スーパージェネレーション
雪村いづみさん。。
美空ひばり、江利チエミと並び3人娘として戦前~戦後の昭和歌謡界に燦然と輝くスター歌手。。
74年リリースの『スーパージェネレーション』。。。
昭和を彩った服部良一のナンバーを雪村いづみがキャラメルママをバックに歌い尽くす企画盤。
「昔のあなた」「東京ブギウギ」「蘇州夜曲」などその洗練された楽曲。。。
雪村いづみの抜群の歌唱力は言うまでもない。。ただ、その唄いまわしやコブシの入り方はやはり古く感じてしまうのは否めない。。
バックで演奏するはキャラメルママの面々。。。
キャラメルママとは、細野晴臣(ベース)、鈴木茂(ギター)、松任谷正隆(キーボード)、林立夫(ドラムス)の4人組。。。後にティンパンアレーとして日本ポップス界に一石を投じたバック演奏集団です。。あのユーミンも松田聖子もみんな最初はティンパンアレーが仕掛けてます。。
唄も楽曲にしてもトリッキーさはほとんどありません。。むしろ王道そのもの。。
言い換えたら、彼らがそれをスタンダードにしてしまった感もある。。
キャラメルママの面々の多彩なリズムには舌を巻く。。。
「東京ブギウギ」て、最初から最後までちゃんと聴いたことなかったけど、こんなにカッコ良かったんだぁと改めて痛感させられる。。
300円おばちゃん
先程、事件に巻き込まれてしまいました。。
セルフのガソリンスタンドで。。
結構混んでたんですね、全てのレーンで。。
で、オイラが原付バイクのおばちゃんライダーの後に並んでた訳です。。
おばちゃんがガソリン入れ終わって、いよいよオイラの順番になって自分でガソリン入れて帰ろうとしたら・・・、、、そのオイラの前にガソリン入れて帰ったはずのおばちゃんが引き返してきたんです。。
ずぶ濡れの雨合羽に化粧気ゼロのおばちゃんが猛スピードで引き返してきてね、オイラの顔見るなりいきなり「300円返して!」。。
は?
意味わからん。。。
よくよく話しを聞くとどうやら釣り銭の300円を取り忘れて帰ってしまったらしい。。その300円をオイラが持っている筈だと・・・。。
でもね、オイラもいちいち自分の財布に小銭がいくらあるとか把握してないよ。。
ガソリンなんて今時満タン入れないからテキトーなところで入れるの止めるでしょ?そしたらいっぱい釣り銭が細かく出てくるでしょ?
その中にまさか前にガソリン入れてたお客さんの釣り銭が入ってるとは思わないでしょ。。フツーは。。
やれやれ。。
フツーなら激怒りの臨戦態勢に入るべきところ。。
でもね、オイラいきなりで不意を突かれてしまってる。。事態飲み込めてないから怒られっぱなし。。
なんか悪いことしたみたいに300円上げたんよね、そのおばちゃんに。。それで済むなら、ま、いーか的にね。。
そん時にオイラ「よく分かりませんが、300円上げればいいんでしょ?」と言って、おばちゃんに小銭渡しました。。
それなのにおばちゃん、「いや、だから、その300円は私のだから『上げればいいんでしょ?』はおかしいでしょ?」的なニュアンスで反撃モード。。。
なんだコイツ?!
原付バイクで戻ってきてからずっと一方的なおばちゃん。。しかもちょい上からの物言い。。
おいおい。。
とりあえず「すいません。」とオイラ。。。なんで誤ってるのかも分からんけどね。。
ホントよく分からないまま後々整理して考えるとフツーはこういう場合はおばちゃんのミスで釣り銭取り忘れた訳でしょ。。。
気持ち低姿勢で「あの~、私、釣り銭のところに300円忘れて帰ってしまったんですが、ご存知ありませんか?」とか聞いてくるのが筋でしょ?
現場で一方的に色々言われっぱなしで家に帰ったオイラ。。
今頃になってイライラきてます。。。
みなさん、300円たかってくるおばちゃんには要注意下さい。。
せめてヘルメットは外して話しようや、おばちゃん!
引越し準備中
相変わらず引越しの多い人生を送っているオイラです。。
歳を重ねるに連れてか、それとも子供ができたからなのか、荷物多すぎ。。
でも引越し馴れしているおかげか手際良い方かも。。
一体、生まれて何回引越ししたんだろう・・・?!数えてみよ。。
生まれたのは静岡県浜松市。。小さいコーポで「れんげ荘」だったかな、「かすみ荘」だったかな、そんなオンボロアパートでした。。最初。。駐車場に砂利がいっぱい敷かれていたのだけよく憶えてます。。
1回目は、そこから浜松市内の団地。。駅南団地。。まだ幼稚園上がる前。。そこで弟たちが登場してきましたね。。
2回目は、小1の夏。。北九州市のこれまた団地。。実はオイラ小1の頃はいじめられっ子でした。。方言の違いで馬鹿にされていたんですね。。浜松弁と北九弁。。小学校社会は結構遠慮ないので苦労しました。。後々、形勢逆転していじめっ子になっちゃうんですが・・・。。
3回目は、小6だったかな。。同じ団地内でじいちゃんが寝たきりになって面倒見ることになったんで間取り広い棟に移りました。。この頃は空手とサッカー少年でした。。
4回目は、中2。。うちの親が念願の戸建てを建てたんです。。同じ校区内に。。バブル時代の名残りみたいな家です。。
5回目は、大学1年の頃。。北九から出て福岡市内の大学に通うことになって大学近所の賄いつき・共同風呂・共同トイレの4畳半に1年間だけ入所。。昭和フォーク時代の名残りみたいな学生寮でした。。家賃3万5千円でした。。たぶん今まででダントツ貧乏でした。。
6回目は、大学2年。。北九の実家に帰ることになったんですね。。もうこの頃はじいちゃんは居なくてばあちゃんと母さんが二人で実家に居ました。。父親が単身赴任というやつで家を出たんで頼まれて帰ってきました。。この間に愛犬ピクが登場しますね。。
7回目は、25歳くらいだったかな?!いよいよおばあちゃん居なくなり母さんが父親のところについて行くことになり実家を引き払うことに。。合わせてオイラも家を出ました。。
8回目は、半同棲してた彼女と別れて引越しました。。この頃は人生で一番ボロボロでした。。仕事も辞めて命懸けだったバンドも解散して家賃は10ヶ月間滞納してました。。ろくでなしでした。。実際、父親にも勘当されてました。。で、逃げるように福岡で一人暮らしを始めました。。
9回目、今の嫁さんになる方と出会い大橋で同棲を始めます。。これが4年前になりますね。。今住んでるマンションですね。。かなり人間らしくなりました。。この4年間は毎年イベント盛りだくさんでした。。同棲→結婚→妊娠→出産。。。一気に家族が増えました。。油断してしまいました。。
で、10回目が、今回の引越しになります。。子供の成長に合わせて2LDK→3LDKに。。でも家賃は今より2万ダウンです。。値切り倒しましたね。。分譲賃貸でいいとこ見つけました。。
オイラの人生であと何回引越しするんでしょうかね・・・。。
新しいところに移り住むときはいつも期待が大きいです。。楽しみ。。
ここ大橋も良い思い出がたくさんあります。。
次の那珂川町でも楽しいことがたくさんあると嬉しいもんです。。
いよいよ引越し準備も大詰め。。頑張ろ。。



