんでしたが、ポツンとある今は、「太陽の塔」の根元近くまで行けますので、「これほど大きなものだったのか」と見上げて驚きます。維持する大変さから、取り壊すという話もあったようですが、大阪のシンボルといえば、私は「通天閣」ではなく、また「アベノハルカス」でもなく、「カニ道楽のカニ」でもなく、絶対に、「太陽の塔」なのです。グリコの看板でもありません・・・。いまだに、小学生のころ、お小遣いをためて買った、ブロンズ製の「太陽の塔」(当時は1500円でした)は、当時の輝きのまま、燦然と私の書架にそびえています。