1945年 日本はアメリカ、中国、イギリス、フランス、オランダ、ロシア、オーストラリアなど

 

ほとんど世界中に支配国をもつ国と戦争して敗れた

 

原爆もくらい 火事場泥棒のように終戦後にもロシアに蹂躙された

 

焼野原になった日本は一時どん底に陥る

 

明日さえ約束のない毎日  食うのに必死になって一日一日必死に

 

約束のない毎日が続く

 

そんな1946年発売のサトウハチロウ作詞で並木路子の歌う「リンゴの唄」が公開されたのは

 

1945年10月

 

可憐な少女の思いを赤いリンゴに託して歌う歌詞が、終戦後の焼け跡の風景や戦時の重圧からの解放感とうまく合っていたのと、

 

敗戦の暗い世相に打ちひしがれた人々に明るくさわやかな歌声がしみわたり、空前の大ヒットとなった。

 

この歌詞を紐解いてみる   歌詞は以下になる

 

 

 

 

赤いリンゴにくちびる寄せて   黙って見ている青い空 

 

リンゴは何にも言わないけれど  リンゴの気持ちはよくわかる

 

リンゴ可愛いや  可愛いやリンゴ

 

私はこれを聞いてリンゴを愛おしく歌ってることに気づいた

 

普通リンゴは食べ物  そんなに愛おしがるかな?

 

きっとリンゴは食べ物ではないのでは?

 

歌詞を読んでいくとリンゴは何だろう? 誰だろう?  と思った

 

戦後の焼野原の日本、 戦争で負けた日本、 連合国に支配された日本  正義も全部否定されて悪にされた日本

 

そしてそれを受け入れて降参した日本

 

そう考えると リンゴって日本国民じゃないのか?

 

リンゴの文字を日本国民に置き換えて歌詞を読んでみる   青い空は天だろう  神様とか自然とか だろうか

 

赤いとは食べごろ  生き残ったという意味かな

 

歌詞を変えて読んでみよう

 

 

生き残った日本人に くちびる寄せて (愛情をもって接してみる)

 

黙ってみている天から

 

日本人は何も言わない (負けたことを戦争に突入したことも言い訳はしない) けれど

 

日本人の気持ちはよくわかる

 

日本人は愛おしい  愛おしや 日本人 

 

 

こんな意味だと解釈した

 

 

 

 

子供の頃は 成長が早く 何をするにも初めての経験で

 

時の流れが早く  新鮮な毎日だった

 

中年になると いつしか 毎日が同じことの繰り返しで

 

新鮮味もなく なんとなく空虚な感じがしたりする

 

きっと還暦を過ぎて80歳にもなると

 

残されたロウソクの炎が消えてしまわないよう  

 

ゆっくり  ゆったり  生きていくんだろうか

 

その時がくるまで  まだ時間は残されてる

 

今を きちんと生きていこう

 

 

100回の記念大会は吉田輝星投手が率いる金足農業が準優勝

 

地元の選手だけで公立高校でしかも農業高が甲子園で決勝までいって準優勝

 

全国的にフィーバーで盛り上がった

 

私は地元の金足農の活躍をみて 映画 KANO を思い出した

 

2014年の台湾映画である

 

昭和6年の17回大会で甲子園でやはり準優勝した 嘉義農林高校 (かぎ のうりん こうこう) の話である

 

嘉義はユニフォームは KANO で金足農の KANANO と似てる

 

しかも公立で農業高で地元の選手が多い

 

当時、台湾では台北商など日本人が多くいる高校が強かったという

 

それも金足農が秋田県予選決勝で関西の留学生がほとんどで「前年優勝校の私立明桜高校と戦って勝ったのと似てる

 

甲子園では強豪校に両校とも撃破していき決勝は

 

嘉義農の相手は当時は名門中の名門の中京商業高校  金足は優勝候補筆頭の大阪桐蔭

 

それぞれ決勝で散った

 

映画では日本統治時代の台湾であり日本人俳優もたくさん出てるし日本語のセリフも多い

 

金足農の活躍をみて87年前に同じような高校の活躍を思い出した次第である

 

https://www.youtube.com/watch?v=PvBvkp-r4C4

 

ジムに毎日のように行ってるが大体、靴のロッカーは41番を使ってた

 

どんなに混んでてもなぜか41は空いてる

 

そうしてるうちに意識して41のロッカーに毎日置くようになった

 

超混んでて置くとこないかも・・という日も41は

 

なぜか私の指定席のように空いてる

 

日本人は4を嫌う

 

だが私は気にしない

 

というか  あえて 4を選んだりする

 

それにジャンバーかけるハンガーからも近い

 

そういう意識が41を使い始めた理由だ

 

今日もやっぱり空いてた41番のロッカー

 

マックショウの曲にいとしのキャンデイガールという歌がある

 

キャンデイズでなくキャンデイガール?

 

3人だからキャンデイのSがついてキャンデイズになるわけで一人?

 

聞いていくとわかる

 

キャンデイズ3人に対しての曲ではない

 

一人なのだ

 

それは誰?

 

 

歌詞の中に    素敵なあのこに今では誰も届かないけど  

 

黒目がちにうるんだ瞳は変わらないのさキャンディすぅ、と出てくる

 

亡くなったスーちゃんの曲だ

 

調べてみた

 

亡くなったのは2011年4月 東北の大津波の1か月後

 

このアルバムはその年の8月だったかな

 

よく 人は俺の目の黒いうちは   という

 

黒い眼のすーちゃんは変わらない=永遠に

 

いわゆるすーちゃんいはもう届かないけど俺の心の中では永遠に生きてる

 

そんな意味だろうと解釈した

 

そう思いながら聞くと・・・・涙がでてくる

 

https://www.youtube.com/watch?v=aijGnkjr56g

 

30年ほど前にCOOLSが いとしのキューティースー という曲を歌ってる

 

やはり キャンデイーズのすーちゃんをモデルにした曲だ

 

https://www.youtube.com/watch?v=SPEuoXdO-W4

 

70年代の頃ハイテイーンだった俺らの時代  スーちゃんはすごい可愛いくて

 

憧れ そのものだった

 

80年代にはいると横浜銀蝿のリーダーの嵐(らん)はキャンディーズのらんちゃんのファンだったことから嵐(ラン)と名乗ってる

 

キャンデイーズはピンクレディーが出てくる前の世代にとって確かに

 

絶対アイドルの憧れだった