昨日は夜のライブついでに、かつて住んでいた
大宮の土地を散策してみた。
かれこれ、17年ぶりの上宮である。

Vivo con Pasion y Juventud

まずは西口を出て見えた「そごう」。
最上階の丸い部分が特徴的でレストランに
なっていたのを思い出す。
ここの入り口にある時計で、○時0分になると
始まる音楽をよく聞いていた記憶がある。

ROOT CAFEというお洒落なカフェでランチを
食べる。
本など気軽に読め、長居できる空間は素敵だ。
定員の声が丸聞こえなのが、気になる人は
なるかも。

Vivo con Pasion y Juventud

歩くこと10数分、2年間通った小学校に着いた。
概観は変わりなさそうだったが、
「あれ、こんない小さかったっけ?」と思った。
あの頃は自分が小さかったから、そう感じるのだろうか。

Vivo con Pasion y Juventud

これが小学校行くときに通っていた通学路。
同じく「こんなに狭かったっけ?」と思った。
すぐ隣に新しいバイパスが通っているから、
今は閑散としているようだ。

Vivo con Pasion y Juventud

そしてかつて住んでいたマンション。
中庭で遊んでいる小学生を見て、非常に
懐かしくなった。
玄関にあるオブジェは、何度見ても不思議だ。

写真はないが、ここから10分ほど歩いたところに
ある、3年間通った幼稚園にも足を運んだ。
箸使いを徹底的に学んだ幼稚園だった。
ほぼ毎日先生に連れられて、大人が歩いて10分の
距離を歩いていたのだそうだ。
今のふくらはぎは、幼稚園時代に形成されたのでは、
とふと思うことがしばしば。

散策してみて思ったが、大宮は住みやすい所な気がした。
東京までそうは遠くなく、それでいて小さい子どもをのびのびと
育てられる気がした。

「懐かしい」以外に感じるものはほとんどなかったが、
たまに自分の足あとをたどっているのも、面白い。


ただ、リーダーというのは定義が難しい。

偉い人のことだろうか。
責任ある人のことだろうか。
まとめられる人のことだろうか。
コミュニケーション能力の高い人のことだろうか。
それとも、本を読む人のことだろうか。(いや、これは絶対違う)

「リーダーの条件」などの本がビジネス本としてはよく売れるようだが、
何か法則があってリーダーになることができれば、
「リーダーが足りない」問題なんて、起きるはずがない。

リーダーに共通して言えるのは、「人を動かせる人」ではなかろうか。
「動かす」というのは響きは悪いかもしれないが、
「動かされている人」も能動的に動いていることが、
本当の意味で「人を動かせる人」な気がする。

そして同時に真のリーダーは「影響力のある人」である気もする。
一番ミクロな話にすれば、A氏の飲み会での発言によって、
思い悩んでいたB氏の人生がいい意味で変わった。
これはA氏のリーダー資質によるもの、と言えるのではなかろうか。

「影響力のある人」になるには、「自分の言葉で語る」クセをつける必要があろう。
いや、言葉でなくてもいいのかもしれない。
態度や姿勢だけで、影響を与えられることも考えうる。

ここまで来てやっと思い出したが、学生時代の終盤、
知らない人が大半を占める中でプレゼンテーションをし、
最後に「これからはChange Leaderを目指します」とか言ったような。

ま、久々に大局的なことを考えられた一日だった。


いまの世の中に足りないものは何か―――。

そんなことを急に聞かれても、答えられなかった、一昨日までは。

一昨日、大学時代の先輩と焼肉を食いながら、
そしてバーで飲みながら、色々語った。
気の知れた人とのサシ飲みは、これだから気持ちがいい。

最初の命題への一つの答えとして、「リーダーが足りない」。
先輩がふと言った。
この言葉にはピンと来るものがあった。

真剣に将来を考えるようになってからというもの、
あらゆる思考回路の変遷をたどってきた自分と重ねてみる。

高校3年、受験を前にして、米国の教育に感激し、渡米・留学。
日本の大学受験制度では、「考える力」が育たないことに疑問を感じていた。
そう、自分は知識を蓄えるのではなく、「考え」たかったのだ。
(別に制度を否定するつもりはない。
一度多大な疑問を抱いてしまうと、順応が難しい性質なのだろう。)

渡米してみて一年、自由の国アメリカでも表(幻想)と裏(現実)があることを知る。
正直、人種別に存在する"コミュニティ"があまり好きではなかった。
「チャンス」が日本より幅広く存在していること、
アメリカには強いソフトパワーがあることは実感できたが、
そこに自分の目指していた方向が見えてこなかった。
かつての夢であった国連職員もどこか違う気がした。
自分のこれまでの生き方から、自然と視点は日本に向けられていった。

大学入学時に向かった方向は、外交官だった。
誰よりもコミュニケーションの豊かな日本の代表的な外交官になろうと思った。
脱北者が中国・瀋陽の日本大使館に亡命を求めたが、中国の警察官に
捕らえられてしまった瀋陽事件は、衝撃だった。
この極めて外交上の事件の後の、日本側責任者の曖昧な発言は
特に許せなかった。
極端に言えば、「この国にはリーダーはいないのか」とすら思えてしまった。
今回の先輩の言葉も、この時の感覚に近い気がした。

大学で某NPOでインターンをした。
民主主義の基本となる議論の場をつくる、という明確なビジョンをもとに、
私がみたNPO代表の言動は、まさに言論界のリーダーである気がした。

しかし、結果的にそのNPOへの就職はしなかった。
自分の中では、「リーダーの右腕的存在」より「リーダー」志向の方が強かったのだろう。

そして現在、就活前は知る余地もなかった会社でせっせと働いている。
CEO、上司など、数々の尊敬するリーダーに囲まれながら、
一つでも生産的なことができるよう、試行錯誤をしている。
いつか、人生を賭ける価値のある活動をしようとは思いながらも、
何をすればそこに近づけるかすら、まだ見えていない状況だ。

そんな私にとって、今回の「リーダーが足りない」論は、一つの方向性に見えてくる。
ならば今は、リーダーを目指していればいいのではないか、と。

(後編へつづく)